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1章
余命について
しおりを挟む空がオレンジ色に染まった頃、アンジェは目を覚ました。
アンジェはベッドから起き上がると、部屋を出る。
廊下には使用人の姿は一人も見当たらない。
アンジェはとある人物と話す為に、部屋を抜け出した。
そして
「あ」
「え…」
廊下を進んで行くと、リディスとばったり会った。
リディスは部屋で眠っている筈のアンジェが何故廊下に居るのか分からず、思考が停止しているのか、目を少し見開かせている。
そんなリディスの手には大きな箱が二つ抱えられていた。
ベッドの上で安静にしておくように言われていたので、気まずさに思わずアンジェが目を逸らす。だが、アンジェが話をしたかったある人物とはリディスの事なのだ。こうして会えた事は幸運だった。なにせ、公爵邸の広さは尋常ではないからだ。
一方、リディスはアンジェの思考に気付いたのかリディスは小さく息を吐いて言った。
「少しだけだからな」
「あ、ありがとう!」
「て言うかイリスさんは?」
「その……リディスに相談と言うか頼みがあるの」
アンジェの言葉にリディスは目を見開いた。
しかし、長年の付き合いだ。
何となくではあるが、大切な話なのだとリディスは察する。そしてこの話はイリスやルーンには絶対に聞かれてはならない物だと言うことも。
「着いて来い。良い場所がある」
「良い場所…?」
アンジェは首を傾げる。
リディスと二人で話したくても、大体いつもイリスが部屋には居る。どうやらまだリディスの事を疑っているらしい。
リディスからしたらそろそろ信頼して欲しいものだが、公爵夫人の異性の友人と言うだけでやはり警戒されてしまう様だ。
だから滅多に人が訪れる事の無い場所へアンジェを案内しようとリディスは思った。
二人は暫く歩いて、とある場所へとやって来た。
そこは小さな木製の小屋であった。
そして、そんな小屋の周りには小さな薬草畑が広がっていた。
「えっと…こんな場所あったんだね」
公爵邸はかなり広い。
そしてそれは庭もまた同様である。
この小屋の存在を初めて知ったアンジェが驚きを隠せずにいると、リディスが抱えていた箱をその小屋の前へと置く。
そして胸元のポケットから一本の鍵を取り出し、入口の扉を開けた。
その様子を見てアンジェはポカンと口を開ける。
「報告遅れたけど、グレジス公爵邸で雇われる事になった」
「え、ほんと?」
「嘘ついてどうするんだよ…。お前がフェルセフ卿主催のパーティーに行った時、体調を崩しただろ? それをグレジス公爵が聞き付けて、その時アンジェの治療を俺が当たった。そして今回の件もあって、住み込みでアンジェ専属の医師として働いて欲しいって頼まれたんだよ」
「そ、そうだったんだね…」
「俺も伯爵から圧掛けられてたから素直に医師です……なんて正直に言えなかった。そしたら公爵、ずっと謝ってたよ。ほんと、あの人が謝る意味なんて無いのにな」
リディスはそう言葉を零す。
この小屋はリディスに与えられた薬草畑と薬草庫らしい。公爵邸の中にも薬草庫と薬を調合する為の部屋を与えてもらったらしいが、この小屋は薬草の世話をするに当たって与えられた言わば休憩室の様な物らしい。
それから二人は薬草畑の横に腰掛けた。
リディスが服が汚れる、とハンカチを敷き、アンジェへと勧める。
そんな気遣いに感謝しつつ、アンジェは腰を下ろした。
「で、話って?」
「……旦那様にもイリスにも…そして他の使用人の皆にも魔文の呪いについては秘密にして欲しいの」
「もうお前を縛る両親という足枷は無いのに?」
「私は……病気が悪化する前に旦那様に相応しい女性を見つけるつもり。旦那様を支えることの出来る女性をね。病気の事を打ち明けたら気を使わせちゃうから、このまま秘密にして身を引こうと思うの。旦那様は…その、私のことを必要だって言ってくれたけど……やっぱり私じゃ旦那様には相応しくないもの」
「………アンジェがそうしたいなら俺は協力するけど、後悔しない?」
「…しないよ。それに…私と旦那様の間には恋愛感情なんて一切無いもの」
これがもしお互い愛し合っているとか、アンジェがルーンを愛する感情が芽生えていたらまた違っていただろう。
なにせ、ルーンはアンジェを言わば利用している訳で、アンジェもまた夫人と言う立場を両親から逃れる為の立ち位置だとしか思っていなかった。
そしてこれからもその立ち位置のままで居るつもりだったのだが……。
『アンジェ。私は貴方が貴族では無くなったとしても妻として傍に居てもらいたいと思っています』
『貴方が傍に居てくれると思うと…私は夢に向かって精進出来るんです』
あの言葉が……どうしても頭から離れない。
アンジェもルーンも…少なからずお互いを必要…大切だと、隣に居たい。居て欲しい。思うようになり始めていた。
アンジェは空を見上げる。
青く透き通った美しい青空は、何処までも続いている。
自分もそんな青空の上へと行く日が徐々に近付いている事にアンジェは小さく息を吐いた。
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