余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人

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1章

救世主

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 『何やってんの?』


 突如聞こえたその声に、アンジェは遠のいていく理性の中で、その声の主を見つめた。

 声の主…マモンは実体化していた。
 そしてどうやらそれはアンジェの父親にも見えているらしかった。


 「貴様っ! 一体何処から現れた!? ま、まさかこの家の使用人かっ!?」


 『お前みたいなクズに教える必要なんて無いでしょ。て言うか……』


 マモンとアンジェの目が合う。
 微かな呼吸を繰り返し、何とか理性を保っているアンジェに気づいたマモンは、少し考える。
 このままアンジェを放っておいたら間違いなく死ぬだろう。まだ十分に体を乗っ取れていないが、アンジェの体は予定よりも早く手に入れる事が出来れば、徐々に乗っ取れる可能性は無くはない。


 一つの可能性にマモンは不敵に微笑む。
 しかし、本能がそれを少なからず阻止しようとしている事に気付いた。
 
 しかし、それは別にアンジェへの好感では無く、以前アンジェの言葉で記憶の一部が頭を過ぎった事があった。
 もしかしたらアンジェと時間を共にしていけば、記憶を少しずつ取り戻せていけるかもしれない。
 そして六年後、完全に記憶取り戻したらアンジェを解放し、取り戻せなかったらアンジェの体を乗っ取ろう。

 そう考えたマモンが下した結論は


 『……助けてあげるよ、アンジェ』


 マモンはそう告げると、魔法を使って勢いよくアンジェの父親を吹き飛ばした。
 アンジェの父親は、そのまま壁に激突する。
 そして背中を強打したらしく、顔を歪めた。

 次にマモンはアンジェのおでこを人差し指でコツンとつついた。そうすれば、アンジェは息苦しさから解放された。


 まさかマモンが助けてくれるとは……。
 あまりにも予想外の事だったが、今こうして命がある事の喜びをアンジェは噛み締めた。


 『ボクが防音魔法を掛けてるから外に音が盛れる事は無いから安心しなよ、雑魚』


 「な、何者だ貴様…! き、貴族の私に歯向かうなど阿呆なのかっ!? い、痛い目に合わせてやるからなっ!!」


 『……は? お前の方が誰に歯向かってるんだよ』


 マモンはそう冷酷な声で告げると、伯爵へ魔法を放った。
 魔法陣が宙に浮かび上がり、その魔法陣から黒い霧が姿を現す。
 そしてその霧は、部屋中に広がった。


 「へっ!?」


 突然腰に手を回されたかと思えば、マモンに引き寄せられたアンジェ。
 思わず間抜けな声が出てしまった事に恥ずかしさを覚えるが、直ぐにそんな事忘れ去ってしまった。

 何故なら今目の前で伯爵が顔を真っ青にし、苦しみに悶えているのだから。


 『この霧で君の父親は生死をさ迷ってる。このまま放置したらいずれ死ぬ』


 「助けてくれてありがとう。けど………早く解放してあげて」


 「…君さ。殺されて掛けたのに助けたいの?
ほんと…君ってやっぱりさぁ~」


 「確かに殺されかけた。けど、その人は今まで私を育てて来てくれた人なの。親として愛情は注いでくれなかった。私達姉妹のことなんて商品としか思ってなかった。けどね……今私がこうしてグレジス公爵邸にいられるのはある意味この人のおかげでもあるの。だから殺さないであげて。牢屋で反省して貰えれば私はそれでいいから…」


 『……ほんと、呆れる。まぁ、君がそう望むなら今回は従ってあげるよ』


 マモンはそう言うと、パチンと指を鳴らす。
 そうすれば次の瞬間、霧が一瞬にして姿を消す。しかし、その代わりと言わんばかりに突如扉が勢いよく開き、イリスが短剣を両手に伯爵へと飛び掛る。

 そのスピードに、アンジェは思わずあんぐりと口を開け、目の前に広がる光景をただ見ていることしか出来なかった。

 まるで獲物を追う肉食獣の如く鋭い目付きと威圧を放つイリスは、アンジェの知るイリスとはまるで別人だった。


 「伯爵っ!  貴方を奥様への暴行容疑によって捕らえさせて頂きますっ! ってあ、あれ!?」


 イリスはそう高らかに言うと、何処から音もなくロープを取りだし、父親の手首と足首を縛り上げた。
 しかし、既に疲弊しきった姿に困惑するが、朦朧とする意識の中でも舌っ足らずで父親は反抗する。


 「貴様ぁ!! メイドの分際でぇ…な、何をしているんだっ!? そもそもなんだその容疑はっ!! わたしぃ…がアンジェに暴行!? まるで見ていたかのような口振り……ま、まさか!」


 「旦那様から奥様の家庭内状況を伝えられていました。本当は奥様と二人っきりにする事を大変悩みましたが、見張っていて正解だったようですね」


 「ま、まさかアンジェ! 貴様、公爵に話したのか…!!」


 ギロリと睨み付けられれば、アンジェの体が硬直した。
 しかし、アンジェはルーンに真実を告げた覚えは無い。

 横に頭を振る事しか出来ないアンジェ。
 そして、そんな怯えるアンジェを庇うかのようにマモンが前に出て…


 『……まだ死なせたくないから守ってあげる』


 マモンはそう告げると、伯爵は目掛けて魔法を放った。
 伯爵はその魔法によって完全に意識を手放した。
 どうやら魔法で気絶させたらしい。


 「気絶した? いえ、今は奥様…! お怪我は!?」


 「マモンが守ってくれたから平気……」


 「えっと…その方は誰でしょうか? この部屋には奥様と伯爵、そして私しか居ませんよ?」


 イリスの言葉にアンジェは弾かれたかのようにしてマモンは見つめる。確かにマモンの姿はアンジェの隣にあるが、その姿は薄くなっている。どうやら今はアンジェしか彼の姿は見えていないらしい。


 「奥様。とりあえずお部屋でお休みになってください!」


 イリスの言葉にアンジェは頷いたあと、遠のいていく意識の中でもう一度マモンに「ありがとう」とお礼を伝えると、ゆっくりと意識を手放した。




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