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結婚式まであと4日②
しおりを挟む一瞬で時が止まった様な気さえした。
けれどこちらに向かってくるエマの姿を見れば、時なんて止まっていない事を知る。寧ろ、目の前にまで恐怖の存在が近づいてきていることが分かる。
イレーナの白い頬に汗が伝った。
「久しぶりですね、イレーナ」
「お姉様。えぇ、久しぶり」
2人に笑顔などは一切ない。
どちらも無表情だし、エマに関しては何を思いながら今、イレーナを凝視しているのかサッパリ分からない。
分かることとすれば、手にはこの店の袋が下げられており、イレーナ同様に買い物に来ていた……そして今その買い物を終えたところでイレーナとバッタリ出会した……という事だけだろう。
「貴方はセシル様の所の使用人ですね」
「はい。ルカと申します」
「そう。2人でお出かけなんて随分と仲良しみたいね」
随分と棘のある声に感じた。
「彼とは学友でもありまして。今日は私が無理を行って案内を頼んだんです」
「そうですか。まぁ……元気そうでなりよりです」
そう言って笑うエマ。
その言葉にイレーナはゾッとする。
エマの口からイレーナを気遣うような言葉が出てきたのは勿論だが、その言葉に確かに悪意が感じられない事が尚ゾッとする要因だった。
なにか裏でもあるのかもしれない。
思わず身構えれば、エマが笑った。
「別に貴方に嫌がらせなんてするつもりはありませんよ。時間の無駄ですから」
「ほんと…相変わらずみたいね、お姉様。けど、そんなに時間を無駄にするのが嫌なら私に声なんて掛けなければ良かったのに」
イレーナの返答にエマはぴくりと眉を動かした。
どうやらイレーナが言い返してきた事に驚いたらしい。
「イレーナの方は少し……いえ、随分と変わったみたいですね。昔は直ぐに泣いて隠れてたのに」
「いつのお話をされているのやら。私はもうあの時の私とは違います」
そうだ。
イレーナはこの2年間で強くなった。
……とは言っても、イレーナ自身、そんな気は正直していなかったのだけれど、ここ数日久しぶりに王都で過ごしてみて分かったのだ。
イレーナの言葉にエマはつまらない、とでも言うように表情を曇らせる。
けれど、直ぐにニッと笑みを浮かべる。
まるで良い悪戯を思いついた子どものように無邪気な笑みを。
「そうですか。けど、良かったですね。愛しい愛しいセシル様の結婚式にお呼ばれされて。しかも今は御屋敷でお世話になっているのでしょう? それはそれは楽しい時間を過ごしているんじゃないんですか? だってイレーナ、貴方……まだセシル様の事を好いているんじゃないんですか?」
エマは心底愉快そうに笑みを浮かべながら続ける。
「今でも覚えていますよ。セシル様に婚約破棄を告げられて顔を醜いほどぐちゃぐちゃにして帰ってきた貴方を。本当になんて愚かなのだろう…と思いましたよ。そして同時に思いました。私と兄様の妹でありながら、なんて出来損ないな妹だろうと」
こんな風に嫌味を吐かれるのも随分久々に感じた。
前のイレーナならば、この言葉に深く傷つき、涙を流すのを必死に堪え、ただただ我慢し続けていただろう。
けれど、今はどうだろうか。
全くもって気にならない。
寧ろ何だか懐かしさを覚えてしまっている。
しかし一方でイレーナの反応がこれまでと違うことにエマは気づいていた。
だからこそ、つまらない。そう心底思った。
怯え、恐れ、塞ぎ込むあの様はもう見れないのだとガッカリした。
「でも、どういう気まぐれ? お姉様から私に声を掛けてきて世間話なんて」
「……あぁ。その様子だとまだ知らないのですね」
「なんの事?」
「まぁ、知らないのなら私から話す事でもありませんし。取り敢えずは、お帰りなさい。とだけは言っておきましょうか。では、私はこれで失礼しますね。また会いましょう、イレーナ」
そう言って去っていくエマ。
そんなエマの後ろ姿を見つめながらイレーナは自身の腕でそっと体を抱きしめる。
「お姉様が私にまた会いましょう…なんて! 明日は大雪が降るかもしれない…!」
「この様子だと明日も快晴だろうが……何だか気になる言い方だったな」
「ルカくんも思った? 実は私も。そもそもお姉様がわざわざ自分から私に話しかけてきたこと自体が何だか引っ掛かるんだよね…それに何だろう。嫌な予感がする」
胸がザワつく。
…イレーナは拳をギュッと握りしめた。
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