女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜

流雲青人

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 食事を終えた後、二人は美しい花畑を眺めながらたくさん話をした。
 毎日顔を合わせているというのに話は一向に尽きない。

 そんな中、リヒトが突然大の字になって横になった。
 

「あー……今日はもう何もしたくないなー。急ぎの依頼も無いし、今日はお休みにしようか。休息も大切だし」

「大丈夫なんですか? 急ぎのものは無いとはいえ、後に響くのでは?」

「その時はその時だよ。それに……今日は比較的に涼しい日だし、こんなにも天気がいい。部屋にひきこもってばかりいては勿体ないでしょ?」


 確かに今日は夏だというのに比較的に涼しい方に分類されるだろう。
 日差しもそこまで強くなく、リヒトの言う通り部屋に閉じこもるなんて勿体ない日だろう。

 それに本来部屋に閉じこもりがちなのはリヒトの方だ。研究に没頭しているのも理由にあるが、何より外より家の中が落ち着くらしい。


 結局この日は休息日となった。
 このまま何処か出掛けようか、なんて話にもなったが、研究室に戻って長期休暇中の夏課題をすることになった。
 なぜなら未だにリヒトが課題に手をつけていなかったからである。研究があるとはいえ、学生の本文は勉強なのだから。

「プレセアさんは偉いね。もう終わりそうじゃないか」

「計画的にやってますから。リヒト先輩は溜めすぎなんですよ」

「最終日にならないとやる気がでなくて。まぁ、出してるだけ偉いでしょ?」

「もう。やる気が出ないのは分かりますが、一気に全部するのは大変では?」

「大変だよ、ほんと。だから次こそは計画的にって思うけど、できないんだよね。これが」

 課題が難しく解けない故に放ったらかしにしているのでは? とプレセアは最初考えた。なにせ高学年になるにつれ、問題の難易度が上がっていく。嫌になって放棄してもおかしくはない。

 ……しかし、そんな心配は杞憂だったらしい。
 なにせリヒトは筆を止めるどころか、一度も悩んだ素振りも見せずにスラスラと問題を解いて行くのだから。


「……これは確かに最終日でも間に合うわけですね」

「ん?」

「あ、いえ。何でもありません」

 横目でリヒトの様子を伺う。
 迷いなく書き進められる文字たち。
 まだ一年生のプレセアからしたら、リヒトの解く問題は全て理解不能なものばかりだ。しかし、どれもとても難しい問題だというのは分かる。なにせ数式がぎっしりと詰まっているのだ。

 自分もリヒトと同じ学年になった時、こんな問題を解かなければならないのだと思うと、プレセアは頭を抱えそうになった。

 そしてその一日で、リヒトは課題を全て終わらせてしまったのだった。





 それから二人が研究室を後にしたのは、まだ日も落ちていない様な時間。
 プレセアはリヒトに家まで送ってもらう事となった。二人で肩を並べながら中央通りを歩いて行く。
 こうして二人で下校することは初めての事だった。


「にしても、リヒト先輩がお家に帰るなんて珍しいですね」

「忘れ物しちゃってね。次の研究で使う資料なんだけど、何処に置いたのか今思い出してるところ」

 そう言って頭を悩ませるリヒト。
 どうやら自宅の方も研究室並に汚部屋なのだと思うと、根本的に彼の生活力が心配になってきた。
 ……とは言っても、プレセアも部屋の掃除に関してはメイド達がしてくれるのであれこれ言えないのだが。

 隣で捜し物の行方に頭を抱えるリヒト。
 そんな彼を横目に見つめながら、プレセアは微笑む。とても頼りになる人なのだが、こうして見ると可愛らしい一面もあって、和んでしまう。

 頬が綻び、足取りが軽くなる。

 ……その時だった。

「お嬢さん、危ないっ!」

「え……?」

 プレセアは瞳を瞬かせる。
 誰かが叫ぶ声。
 お嬢さんが自分を示す言葉だと気づいた時には遅かった。目の前に迫る暴れ狂う馬の姿。
 興奮状態に陥った馬が、プレセア目掛けて走って来たのだ。

 避けなければいけない。そう分かっていても突然過ぎて体が動かない。そもそも、目の前に迫る馬の表情があまりにも苦しそうで……。

 寧ろ、避けてはいけない。
 受け止めてあげる事が正解なのではないか。
 そう思えてしまった。

「プレセアさん!」


 今度は自分の名前を呼ぶ声がして、プレセアはハッと我に返った。
 聞き間違えるはずがない。
 それはリヒトの声だった。

 瞬間、腕をひかれる。
 そしてそのまま抱き締められる様に受け止められてしまった。
 一体何が起こったのか分からなかった。
 しかし、恐る恐るリヒトの顔を覗き込めば、彼が今何をしているのか直ぐに察することが出来た。


『落ち着いて。大丈夫だから』

 リヒトの言葉に馬は冷静さを取り戻したのか、大人しくなった。
 それどころか小さく鳴き、リヒトに頬を擦り付けはじめた。
 リヒトはそんな馬を優しく撫で、もう大丈夫だと言葉をかけた。

 そして馬の馬主が顔を真っ青にして駆け寄ってきた。同時にプレセアは、リヒトの腕の中から解放される。

「も、申し訳ございません! お怪我はありませんか!!」

「私は平気です。リヒト先輩は?」

「僕も大丈夫です」

「それなら良かった。いつも大人しい子なのですが、少し目を離した隙に暴れだしてしまいまして……。繋いでいた縄を引きちぎって逃げ出してしまいまして」


 それから馬主は何度も何度も謝罪を告げた後、馬を連れて行ってしまった。何かお詫びを……と言われたが、丁重にお断りした。怪我は幸い無かったし、馬もわざとこんな事をしたとは到底思えなかったからだ。




「じゃあまた明日もよろしくね」

「はい。よろしくお願いします! 気をつけて帰って下さいね」

 それからプレセアの家には何事もなく辿り着いた。
 プレセアは手を振り、リヒトの後ろ姿を見送った。

 大丈夫。また明日会えるのだ。
 だから、寂しく思う必要はない。

 だが、何故だろう。
 プレセアは嫌な予感を感じていた。









 プレセアとリヒトが別れた後の人通りの少ない路地にて。
 リヒトは足を止めて、言葉を紡いだ。
 物陰に身を潜め、リヒトの様子を伺う人物に向けて。

「……用があるならさっさと済ませてくれるかな。ルイスくん」

 その言葉の後、物陰から姿を現したのは、刺すような面持ちをしたルイスだった。

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