7 / 33
5
しおりを挟む自分でも到底有り得ない事をしたと思っている。
「散らかっててごめん。適当に座ってて。タオル持ってくるから」
そう言葉を残し、足の踏み場もない部屋を器用に進んでいくリヒトの背中を見つめながら、プレセアは呆然としていた。
本当は良くない事だと分かっている。
婚約者でもない異性の家に二人きり。
しかも雨のせいで衣服は透けてしまっている。
もしこんな場面を見られてしまえば、きっと勘違いしてしまう人も居るだろう。
それはリヒトにだって迷惑をかける。
......そう分かっている筈なのに、身体は動かない。
本当は直ぐに家に帰るべき筈なのに。
「座っててって言ったのに。......まぁ、座れるような場所もないか。はい、タオル」
そう言って差し出されたタオルを受け取る。
汚部屋というに相応しい場所だが、タオルはまるで新品のように綺麗だった。
リヒトの善意に甘え、タオルを受け取る。
何だかむしゃくしゃして乱雑に頭を拭けば自慢の手入れの行き届いた髪の毛はボサボサになった。
「身体冷えたでしょ。温かいもの入れるね」
「いえ、お気持ちだけで十分です。雨宿りさせて頂いてタオルまで貸して頂いたんです。もうこれ以上は......」
「僕がしたいだけだから気にしないで。取り敢えずこっち来て」
手招きされ、プレセアはおずおずと着いていく。
リヒトが通っていた箇所を追って家の奥へと進んでいく。
そうして進んでいくうちに扉が一つ現れた。
戸を開ければそこには地下へと続く階段があった。
「地下の方が片付いてるし、いろいろ道具あるから」
そう行って階段を降りていくリヒト。
プレセアは置いていかれぬよう、階段を降りていく。
そうして辿り着いた先は工房だった。
一体何の工房なのかは分からない。
ただ、初めて見る文字が綴られた本がテーブルいっぱいに開かれている。
そして......部屋の中央には大きな釜が置かれていた。
確かに、この部屋は足の踏み場はある。
綺麗......とは言い難いが、確かに先程の部屋たちよりは片付いている方だろう。
「えっと......何処に置いてたかな」
棚に無造作に手を突っ込み、並べられた瓶を掻き分けていく。
中には色とりどりの粉や見慣れない葉っぱが詰め込まれている。
一体彼は何を探し、そして行おうとしているのか検討もつかない。
だが、タオルからふんわりと香った心地よく、優しい香りにプレセアは頬を緩めた。
「あ、見つけた」
そして漸くお目当てのものが見つかったらしい。
中には赤い葉っぱが詰め込まれている。
これまた見た事のない葉っぱだ。
リヒトは瓶の蓋を開けるなり、数枚手に取る。そしてクシャクシャと手のひらですり潰した。
「本当は秘密にしとけ、って言われてるんだけど....風邪ぶり返したら大変だしね」
「あの、リヒトさん?」
「動かないで」
「え....?」
突然真剣な眼差しと声色でそう言われ、距離を詰められる。
あまりに突然のことに目を瞬かせる間もなく、プレセアの頭上からすり潰された葉っぱが降ってくる。
「な、何をなさっ.........て、あれ?」
驚きのあまり声を荒らげそうになるが、瞬間、直ぐに自分の身に起きた違和感にプレセアは唖然とした。
先程までびしょびしょに塗れ、気持ち悪いほど肌に密着していた服がすっかり乾いていたのだ。
しかもそれは服だけには留まらない。
髪の毛だっけ綺麗に乾き、いつもの美しい光沢のある髪へと戻っていた。
咄嗟に顔をあげれば、まるでいたずらっ子のように微笑むリヒトと目が合った。
「驚いた?」
そして目を細め笑うリヒトに、プレセアは大きく頷いた。
だって、今のは間違いなく......
「ま、魔法......?」
魔法
それはかつて、魔力を持つ特別な存在である魔法使いのみが扱えた特別な力。
しかし、時代が進むにつれて魔法使いの存在はこの世から忘れ去られていった。
否......消されてしまった。
その特別な力を求めて、魔法使いを奪い合いを始めた。
戦いに巻き込まれ、朽ちていく大地。
奪われる数々の命と生活。
皆、限界だった。
だから人々は考えた。
こんな争いが起こるのは、全て魔法使いが原因であると。
......魔法使いをこの世から消してしまおうと。
プレセアは恐る恐ると尋ねた。
「魔法使い様......なのですか?」
その問いに、リヒトは唇が弧を描いた。
638
お気に入りに追加
3,423
あなたにおすすめの小説

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。
かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。
ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。
二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

手放したくない理由
ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。
しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。
話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、
「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」
と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。
同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。
大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。


【完結】愛しい人、妹が好きなら私は身を引きます。
王冠
恋愛
幼馴染のリュダールと八年前に婚約したティアラ。
友達の延長線だと思っていたけど、それは恋に変化した。
仲睦まじく過ごし、未来を描いて日々幸せに暮らしていた矢先、リュダールと妹のアリーシャの密会現場を発見してしまい…。
書きながらなので、亀更新です。
どうにか完結に持って行きたい。
ゆるふわ設定につき、我慢がならない場合はそっとページをお閉じ下さい。

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

結婚しましたが、愛されていません
うみか
恋愛
愛する人との結婚は最悪な結末を迎えた。
彼は私を毎日のように侮辱し、挙句の果てには不倫をして離婚を叫ぶ。
為す術なく離婚に応じた私だが、その後国王に呼び出され……

彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる