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番外編
立ち止まったまま②
しおりを挟む「……兄さん。一体どういうつもりですか?」
「仕方ないだろう。ユーリに頼まれてしまったんだから」
ユーリとはティーネル公爵家の公爵……言わばフローラの兄であり、ゼノとは小等部からの付き合いである友人である。
成程、とアレクシアは思う。
お人好しのゼノのことむ。
どうせ頼まれて断れなかったのだろう。
そして何より……。
「アレクシアの気持ちは尊重したいさ。けど、前に踏み出す手助けもしたいって思ってる」
「……俺の気持ちを無視してですか?」
「お前の意志を尊重しなかった事は申し訳ないと思ってるさ。だが……立ち止まっているままだからこそ、俺はお前の背中を押すんだ」
そうゼノは言うと店を出ていってしまった。
どうやら最初からアレクシアとフローラを2人きりにする魂胆だったようだ。
そして…
立ち止まったまま
その言葉にアレクシアは苦笑がこぼれた。
正にその通りで、何も言い返せなかったからだ。
「お話は終わりましたか?」
「すまない。突然話し込んでしまって」
「構いません。それれ…アレクシア先輩にとって予想外の展開が起きてしまったでしょうし、話し合いの場は必要だと思いますから」
そう言ってニコリと微笑むフローラ。
「同席しても?」
「別に構わないが……私はそろそろ仕事に戻るからな」
「……私と一緒に居るのはそんなに嫌ですか?」
「そういう訳じゃない。ただ無理矢理兄に連れ出されてしまったから仕事が終わってないんだよ。今日中に終わらせなければならない仕事もあるんだ」
アレクシアの返答にフローラはムッと頬を膨らませる。
そしてグイッと身を乗り出し、アレクシアの碧眼の瞳を真っ直ぐに見つめながら言った。
「……婚約のお話。また断られたと父から聞きました。何故ですか?」
「君もその話かい?」
「私は! 貴方の妻に相応しい人間だと自信を持って言えますっ! そして何より貴方をお慕いする気持ちは誰よりも強いと断言できますっ!」
頬をほんのりと赤く染めて言うフローラ。
フローラはステラ亡き後、自ら立候補し、空席となった生徒会役員を務めた。
ステラにも劣らないその働きぶりには教師に生徒……誰もが賞賛を示した。
アレクシア自身もフローラの優秀さと真面目さ。そして何より正義感ある人柄を評価し、生徒会役員を卒業すると共にその席を自らフローラへと渡した。
フローラならば学院を更により良いものにしてくれる。
そんな期待を込めて。
しかし、その行動がどうやらフローラを勘違いさせてしまったらしいのだ。
「私に期待していると仰って下さったではないですか! 私しか居ないと!」
「確かに伝えたが、それは生徒会長という役目であってだな…」
生真面目な性格のフローラはどうやら生徒会長という役目……では無く、人として自分自身をアレクシアは必要としているのだの勘違いしてしまっているようなのだ。
それ以来、こうして何かとアレクシアにアプローチをしかけて来るのだ。
そしてアレクシアが何度婚約を断っても引き下がることは無い。
恋する乙女の暴走は誰にも止められないのだ。
「……リーリエント嬢のことが忘れられないからですか?」
「え…」
「リーリエント嬢がアレクシア先輩の足枷になっているのでは無いですか!?」
フローラの言葉にアレクシアは目を見開く。
そして同時にそんなに分かりやすかったのか!? と恥ずかしさを覚えた。
しかし、アレクシアがステラを忘れられずに居るのは本当だ。
ステラが亡くなって6年。
ルイもミナも前に進み始め、自分1人だけがあの時のまま取り残されている様な疎外感が確かにある。
けれど…
「俺はステラの存在を足枷と思ったことは無い。俺が彼女を忘れられずにいるのが問題だ。ステラは何一つ悪くないからな」
「ですが!」
「話は終わりだ。そろそろ仕事に戻らないと」
そう言ってアレクシアが席を立てば、フローラはその後を追う。
「お待ちください! 私はただ王族である貴方が1人の女性に永遠と囚われていてはいけない。そう感じているだけなのです!」
「……王族だからと言って1人の女性に囚われ続ける事の一体何が駄目なんだ?」
「そ、それは…」
フローラはギュッと唇を噛み締めて黙り込んでしまった。
どうやら、『王族』という理由だけで自分の意思をアレクシアへ押し付けていたようだ。
「……正直に申し上げますっ! 1人の女性に永遠と囚われるなんて……あまりにも惨めで見ていられません! 私が尊敬していたアレクシア先輩は、真っ直ぐと前だけを見て進み続ける人です。だから私は、以前のアレクシア先輩に戻って欲しい。だからずっと婚約を申し込んでいたんです! 私がリーリエント嬢よりもアレクシア先輩の中で大切な存在になれば、以前の先輩に戻るのではないか、と思って」
徐々に声が震え、か細くなっていくフローラ。
アレクシアはそんなフローラの言葉で、やはりか…と気づく。
「フローラ。君は昔から俺を慕ってくれているな」
「勿論です!」
「ありがとう。けど、俺は君が思っている程凄い人間じゃない。現に君はステラを忘れられない俺を惨めに思うと同時に呆れていたんじゃないか?」
「……ひ、否定はできません」
「ステラに振り向いてもらうことが出来なかった俺を惨めだと可哀想だと感じるかもしれない。けど……俺はそんな自分を惨めだとも可哀想だとも思わない。寧ろ彼女を愛せたことを誇りに思っているほどだ」
アレクシアはそう言うと青い空を見上げる。
あの空の上で、ステラは見守ってくれているだろうか?
だとしたら、自分の想いをステラは既に知っているかもしれない。
いや……もしくはあの時。
ステラが姿を現した時には既に…。
アレクシアは口元を綻ばせた後、フローラと向かい合う。
そして、真剣な表情で告げた。
「フローラ。君は君の人生を送るんだ。俺のことを気にする必要は無い。俺を尊敬しているからと言って自分の人生を投げ出す様な真似はしないで欲しい。だが……ありがとう。フローラのおかげで漸く決心が着いたよ」
「決心…?」
「あぁ。ステラが亡くなってからこの6年間、1人だけ取り残されたような気分だった。ルイ……ステラの弟は良い意味で大きく変わった。前に進んだんだ。偉大な夢を持って。そんなルイを見て、正直焦っていた。俺だけ変われないまま、立ち止まっていることに。だが……別に変わらなくてもいいだと気付いた」
公務は大変だが、同時にやり甲斐もある。
大切な人も沢山居て、アレクシアを大切に思ってくれている人も沢山居る。
無理して変わる必要など無いのだ。
なにせアレクシアは今の自分をとても気に入っている。
曇りきっていた空に一筋の光が差し込むような……そんな表情を浮かべるアレクシアにフローラは小さく微笑む。
「……残念。もう近付ける理由が無くなっちゃった」
「ん? 何か言ったか?」
「なんでも有りません。アレクシア先輩。惨めだなんて言ってしまって、大変申し訳ありませんでした。どうやら私の勘違いの様です。アレクシア先輩は既に歩き出していたのだと今日話して分かりました。アレクシア先輩は、何も変わっていません。学生時代、私が尊敬していたアレクシア先輩です」
フローラは微笑む。
嬉しそうに。だが、どこか少し寂しそうに。
それからアレクシアは城へ戻ると、ゼノ、国王、王妃と話をした。
フローラと話して気付いたこと。全てを。
そさてアレクシアの話に国王は「もう後押しは必要なさそうだな」と安堵したように言った。
王妃は「私は貴方の意志を尊重しますよ」と微笑み、ゼノに至っては「そうか! どうやら余計なお世話を沢山焼いてしまった様だな」と反省の意を示した。
それからアレクシアは仕事に精を尽くした。
笑顔溢れる活気と幸せに満ちた王国を目指して。
_______________
次回からifストーリーとなります。
そして申し訳ありません。
私生活の方が忙しく、中々執筆に時間を取れずにいます。
そのため、ifストーリーは8月頃からになります。
楽しみにして下さっている皆様、本当に申し訳ございませんm(*_ _)m
引き続き、どうぞよろしくお願い致します。
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