魔導王国と精霊の花嫁

那玖

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第1部 魔導王国と剣と魔法の騎士団

4章 戦争

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 『近々また、機械帝国との戦争が始まるらしい』

 そんな噂が王国騎士団に流れだしてからひと月程。ついにアレンとレオンはそれぞれの部隊で召集を受けた。
 戦地となるのはエリュシオン大陸の中央北部に広がる広大な湿地帯――魔導王国イーリオンと機械帝国アルカディアの狭間に位置するこの地は、昔から度々、2国の激しい争いの地となった。



 王都エリオンを発ち、北のイーリオン大橋を渡る馬車の中で、アレンは膝の震えを感じていた。隣に座っていた同じ隊の先輩隊員が「大丈夫か」と声をかける。

「す、すみません……ちょっと、緊張して……」

 微かに笑うアレンの口元はやはりこわばっている。

「お前は、帝国との戦争は初めてだもんな」
「は、はい。……やっぱり、魔物ルピタス相手に戦うのとは、その、違うんですか?」
「そりゃ相手が獣か人間かで、違うっちゃ違うけどよ」

 先輩隊員はアレンの肩をポンポンと軽く叩く。

「でも、いつも通りにやったら良いんだよ。なんてったってお前はガウェイン隊長の息子で、我が隊の期待のホープなんだからな」
「そ、そうですかね……」
「あぁそうだ。大丈夫だよ、お前はすげー強いからさ」

 そう言う先輩に、アレンは礼を言って、少し恥ずかしそうな表情を浮かべた。

「すみません、なんか、情けないところを見せちゃって」
「いや、初めてにしちゃ上出来さ。俺の時なんて、すげービビりまくってたら先輩が呆れて『お前もう帰れ』なんて言われてさぁ」

 当時を思い出したのか、けらけらと笑う先輩に、つられてアレンも小さく笑う。

「お、いつもの調子出てきたな。大丈夫だって、今回のは戦争っつっても小競り合い程度だからさ。俺らには頼りになる後衛隊様もついてるし、魔法も使えない奴らに引けなんてとらねぇよ」
「帝国の奴らって、本当に全然魔法を使わないんですか?」
「使わないというより、使えないんだよ。あいつらはもともと霊力スピリタスの弱い奴らの集まりだからな。今じゃ生活レベルの魔法も行使できないそうだ」

 魔法のない生活、それは王国で生まれ育ったアレンには想像もつかないものだった。幼い頃より父の方針で魔法に頼りすぎないように心掛けてはきたが、魔法がないとなると、そもそも水や電気など、一体どのように供給しているのだろうか。

「……それでどうやって生活してるんだろ……」
「さぁな? お得意の【機械】とやらを使ってるんだろうが……まぁともあれ俺らの敵じゃないってこった」
「機械かぁ……戦場では、飛び道具の機械を使ってくるんでしたよね」

 アレンの言葉に先輩は大きく頷く。

「あぁ、『じゅう』とか言ったかな、金属片を飛ばすけったいな機械を使ってくるが、後衛隊の張る防御膜プロテクトを破る程の威力はないからな」
「なるほど……物を飛ばすなんて、風魔法ウィンド力魔法フォースみたいだな。……その『銃』を取って帰ったら、レオン達の研究の役に立つかな?」
「やめとけやめとけ、【王国領土内に『機械』の持ち込みを禁ず】だろ? 忘れたのかよ」
「あ、そうでした。すみません、すっかり忘れてました」
「お前……変なところで抜けてるよなぁ――っと、んなこと言ってる間に、目的地が見えてきたぜ」

 アレン達を乗せた馬車は、いつのまにかぬかるんだ地面を走っていた。一面に広がる広大な湿地に点々と、王国の旗を掲げた拠点が建っている。アレンは軽く頬を叩くと、気合いを入れ直した。



 拠点に到着すると間もなく、アレン達12番隊は3つに分けられ、それぞれ後衛隊員、衛生兵と組まされて斥候隊として戦場へと駆り出された。この拠点にレオンや、彼と隊を同じくする隊員の姿は見られない。ほとんど同時期に召集がかかったはずだが、どうやら彼らは別拠点をベースとしているらしかった。
 直前の任務ですれ違ったまま、結局レオンとは話す機会も無く戦場へ出てきてしまった。拠点に来れば会えるかとも思ったがそうもいかないらしい。

「レオンなら、大丈夫だよな……」

 誰に言うとでもなく、まるで自分に言い聞かせるかのように、アレンは小さく呟いた。



 酷くぬかるんだ湿地帯を進みながら、アレンは緊張した面持ちで周囲を見渡す。辺りには茂みや背の低い樹木が点在し、一体いつ、そこから人影が現れ、襲いかかって来るのか――魔物討伐とは違った独特の緊張した空気がアレンをしていた。

「(大丈夫、大丈夫だ、先輩だってそう言ってただろ。それに、どこかできっと、レオンも一緒に戦ってるはずだ)」

 考えとは裏腹に、アレンの息は次第に荒くなっていく。汗が、頬から首筋へ流れ落ちた。拠点から離れるにつれて、湿地の泥の臭さとはまた異なる臭いが強くなっていく。何かが焦げるような臭いや、血の――魔物の血とはまた違った臭いだ。

「(この場所は……すごく嫌な感じがする)」

 それが場所によるものか、戦争そのものの空気によるものかは分からなかったが、アレンは嫌な不快感をその肌に感じていた。

「おい、そんな固くなるなよ」

 小声で、後衛隊の1人がアレンに話しかけてきた。過去に話したことはないが、アレンの記憶が正しければ、確か同じタイミングで入隊をした男だったはずだ。

「お前、ガウェイン隊長の息子だろ? レオンの弟の」
「……アレン。レオンを知ってるのか、えっと……」
「オズワードだ。俺らの期で、しかも後衛やってて、あいつを知らない奴がいるかよ……くそ、1対1で決闘すりゃ俺の方が強いって証明できるのによ」

 そう言う男は随分と腕に覚えがあるらしい。自信満々といったオズワードに、アレンは少しムッとした表情を浮かべる。

「レオンはすげー強いんだぞ」
「どうだかな。弟がこんな所でブルってるようじゃ、実際兄貴の方もたかが知れるんじゃねーのか?」
「なんだと?! ――っ?!」

 小さな声を荒げかけたその時、アレンはピクリと反応した。それとほとんど同時に、小隊から少し離れた茂みの陰で何かがキラリと光った。

「頭を下げろ!」

 小隊を指揮している年配の隊員が鋭く叫ぶ。目にも留まらぬ速さで飛んできた何かは、アレン達のすぐそばの岩に命中してめり込んでいる。

「敵襲だ! 銃を持ってるな、後衛は引き続き防護膜プロテクトを切らすな! 前衛、斬り込むぞ!」
「は、はいっ!」

 小隊長に率いられ前衛隊員達が茂みへと駆ける。アレンも大剣を構えてその後に続く。奇襲は失敗したと判断したらしい、茂みから数人の兵士が姿を現わす。間違いなくあれは、機械帝国の軍服だ。

「(落ち着け、いつも通りだ、訓練を思い出せ!)」

 互いに距離を詰めながら、アレンは周囲にくまなく意識を配る。剣を持った兵の数はこちらと同数だ。先程の遠距離武器を持った敵が、まだ茂みの陰にいるかもしれない。防護膜プロテクトはきちんと発動しているようだが、油断は大敵だとアレンは自分に言い聞かせる。
 相手との距離が縮まる。背後の仲間から、魔力が揺らぐ気配がする。前衛隊の役目は、接近戦で敵を倒すことも勿論だが、詠唱中に無防備になる後衛隊らを護ることにもある。帝国軍のうちの1人が振り下ろした剣の一撃を、アレンは自らの大剣で受ける。

 ――重い。訓練とは違う、生死を賭けた一撃。

 しかし、父の剣技はこのようなものではなかった。絶対に負けるわけにはいかない。自分は、生きて帰るのだから。
 アレンは渾身の力を籠め、大剣を振り抜いた。弾き飛ばされた相手の剣が弧を描いて、少し離れたぬかるみに深々と突き刺さる。武器を失った相手の兵士が、弾かれた衝撃でその場に尻餅をつく。アレンはそのまま大きく剣を振り上げた。

「やめっ――……」
「――くっ!」

 ――剣を振り上げたままの体勢で、アレンは止まっていた。

 あとはこれを振り下ろすだけで勝敗は決すると分かっているのに、腕が、うまく動かない。次第に息が荒くなっていくアレンに、尻餅をついた兵士がそうっと腰のホルダーへ手を伸ばす。

「く、そ……」
「――死ねっ!」

 尚も固まるアレンに、兵士が素早く銃を構えた。その照準がまっすぐアレンを捉える。

「っ!!」

濁流だくりゅうよ、我が敵をみ、はしり、砕けろ!」

 それは、アレンが動くより、兵士が金属片を飛ばすよりも早く、アレンの後方から魔力の唸りと共に押し寄せた。

「なっ?!……ご、ぼ……っ――――……がっ!!」

 後衛より放たれた水魔法アクア――荒々しく激しい水流が一瞬で敵の兵士を飲み込む。その勢いのまま思い切り岩に打ち付けられた男は、濁った水が流れ去った時には既に絶命していた。

「ぁ……」
「なにやってんだアレン! 死ぬところだぞ!」
「オズワード、ご、ごめん……」

 気が付くと、他の前衛隊員も各々の敵を片付けたらしい。一部負傷をした者らが衛生兵の治癒魔法キュアを受けていた。後衛からオズワードがアレンに駆け寄り叱咤する。どうやら先程の水魔法は彼の放ったものらしかった。

「ちっ……敵を殺す覚悟もない奴が、戦場に来てんじゃねぇよ! てめーがやられたら、俺達後衛まで崩れちまうかもしれねーんだぞ!」
「っ……分かって、る……」

 アレンは大剣を地面に突き刺すと、ぐっと唇をかんだ。覚悟は、していたはずだった。しかし、相手の兵士と目が合ってしまったその時、アレンにはどうしてもその命を絶つことができなかった。対峙していた男は、今は岩の傍らで事切れている。その虚空を見上げる濁った目は、つい先ほどまでの必死の形相が、血走った目が――生きていたことがまるで嘘のようだった。

「もうじき日が暮れる――今日はもう拠点へ戻るぞ」

 小隊長が軽くアレンの背を叩いて、隊員たちにそう告げた。

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みんなの感想(1件)

高天神田
2018.06.26 高天神田

ストーリー面白い!続きが気になる。

解除

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