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十四蝮との対面と村木砦

十一

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 信長が南口を攻め破ると、呼応して東西の織田信光、水野信元も攻撃を強めた。
「大手門が開いたぞ!」
 織田信光が正面大手門を破った。つづいて、搦め手を水野信元が破る。
「それ! 一気に村木砦を攻め落とすぞ‼」
 南の信長の本軍、東西の織田信光、水野信元が、つぶすように今川軍を追い詰める。
 太原雪斎、松平義春を北面へ追い詰められた。三百人の砦の兵もいまや五十に届かない。
「義春殿、早う船に乗れ!」
 太原雪斎が、さっと、手を上げて合図を送った。
 押し寄せる織田軍との境の柵に、穂先を突き出し槍衾だ。
 これでは、勢いを増す織田軍も、足を止めざるえない。
「ならば鉄砲だ。一益をすぐ、ここへ呼べ」
 信長の命令で、鉄砲隊が一列に並んだ。
 それに、今川軍が、呼応するように動いた。
「それ、運び込め!」
 太原雪斎の命令で、今川兵が槍の穂先の隙間を埋めるように竹束たけたばを設置した。
「放て!」
 信長は、構わず号令をかけ弾丸を打ち込む。
 カツン! カツン!
 弾丸は、硬度と弾力のある竹束に弾かれ飲み込まれ無力化された。
「信長が、美濃の蝮と会談した折に鉄砲を数百挺連ねたと聞いていて嘘だと思っておったが、念のため、鉄砲への備えを用意したのが幸いしたわ。まさか、使う時が来るとはおもわなかったが」
 と、太原雪斎が感想を漏らした。
「撃て! 撃て! 撃て!」
 信長はムキになって弾丸を打ち込む。兵から奪い取って自ら引き金を引く。
 カツン!
「ええい、弾を込めよ!」
 一益が、首を横に振って、
「殿、用意した弾薬、弾丸は、今の一斉射撃で全弾、打ち尽くしましたぞ。我らの出番はここまでにございます。後は、秀隆、良勝にお任せいたします」
 と、一益と鉄砲隊は下がった。
「ぐぬぬ! 誰か居らぬか。あの柵を破って見せよ‼」
「よし、俺たちの名誉挽回の機会だ」
 河尻秀隆、毛利良勝が空堀を越え、砦からの油攻撃で減った兵たちと立ち上がった。
「突撃だ!」 
 秀隆と良勝が突っ込む。
「それ放て!」
 突撃兵を狙って、今川の弓の一斉射撃だ。
 大粒の雨の如く、突撃してくる織田の兵に降り注いだ。
 肩を、胸を、股を――。多くの突撃兵が倒れた。
 それでも信長は、丹羽隊、鉄砲を片付けた滝川隊と次々に繰り出す。
 最後には、信長自ら、親衛隊を率いて力押しに押した。
「殿! 引いて下され。ここはお任せ下され」
 織田軍の劣勢を聞いて、織田の軍師、岩室重休の命で駆けつけた信時の弓隊だ。
「なにをするのだ」
 信長が聞いた。
「これにございまする」
 信時は、弓の矢尻にたっぷり油を染み込ませた矢に火をつけた。
「放て!」
 横一列に並んだ信時の弓隊は、一斉に火矢を放った。
 バサ! バサリ! ズバッ!
 火矢は、太原雪斎の竹束に突き刺さり黒煙こくえんを上げた。
 竹束は、メラメラと燃え上がり、やがて悲しく黒灰になった。
「今だ。突っ込め!」
 後詰めに無傷で残っていた池田恒興隊が、灰となった柵を蹴破る。
 蹴破った先には、待ち構える兵はいなかった。残っていたのは、白装束の城主、松平義春と三人の側近。後には、深手を負い自力では動けない手負いの兵士数十人だ。
それがしは、三河松平家に連なる松平義春と申す。ここにいる兵卒共を含めて、我らは織田に降伏いたす」
「某は、織田上総かずさのすけ信長の家臣、池田恒興にござる。松平義春殿とその兵卒の降伏承った」
 これにて、村木砦の戦いは終結した。
 三河織田領と尾張の分断を図った村木砦は灰塵かいじんに帰した。
 今川義元、いや、今川の軍師、太原雪斎の打った一手は、織田軍に多大な損害を出した。
 今川の兵は、わずか三百。織田の損害は、その数倍だ。損害のほとんどは、信長の兵だ。
 血みどろで倒れる、あいつもこいつも、信長は、声も性格も知っている。
 ガキ大将だった信長が、恒興にしたように、一人一人力試しをして見定めた子分たちだ。
 織田弾正忠家当主となった信長は、兵の一人一人の名前を知っている。
 信長は、知多半島の岬に立って焼け跡の村木砦で、ガキの頃からの仲間、河尻秀隆、毛利良勝、織田信時、丹羽長秀、岩室重休、滝川一益、そして、池田恒興と揃って泣いた。
 岬に作った死んだ子分たちの塚に向かって、信長は車座になり盃を酌み交わした。
「お前たち、生き残った俺たちは、死んだこいつらの分も生きなきゃならない。こいつらが見たかった明日の天下を作らにゃきゃならない。秀隆、お前の作りたい天下はどんなだ?」
「俺は、頭が悪いから殿の息子が出来たら傅役(もりやく)でもするかな」
「良勝、お前はどうだ?」
「俺は、好きな酒と女があれば満足だ。後は、殿について歩いてどこまでも行ってみたい」
「信時はどうだ?」
「私は、お善とお七。不自由ない暮らしが出来たら十分です」
「長秀、お前はどうだ?」
「私は、健康で長く政務に携わり、一日でも早く天下泰平てんかたいへい。殿の天下を作る一員でありとうございます」
「一益、お前はなにかありそうだな?」
「あはは、わかりますか。ワシは武骨ゆえ、天下の名品、珠光じゅこう小茄子こなすの茶器などを所望したいですな」
「ほほう、てっきり俺は、一益は、関東一円ぐらいの大望だと思ったぞ」
「ワシは、こう見えて、可愛いものが好きなのです」
「わはは、わかった。次は、重休はどうだ?」
「私は、殿の元で早く戦の世を終わらせて、後は、図書頭にでも任命していただいて、この国にある全ての書物を読破しとうございます」
「本の虫か。それもおもしろい。勝三郎はなんだ?」
「俺は……」
 恒興は、すぐには答えが出なかった。
 皆、それぞれ自分なりの天下論、理想がある。恒興だけ答えがないわけにはいかない。
「俺は、殿の天下が成れば、死んだ月と星を弔って暮らしたい」
 一益が、恒興のありのままの無欲さに目を丸くした。
「恒興、天下国家の話だぞ。お前のその夢は夢ではないではないか」
「一益の従兄(あに)貴(き)。確かに俺の夢は夢じゃない。だがな、今が戦国乱世だからだ。戦が終われば平凡な男として家族を弔って、武士ではなく田畑でも耕して暮らし、やがて老いて、家族に看取られながら死にたいのだ」
 恒興のもう叶わぬ願いに、ここにいる誰もが言葉を返せなかった。恒興の心の痛みを分かっているからだ。
 信長は夕日を見つめて、
「俺たちは、そのような者が生きる天下を作ろう」
 信長は、盃を持って立ち上がった。
「皆の者、まずは尾張統一だ」
 と、言って盃をグイっと飲み干すと、地面に叩きつけた。
 悪ガキ共も、信長につづいた。
「尾張統一を!」

 翌日、信長は、尾張・那古野へ帰陣する折に、今川に取られた知多半島にある寺本城を攻略して帰った。これで、尾張から緒川城への陸路の導線を取り戻した。
 那古野に戻った信長は、斎藤道三の家老、安藤守就から出迎えを受けた。
「これにて、我らの役目は果たしました。那古野城をお返しいたします」
「安藤守就殿、かたじけない。舅殿には、よろしくお伝え下され」
「かしこまった。それでは」
 美濃へ帰陣した安藤守就は、苛烈を極めた大嵐の中での村木砦攻めを斎藤道三に報告した。。
 道三は、禿げ頭に残る髪を撫でて、
「やはり、恐るべし男だ。隣国には居て欲しくない男だ」
 と、側近の堀田道空に漏らした。

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