池田戦記ー池田恒興・青年編ー信長が最も愛した漢

林走涼司(はばしり りょうじ)

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十四蝮との対面と村木砦

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 翌日、村木砦の信長軍出兵の段になって一悶着起こった。
「この度の戦、我ら林家は、承服いたしかねる」
 と、家宰の林秀貞と、信行付きの家老で弟の林美作守が不服を申し出たのだ。
 秀貞の言い分はこうだ。
 第一に、信長が勝手に恒興を使いにやり、家老・重臣への相談なく道三の兵を引き入れたこと。
 第二に、尾張国内で清州大和守家との戦の最中に三河まで兵を差し向け、力を分散させるのはどうか。
 第三に、殿は、家宰である林家をないがしろにしすぎる。
 秀貞は、信長に協力する気がない。こじつけたような理由を、捻り出したに過ぎない。
 秀貞の本心は、織田弾正忠家の当主を、勝手気ままな信長から、真面目で何でも家老たちとの合議で決める信行に挿げ替えたいのだ。
 そして、弟の美作守と結託し、弾正忠家を秀貞の思いのままに信行を傀儡としたい。
(こいつも利害関係でしか動かない糞野郎だ)
 恒興は、末席から表情にこそ表さなかったが、秀貞を軽蔑した。
「林家は、那古野へ入った美濃勢が万が一にも裏切るかも知れぬ、その時に備えて村木砦攻めへは不参加とさせていただきとうございます」
 秀貞は、言葉丁寧に理由を述べてはいるが、要するに、信長一人で今川と戦って、あわよくば共倒れして欲しいのである。
 秀貞の勝手な理屈に、同じ家老の佐久間信盛が、さすがに口を挟んだ。
「林殿、さすがにそれでは、殿への忠義が疑われます」
「信盛、放っておけ、林がそうしたいならばそれで構わん」
「殿!」
 信盛が叫んだ。
「信盛すまんな、殿は承認下すった。我らはこれから前田与十郎の荒子あらこ城に籠もって美濃勢の裏切りに備えるゆえ、これで失礼する」
 林秀貞・美作守兄弟は、広間を出て行った。弾正忠家最大の勢力の林と末森の信行は、村木砦攻めに不参加が決まった。
 
 村木砦によって緒川城への陸路を遮断された信長軍は、熱田へ向かい加藤家の協力を得て知多半島を回り込んで海路を進むことになった。
 信長は、この度の戦には、心に掛けるものがあるのだろう。河尻秀隆、毛利良勝、織田信時、丹羽長秀、熱田に居る岩室重休。そして、恒興を、月と出会わせた遊郭「おかめ」に集めた。
「お前たち、此度の戦は、必ず厳しいものになる。ガキの頃からの俺に従ってきたから話すが、一人も死ぬな!」
「なに辛気臭いこと言ってんだ親分。俺たちがそう簡単に死ぬかよ」
 良勝が秀隆と肩を組んで返事した。
「うむ、信時、兵站へいたんも厳しくなるぞ。長秀と連携して手抜かりなく頼む」
「お任せ下され、兄上」
「重休、今川の大将の情報が入らぬが、この鮮やかな進軍はもしや⁈」
「殿、お判りでございましょう」
「やはり、あの坊主か」
「左様でござりましょうな」
「太原雪斎。あの男が生きて居る限り、なにかとやりにくい」

 出港の当日の熱田湊あつたみなとには伊吹いぶきおろしが吹いた。港に停泊された安宅あたか船も、風が強く容易に帆が張れない。なにより波が荒いのだ。
「殿、伊吹颪が過ぎ去るまで出港を取り止めにされてはどうでしょう」
 年長の佐久間信盛が進言した。
 信長は、遠く知多半島を睨んで、
「我らが、一刻も早く救援に向かわねば、緒川城の水野親子がどう動くかわからん」
「殿、しかし、この大風に煽られては、緒川城へ着く前に、荒波に飲み込まれてしまいかねませぬぞ。慎重なご判断を」
「いいや駄目だ。俺は勝三郎と約束した。俺が仲間を見捨てて、気に入らないようなことがあるなら刺し殺せと」
「恒興もこの大風ならきっと、行くなと申すはず。一度、本人に聞いて見ればよろしい」
「いいや、俺の心の中にいる勝三郎は、味方の命は一人も見捨てるなと言っている。だから行くのだ」
 信盛は、返す言葉がなかった。
「誰か! すぐに恒興をここへ呼べ 早く!」
 と、伝令の足軽に命じようとしたが、出払っていない。
「なら、俺が池田さんを呼んできますよ」
 末席で控えていた般若介が名乗り出た。 
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