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十四蝮との対面と村木砦

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 道三が、信長の到着を聞いてから、四半時(三十分程度)が過ぎた。
 道三は、まるで野良仕事の帰りのように調子に乗って、顔に墨を塗る念の入れようだ。
 さすがの道三も、信長の到着から、これほど待たされるとは思ってもいなかった。
 手台に凭れ掛かる指先が、トントントンと小刻みに刻を刻んでいる。
「婿殿の準備はまだか! 一体何をやっておるのだ。緊張でもして糞でもしておるのか‼」
 ズリッ、ズリッ!
 なにか廊下を引きずって進んでくる足音が聞こえる。
 道三が、廊下に現れた者に目を見張った。
 そこには、見違えるような正装の信長がいた。髪は折り曲げに結い、褐色の長袴を履き、装飾鮮やかな鎌倉武士の如く拵えが良い小刀を差している。
「ややっ! 婿殿しばし待て!」
 これではあべこべだ。どちらが大うつけかわからない。馬鹿にしようと思った道三が、顔を汚した百姓で、馬鹿にされるはずの信長が、若く凛々しい青年領主だ。このままでは道三は、大うつけの信長に鼻を明かされたと世間の笑いものにされてしまう。
「ちょ、ちょ、婿殿、ちょと、待て!」
 信長は構わず道三の前に座り、礼儀正しく両手をついて頭を下げた。
「某……」
「ちょっと待て、ワシは糞がしたい。婿殿、そのまま待っておれ、スグに戻る」
 道三は、逃げだした。
 控えに戻った道三は、すぐさま顔を洗い直し正装に身を改めた。
(これでは、ワシが大うつけではないか。さては、婿殿の阿呆ぶりは、ワザと装っていたのだな)
 道三は、肝をつぶした。

 四半刻後――。
 道三が、身支度を調えて再び現れた。これぞ美濃の蝮。百姓姿の油断も隙も無いない。
 落ち着いた青銅せいどう色でまとめた小袖に、藍色の陣羽織を纏っている。これが、斎藤道三だ。
「ワシが斎藤山城守道三である。婿殿、よろしゅうのう」
「フフフ……、偶然、富田の町で舅殿によく似た禿げ頭を見かけました。あの者を探し出して影武者に致せばよろしかろう」
 道三は、一瞬、ギクリッ! としたが、表情は隠して、
「ほほう、富田には、そのような者がおったのか、婿殿の助言に従って、探し出して影武者に致そう」
(このうつけは、チラッと目が光ったと思っておったが、やはり、こちらに気付いておったのか、恐ろしい奴だ)
 道三と信長の会談は和やかに進んだ。
 道三も信長と対面するまでは、大うつけの噂を信じて、暗殺して尾張を乗っ取ってやろうと思っていたが、会って見ると信長と道三は、同じ先進的な性格で馬が合う。
 これほど先々の治国を見通して腹を見せあい語らうことが出来る相手は、二人といないだろう。
「婿殿ならば、この乱世をどう治める?」
「俺ならば、天下を一つにする」
 信長と道三の対面は、大成功に終わった。
 信長は、道三の信用を勝ち取り、敵対する清州大和守信友を挟み討ちする状況を作り上げた。
 斎藤道三が、清洲の背後を狙っている限り、清州からは不用意に信長に兵を出せなくなった。

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