56 / 67
十四蝮との対面と村木砦
三
しおりを挟む
道三が、信長の到着を聞いてから、四半時(三十分程度)が過ぎた。
道三は、まるで野良仕事の帰りのように調子に乗って、顔に墨を塗る念の入れようだ。
さすがの道三も、信長の到着から、これほど待たされるとは思ってもいなかった。
手台に凭れ掛かる指先が、トントントンと小刻みに刻を刻んでいる。
「婿殿の準備はまだか! 一体何をやっておるのだ。緊張でもして糞でもしておるのか‼」
ズリッ、ズリッ!
なにか廊下を引きずって進んでくる足音が聞こえる。
道三が、廊下に現れた者に目を見張った。
そこには、見違えるような正装の信長がいた。髪は折り曲げに結い、褐色の長袴を履き、装飾鮮やかな鎌倉武士の如く拵えが良い小刀を差している。
「ややっ! 婿殿しばし待て!」
これではあべこべだ。どちらが大うつけかわからない。馬鹿にしようと思った道三が、顔を汚した百姓で、馬鹿にされるはずの信長が、若く凛々しい青年領主だ。このままでは道三は、大うつけの信長に鼻を明かされたと世間の笑いものにされてしまう。
「ちょ、ちょ、婿殿、ちょと、待て!」
信長は構わず道三の前に座り、礼儀正しく両手をついて頭を下げた。
「某……」
「ちょっと待て、ワシは糞がしたい。婿殿、そのまま待っておれ、スグに戻る」
道三は、逃げだした。
控えに戻った道三は、すぐさま顔を洗い直し正装に身を改めた。
(これでは、ワシが大うつけではないか。さては、婿殿の阿呆ぶりは、ワザと装っていたのだな)
道三は、肝をつぶした。
四半刻後――。
道三が、身支度を調えて再び現れた。これぞ美濃の蝮。百姓姿の油断も隙も無いない。
落ち着いた青銅色でまとめた小袖に、藍色の陣羽織を纏っている。これが、斎藤道三だ。
「ワシが斎藤山城守道三である。婿殿、よろしゅうのう」
「フフフ……、偶然、富田の町で舅殿によく似た禿げ頭を見かけました。あの者を探し出して影武者に致せばよろしかろう」
道三は、一瞬、ギクリッ! としたが、表情は隠して、
「ほほう、富田には、そのような者がおったのか、婿殿の助言に従って、探し出して影武者に致そう」
(このうつけは、チラッと目が光ったと思っておったが、やはり、こちらに気付いておったのか、恐ろしい奴だ)
道三と信長の会談は和やかに進んだ。
道三も信長と対面するまでは、大うつけの噂を信じて、暗殺して尾張を乗っ取ってやろうと思っていたが、会って見ると信長と道三は、同じ先進的な性格で馬が合う。
これほど先々の治国を見通して腹を見せあい語らうことが出来る相手は、二人といないだろう。
「婿殿ならば、この乱世をどう治める?」
「俺ならば、天下を一つにする」
信長と道三の対面は、大成功に終わった。
信長は、道三の信用を勝ち取り、敵対する清州大和守信友を挟み討ちする状況を作り上げた。
斎藤道三が、清洲の背後を狙っている限り、清州からは不用意に信長に兵を出せなくなった。
道三は、まるで野良仕事の帰りのように調子に乗って、顔に墨を塗る念の入れようだ。
さすがの道三も、信長の到着から、これほど待たされるとは思ってもいなかった。
手台に凭れ掛かる指先が、トントントンと小刻みに刻を刻んでいる。
「婿殿の準備はまだか! 一体何をやっておるのだ。緊張でもして糞でもしておるのか‼」
ズリッ、ズリッ!
なにか廊下を引きずって進んでくる足音が聞こえる。
道三が、廊下に現れた者に目を見張った。
そこには、見違えるような正装の信長がいた。髪は折り曲げに結い、褐色の長袴を履き、装飾鮮やかな鎌倉武士の如く拵えが良い小刀を差している。
「ややっ! 婿殿しばし待て!」
これではあべこべだ。どちらが大うつけかわからない。馬鹿にしようと思った道三が、顔を汚した百姓で、馬鹿にされるはずの信長が、若く凛々しい青年領主だ。このままでは道三は、大うつけの信長に鼻を明かされたと世間の笑いものにされてしまう。
「ちょ、ちょ、婿殿、ちょと、待て!」
信長は構わず道三の前に座り、礼儀正しく両手をついて頭を下げた。
「某……」
「ちょっと待て、ワシは糞がしたい。婿殿、そのまま待っておれ、スグに戻る」
道三は、逃げだした。
控えに戻った道三は、すぐさま顔を洗い直し正装に身を改めた。
(これでは、ワシが大うつけではないか。さては、婿殿の阿呆ぶりは、ワザと装っていたのだな)
道三は、肝をつぶした。
四半刻後――。
道三が、身支度を調えて再び現れた。これぞ美濃の蝮。百姓姿の油断も隙も無いない。
落ち着いた青銅色でまとめた小袖に、藍色の陣羽織を纏っている。これが、斎藤道三だ。
「ワシが斎藤山城守道三である。婿殿、よろしゅうのう」
「フフフ……、偶然、富田の町で舅殿によく似た禿げ頭を見かけました。あの者を探し出して影武者に致せばよろしかろう」
道三は、一瞬、ギクリッ! としたが、表情は隠して、
「ほほう、富田には、そのような者がおったのか、婿殿の助言に従って、探し出して影武者に致そう」
(このうつけは、チラッと目が光ったと思っておったが、やはり、こちらに気付いておったのか、恐ろしい奴だ)
道三と信長の会談は和やかに進んだ。
道三も信長と対面するまでは、大うつけの噂を信じて、暗殺して尾張を乗っ取ってやろうと思っていたが、会って見ると信長と道三は、同じ先進的な性格で馬が合う。
これほど先々の治国を見通して腹を見せあい語らうことが出来る相手は、二人といないだろう。
「婿殿ならば、この乱世をどう治める?」
「俺ならば、天下を一つにする」
信長と道三の対面は、大成功に終わった。
信長は、道三の信用を勝ち取り、敵対する清州大和守信友を挟み討ちする状況を作り上げた。
斎藤道三が、清洲の背後を狙っている限り、清州からは不用意に信長に兵を出せなくなった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
浅井長政は織田信長に忠誠を誓う
ピコサイクス
歴史・時代
1570年5月24日、織田信長は朝倉義景を攻めるため越後に侵攻した。その時浅井長政は婚姻関係の織田家か古くから関係ある朝倉家どちらの味方をするか迷っていた。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
枢軸国
よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年
第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。
主人公はソフィア シュナイダー
彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。
生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う
偉大なる第三帝国に栄光あれ!
Sieg Heil(勝利万歳!)
本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。
獅子の末裔
卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。
和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。
前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。
わが友ヒトラー
名無ナナシ
歴史・時代
史上最悪の独裁者として名高いアドルフ・ヒトラー
そんな彼にも青春を共にする者がいた
一九〇〇年代のドイツ
二人の青春物語
youtube : https://www.youtube.com/channel/UC6CwMDVM6o7OygoFC3RdKng
参考・引用
彡(゜)(゜)「ワイはアドルフ・ヒトラー。将来の大芸術家や」(5ch)
アドルフ・ヒトラーの青春(三交社)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる