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十一蝮の毒

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 天文二十二年(一五五三)四月。
 桜が見事に咲いた。
 チーン!
 かみひげもボサボサの恒興は、床の間に置いた大・小、二柱の位牌に肩を揺らしながら手を合わせた。 
 傍らの徳利を煽って、
「月よ、すまぬ。俺は、お前の残した娘、星を守れなかった……許してくれ……許してくれ」
 朝夕の飯の支度は、清州で死んだ簗田弥次右衛門の妻子、おせつと十歳になる息子右衛門うえもん太郎たろうを約束通り、暮らしが成り立つように、下女と家来に雇って奉公してもらっているから心配ないが恒興自身の暮らしは荒れていた。
 昨年の冬、佐久間信盛さくまのぶもりの使いで、信長と斎藤道三の面会を取り付けた恒興は、不幸にも流行り病で失った娘、星への慚愧ざんきの念が心のうみとなりズブズブと心をむしばんだ。
 それ以来、恒興は役目に戻ろうとせず、月と星の位牌を弔いつつ、現実逃避するように飲んだくれた。 
 仲間の河尻秀隆、毛利良勝、織田信時・お善の夫婦も、丹羽長秀も、岩室重休も、恒興を心配して何度も屋敷を訪れたが、最近では、心の傷が癒えるまで、そっとしておくことに決めた。
「池田様、居られましたか」
 庭先に、般若介が、徳利を抱えて呼びかけた。
 恒興は、虚ろな目で面倒くさそうに、「おお……」と力なく返事をした。
「それでは!」
 般若介は、遠慮なく床の間に上がった。

 庭の木立が影を伸ばした。
 赤ら顔の恒興は、酩酊気味に般若介にくだを巻いて不満をぶちまけた。
「俺はもう、殿に忠義を尽くそうとは思わぬ」
 般若介は、恒興の言葉を否定も肯定もせず、恒興の心の底を覗き込むように酒をすすめた。
 恒興は、身を乗り出して、
「俺はなあ、ここだけの話。美濃の蝮から殿を暗殺するように頼まれたのだ。あの時は、断ったが、今となっては惜しいことをした」
「ほう、そのようにお考えなのですね」
「そうだ。俺の愛する月と星を奪ったのは信長だ。機会があれば、俺が首を獲ってやりたいぐらいだ」
 それを聞いた般若介は、スッと、懐から短刀を取り出し、恒興の前に置いた。
「これは!」
 恒興が、目を見開いた。
「籐四郎吉光にござる」
「どうして、お前がこれを?」
それがしは、多少、美濃にも伝手つてがござれば」
 恒興は、籐四郎吉光を引きよせ抜き身の光を確かめた。
「俺にどうしろと?」
「御心のままに――」
 恒興の目が据わった。
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