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八 尾張の悪ガキたち

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勝三郎には、なんのことかわからない。
「親分、一体どういうわけなんでぇ。俺の頭じゃさっぱりだ」
 わからないのは勝三郎だけではない。河尻秀隆も、毛利新介も、太い眉をハの字に吊り上げて尋ねた。
「いいか、与四郎、新介。竹千代は、主を奪われる戸田宗光の失態を、己の器量で身を処すように仕向けたのだ」
 と、岩室小十蔵が代わりに答えた。
「それじゃあ、ますますわからねぇ。おい、知恵袋。俺と兄貴を馬鹿にしてねぇでわかりやすく教えろ!」
 喧嘩腰の新介に、小十蔵は「まったく」と、手を開いて喜蔵を見た。
「新介さん、あれだ。竹千代は、戸田宗光を見逃す代わりに『今川と松平両方に憎まれそれでも生きるのか?』と、問うているのです」
「なんで、竹千代を買うことが、戸田が今川と松平に憎まれるのだ。勝三郎、お前は分かるか?」
 はっきりいって、新介は頭が鈍い。勝三郎も喜蔵の説明でさすがにわかった。
「戸田は、竹千代を今川の敵である織田に売るのさ」
 こうして、竹千代は、織田三郎吉法師の虜になった。
「竹千代、お前は自由だ。これからどうする?」
 三郎吉法師は、片膝ついて、竹千代の目の高さに合わせて問うた。
 勝三郎は、若殿は竹千代を人質にしておいて「自由の身」とは意味がわらなかった。もちろん、与四郎と新介もわかっていない。雰囲気で、わかったようなフリをしているのだ。
「私は、三郎吉法師様について行きたいと思います」
 竹千代は、はっきりとそう答えた。
「ならば、ついてこい!」
 熱い目をした信長は、真っすぐ見つめる竹千代にそう答えると、サッと、騎馬に乗り尾張へ向かって駆け出した。
 勝三郎は、竹千代を放り出すわけには行くまいと、竹千代を自分の懐に乗せ追いかけた。
 尾張の悪ガキ共は、真っ赤に燃える夕日に向かう一陣の風になった。

 ときは戻って、水野信元が守る大浜砦。救援に駆けつけた三郎吉法師改め信長は、精鋭部隊の一員となった悪ガキ共を見回した。
「喜蔵、現状報告だ!」
「はっ、兄上に申し上げます。この度の大浜砦を囲む今川の兵は二千。対する我ら織田は、長駆けで疲れ切った八百。ここは慎重に後続の平手様の到着を待ってから敵に当たるのが定石かと」
 と、喜蔵改め、織田信時のぶときが冷静な現状報告をした。
「小十蔵、爺がくる前に決着をつける作戦を言え!」 
「なに‼」若殿は、俺たちだけで、本当に大浜砦の水野信元を救い出すつもりなのか。俺たち八百人の兵は、那古野を出て、十三里(およそ五十キロメートル)を駆けたのだ。すでに、兵馬はクタクタ、とてもじゃないが、このまま実戦に突入する力はない。
「まずは、大浜砦を囲む今川へ偽報ぎほうを送り、後続の平手様の軍を大殿の軍と偽り、今川の兵を尾張方面へ注意を引きつけます」
「そして、どうする?」
「我ら、八百。敵の背後から挟撃きょうげきして、一気に今川の兵を粉砕します」
 と、軍師となった岩室重休が答えた。
「よし、それでいこう。ならば、偽報を今川へ知らせる適任者を選ばねばならなくなるな」
「俺に任せてくれ!」
 同時に、二人の声がかかった。与四郎改め、河尻かわじり秀隆ひでたかと、新介改め、毛利良勝よしかつだ。
 信長は、二人の顔を見ると困ったように、
「切り込み隊長の二人はダメだ!」
 と、ニタリと勝三郎改め、池田恒興つねおきを見た。
 信長は「どうだ? 勝三郎。難しい役だが引き受けてくれるかい?」と、いった表情で語っている。
 恒興も、信長の顔を見ると断るわけにはいかない気持ちになった。
「わかったよ。俺が今川に乗り込んで、偽報を伝える役目を引き受ける」
 これで決まった。まず、大浜砦を囲む今川軍へ、急報として恒興が駆け込む。その知らせを受けて、今川義元が兵を分け、大浜砦の攻城兵と、織田の大殿信秀に備える動きを見せたら、信長の精鋭部隊が、今川のどてっ腹に風穴を開ける作戦だ。

 
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