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八 尾張の悪ガキたち
二
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三郎吉法師の合図で、林に隠れていた悪ガキどもが、三・三尺(一メートル)あまりの薪(たきぎ)を掴んで、駕籠に向かって一直線に飛び出した。
「なんじゃと! 三河の松平領で敵の襲撃!」
護衛の戸田宗光が、腰の刀を抜くのも忘れて狼狽の態を見せる。
三郎吉法師は速かった。一人で二人を相手にする不利な状況にあっても、この悪ガキどもは、日夜、喧嘩に明け暮れ、実戦さながらに動ける身体を作っている。それに、剣術、体術なども、四番家老の内藤勝介に稽古をつけてもらって、皆、メキメキと腕を上げている。
見るからに足軽具足も着けていない急拵えに引っ張り出された百姓とでは、あきらかに研鑽が違う。
あっという間に、戸田宗光共々、十人ばかりの竹千代一行は、三郎吉法師と悪ガキどもに虜にされた。
「頼む! 命ばかりは奪わんでくれ、ワシは命令されて竹千代を、今川へ送り届ける役目を任されただけだ」
四十歳を優に超えた大人が、恥も外聞もなく、自分の命かわいさに平伏して、十四歳の三郎吉法師に命乞いした。
「ダメだ。お前はこの一行の大将だ。お前を逃がせば、すぐに援軍を引き連れて俺たちを追ってくる。お前にはココで死んでもらう」
三郎吉法師は、キッパリと断言した。
勝三郎は、大のおとなが子供相手に頭を下げて命乞いする様を、いくら乱世だとは言え残酷だと思った。たまたま、主に命じられて任につき勤めを実行しただけだ。そこを、たちの悪い悪ガキどもに面白半分で襲撃された。戸田宗光にとってこんな災難はない。
「やれ!」
三郎吉法師が、冷酷に毛利新介に戸田宗光の腰の刀を引き抜いて、首を撥ねるように命じた。新介が刀を振り上げた。その時だ。
「お待ちください」
それまで、駕籠の中で押し黙っていた竹千代が、スッと、戸を内から開けた。
三郎吉法師が射竦めるような鋭い眼光で竹千代を睨んだ。
まだ、四歳にしかならない幼児の竹千代は、まるで日本人形のような顔立ちで、現代で言えば七五三の晴れ着を着せられていた。見るからに坊ちゃん育ちで、荒くれ者の三郎吉法師たちとは、育ちが違いすぎる。しかし、三郎吉法師の眼光に、怯える様子はない。むしろ、平然として、赤児が純真無垢な心で、猛犬でも見るようだ。
「おい、竹千代。俺が怖くないのか?」
三郎吉法師は、いつもの茶筅髷に傾奇いた装いをしている。三郎吉法師の子分たちも借りた虎の皮やら鬼やら髑髏を纏っている。
竹千代は、まったく、疑うことのない瞳で、三郎吉法師を見つめて、
「あなたは鬼ではありません」
と、素直に答えた。
「俺は、鬼ではないか」
三郎吉法師は、赤児の頃、実母の土田御前の乳首を噛み切ったことから、母に疎まれ、鬼っ子として育った。自分を見た人間で竹千代のように、嫌悪感を抱かれないのは初めてだ。
(この子は聡いな)
勝三郎は、三郎吉法師に射竦めるような目で睨まれても、負の感情を示さない竹千代に、なにか大きな可能性のようなものを感じた。それを、言葉にするには勝三郎も、まだ、子供で言葉を持たない。
「竹千代は大きくなる」
と、心中で言葉にした。
「しかしな、竹千代。この男を生かしておけば俺たちが危ない。許せ!」
三郎吉法師は、もう一度、戸田宗光の首を撥ねるように命じた。
すると竹千代は、ツカツカと刀を構えた毛利新介と戸田宗光の間に立ちはだかった。
「なんのつもりだ!」
鬼の形相の毛利新介が、竹千代を気迫で押し飛ばそうと語気を強めた。
「殺してはダメです」
竹千代は、首を横に振り、刀を握る毛利新介の腕に手を添えて止めた。
「ええい、手を放せ! 離さねば、お前諸共叩き切るぞ‼」
毛利新介が、脅しつけるように叱った。
竹千代は、なおも首を振り、新介を諭すように答えた。
「ならば、私を先に殺しなさい。この宗光は私の家臣です。私を守ろうとして、殺されようとする家臣を見捨てることはできません」
(子供ながらになんと聡いのだ。この竹千代を怒りに任せて、みすみすと殺すようなことがあってはならない)
勝三郎は、サッと、三郎吉法師の前に片膝を着いた。
「若殿、この竹千代は、子供ながら申すこと甚だその通り、すべて道理が通っております。道理の上で、我らの負けにございます」
勝三郎の進言に、三郎吉法師は、熱い目をして頷いた。
そして、竹千代に意地の悪い質問をした。
「竹千代、ならば、戸田宗光をどうする?」
勝三郎は、三郎吉法師は本当に意地が悪いと思った。ただでさえ幼い子供の竹千代に判断がつくはずがない。それを承知で、竹千代に命の処分を問うたのだ。
竹千代は、しばし宙を睨んで思案した。その姿は今にも泣き出しそうな心を必死で武家の嫡男としての勤めを果たそうとする健気なものだ。
「まだ、幼過ぎる無理だ」
と、勝三郎が助け船を出そうとした時、竹千代が口を開いた。
「三郎吉法師様、私の命を買って下さい」
竹千代の申し出に、一瞬、三郎吉法師も意味が理解できず 怪訝な顔をした。次の瞬間には、三郎吉法師は竹千代の意図を理解して返事をした。
「分かった竹千代。俺は、この戸田宗光からお前を千貫文で買おう」
「なんじゃと! 三河の松平領で敵の襲撃!」
護衛の戸田宗光が、腰の刀を抜くのも忘れて狼狽の態を見せる。
三郎吉法師は速かった。一人で二人を相手にする不利な状況にあっても、この悪ガキどもは、日夜、喧嘩に明け暮れ、実戦さながらに動ける身体を作っている。それに、剣術、体術なども、四番家老の内藤勝介に稽古をつけてもらって、皆、メキメキと腕を上げている。
見るからに足軽具足も着けていない急拵えに引っ張り出された百姓とでは、あきらかに研鑽が違う。
あっという間に、戸田宗光共々、十人ばかりの竹千代一行は、三郎吉法師と悪ガキどもに虜にされた。
「頼む! 命ばかりは奪わんでくれ、ワシは命令されて竹千代を、今川へ送り届ける役目を任されただけだ」
四十歳を優に超えた大人が、恥も外聞もなく、自分の命かわいさに平伏して、十四歳の三郎吉法師に命乞いした。
「ダメだ。お前はこの一行の大将だ。お前を逃がせば、すぐに援軍を引き連れて俺たちを追ってくる。お前にはココで死んでもらう」
三郎吉法師は、キッパリと断言した。
勝三郎は、大のおとなが子供相手に頭を下げて命乞いする様を、いくら乱世だとは言え残酷だと思った。たまたま、主に命じられて任につき勤めを実行しただけだ。そこを、たちの悪い悪ガキどもに面白半分で襲撃された。戸田宗光にとってこんな災難はない。
「やれ!」
三郎吉法師が、冷酷に毛利新介に戸田宗光の腰の刀を引き抜いて、首を撥ねるように命じた。新介が刀を振り上げた。その時だ。
「お待ちください」
それまで、駕籠の中で押し黙っていた竹千代が、スッと、戸を内から開けた。
三郎吉法師が射竦めるような鋭い眼光で竹千代を睨んだ。
まだ、四歳にしかならない幼児の竹千代は、まるで日本人形のような顔立ちで、現代で言えば七五三の晴れ着を着せられていた。見るからに坊ちゃん育ちで、荒くれ者の三郎吉法師たちとは、育ちが違いすぎる。しかし、三郎吉法師の眼光に、怯える様子はない。むしろ、平然として、赤児が純真無垢な心で、猛犬でも見るようだ。
「おい、竹千代。俺が怖くないのか?」
三郎吉法師は、いつもの茶筅髷に傾奇いた装いをしている。三郎吉法師の子分たちも借りた虎の皮やら鬼やら髑髏を纏っている。
竹千代は、まったく、疑うことのない瞳で、三郎吉法師を見つめて、
「あなたは鬼ではありません」
と、素直に答えた。
「俺は、鬼ではないか」
三郎吉法師は、赤児の頃、実母の土田御前の乳首を噛み切ったことから、母に疎まれ、鬼っ子として育った。自分を見た人間で竹千代のように、嫌悪感を抱かれないのは初めてだ。
(この子は聡いな)
勝三郎は、三郎吉法師に射竦めるような目で睨まれても、負の感情を示さない竹千代に、なにか大きな可能性のようなものを感じた。それを、言葉にするには勝三郎も、まだ、子供で言葉を持たない。
「竹千代は大きくなる」
と、心中で言葉にした。
「しかしな、竹千代。この男を生かしておけば俺たちが危ない。許せ!」
三郎吉法師は、もう一度、戸田宗光の首を撥ねるように命じた。
すると竹千代は、ツカツカと刀を構えた毛利新介と戸田宗光の間に立ちはだかった。
「なんのつもりだ!」
鬼の形相の毛利新介が、竹千代を気迫で押し飛ばそうと語気を強めた。
「殺してはダメです」
竹千代は、首を横に振り、刀を握る毛利新介の腕に手を添えて止めた。
「ええい、手を放せ! 離さねば、お前諸共叩き切るぞ‼」
毛利新介が、脅しつけるように叱った。
竹千代は、なおも首を振り、新介を諭すように答えた。
「ならば、私を先に殺しなさい。この宗光は私の家臣です。私を守ろうとして、殺されようとする家臣を見捨てることはできません」
(子供ながらになんと聡いのだ。この竹千代を怒りに任せて、みすみすと殺すようなことがあってはならない)
勝三郎は、サッと、三郎吉法師の前に片膝を着いた。
「若殿、この竹千代は、子供ながら申すこと甚だその通り、すべて道理が通っております。道理の上で、我らの負けにございます」
勝三郎の進言に、三郎吉法師は、熱い目をして頷いた。
そして、竹千代に意地の悪い質問をした。
「竹千代、ならば、戸田宗光をどうする?」
勝三郎は、三郎吉法師は本当に意地が悪いと思った。ただでさえ幼い子供の竹千代に判断がつくはずがない。それを承知で、竹千代に命の処分を問うたのだ。
竹千代は、しばし宙を睨んで思案した。その姿は今にも泣き出しそうな心を必死で武家の嫡男としての勤めを果たそうとする健気なものだ。
「まだ、幼過ぎる無理だ」
と、勝三郎が助け船を出そうとした時、竹千代が口を開いた。
「三郎吉法師様、私の命を買って下さい」
竹千代の申し出に、一瞬、三郎吉法師も意味が理解できず 怪訝な顔をした。次の瞬間には、三郎吉法師は竹千代の意図を理解して返事をした。
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