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五 池田家家宝
一
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古渡から那古野の森寺家へ一旦帰り、明日、改めて三郎吉法師に会いに行くことにした。
「待って居ろ、三郎! なにがなんでも、お前の無茶苦茶な縁談なんてぶち壊してやる‼」
森寺秀勝の屋敷は、那古野城下にある。主の秀勝も寄騎となり、馬上の身分で、お福の紹介状にもあることだし、三郎に会うことはそれほど難しくない。
那古野城は、三郎吉法師に織田家の当主である信秀が、生まれて間もなく預けた城だ。実質は、傅役につけた一番家老の林秀貞、二番家老の平手政秀、三番家老の青山与三衛、四番家老の内藤勝介らが、城の実務を四人の合議で決めている。
この四人が、城の差配を取り仕切り、領国経営が順調に動いていることで、まだ十歳と幼い三郎吉法師は、大うつけの若殿と呼ばれるほどの放蕩の限りを尽くせるのだ。勝三郎は、この間の事もあるから、三郎吉法師は、本当のうつけだと確信している
勝三郎は、古渡で渡された母お福から、三郎吉法師に宛てた手紙を読み返すと、
「どうか勝三郎の御処分はご自由に――」
と、何度も出てくる。
(おっ母はやっぱり俺より三郎吉法師の方がかわいいのだ……)
妬けてくる。
「それならいいさ。俺は俺で自由にやらせてもらう」
と、養父秀勝から渡された明日着て行く礼にかなった装いを確かめた。
(あの大うつけに会うだけなのに、身なりを整えて行く必要はないだろう。どうせあいつは、 茶筅髷に髑髏と虎袴をはいているさ)
明日、あの三郎吉法師に会うと思うと、勝三郎はムカムカと向かっ腹が立ってきた。
「あの野郎、卑怯にも目つぶしに砂を投げつけやがって、お善まで辛い目に会わせる。養父には悪いが、よし、明日あの野郎に目に物見せてやる!」
勝三郎は、明日、三郎吉法師に対面する。いくら養父の主とはいえ、人がこの世に「おぎゃ!」と、生まれ落ちたときは、同じ赤児で言葉も喋れなければ喧嘩も出来ない。俺たちはまだ子供だ。身分の上下なんて関係ない。
(よし、目に物見せてやる!)
三郎吉法師の傅役平手政秀の家来で陪臣にあたる養父秀勝には迷惑をかけるだろう。
しかし、それもおれが腹を切れば平手政秀からは大目玉をくらいはするだろうが、お役御免なることはあるまい。義弟の籐左も然り。
森寺家の被る被害は目算の範囲だ。紹介状を書いたおっ母の面目は丸つぶれだが、どうせ俺は捨てられた子だ。人生で一度くらい我が子が迷惑をかけたって、神様も仏さまも許してくれるだろう。勝三郎はなにか企むように裃を睨んだ。
翌日、勝三郎は養父秀勝が用意してくれた裃に袖を通して、三郎吉法師に面会するため一人で屋敷を出た養母お代は、主人秀勝に黙って家を出るのに、多少は首を傾げたが「養父上のお言いつけです」というと、素直に信じて送り出した。まあ、居候がどうなろうと知ったことではないのであろう。
「よし、上手くいった」
屋敷を出た勝三郎は、手に風呂敷包みを提げ、すぐさま走って町外れの廃寺の庫裏に駆け込んだ。
「うんはッ、うんはッ!」
勝三郎が庫裏に入ってみると、見覚えのあるザンバラ頭が、必死に遊女に挑みかかっていた。
「一益の従兄貴!」
勝三郎が呼びかけると、一益は遊女に挑みかかったまま、頭だけ振り返って返事をした。
「なんだ、勝三郎か、今は取り込んで居るゆえ、ちょっと待て」
困った所で、一番会いたくない人に会った。
これから勝三郎は、三郎吉法師を懲らしめに、作戦を立て、喧嘩の仕返しに行くつもりなのだ。三郎吉法師の子分の一益にバレてしまえば元も子もない。
「いえ、従兄貴、取り込み中のようですから、ここは俺が場所を改めます」
勝三郎は、ゆっくりと庫裏を後にしようとした。
計画がこの従兄にバレてはいけない。勝三郎はこともあろうに裃の正装を纏っている。誰が見ても、目上の者に会いに行くのはバレバレだ。
「勝三郎、まあ待て、すぐに終わる」
と、いうと一益は簡単に果てた。事を終えた一益は、遊女に永楽銭を掴ませるとサッサと庫裏から追い出した。そうして勝三郎を手招きして側へ呼んだ。
勝三郎は、手に持った風呂敷包みを条件反射的に背中へ隠した。
「一益の従兄、元気かね?」
「元気の前に、なんだ、その出で立ちは? これからどこへ行くのだ」
と、あべこべに聞き返された。
「それに、後ろに隠した包みはなんだ」
一益は、目敏く尋ねた。
遊女と事を成しながら、一瞬見ただけで、勝三郎の異様さに勘づいていたのだ。
「従兄貴、なんでもないさ。これから新しい読み書きの師匠に会いに行くところだったのですよ。先を急ぎますので」
勝三郎は口から出まかせにスッとぼけて、庫裏を出ようとした。
「待って居ろ、三郎! なにがなんでも、お前の無茶苦茶な縁談なんてぶち壊してやる‼」
森寺秀勝の屋敷は、那古野城下にある。主の秀勝も寄騎となり、馬上の身分で、お福の紹介状にもあることだし、三郎に会うことはそれほど難しくない。
那古野城は、三郎吉法師に織田家の当主である信秀が、生まれて間もなく預けた城だ。実質は、傅役につけた一番家老の林秀貞、二番家老の平手政秀、三番家老の青山与三衛、四番家老の内藤勝介らが、城の実務を四人の合議で決めている。
この四人が、城の差配を取り仕切り、領国経営が順調に動いていることで、まだ十歳と幼い三郎吉法師は、大うつけの若殿と呼ばれるほどの放蕩の限りを尽くせるのだ。勝三郎は、この間の事もあるから、三郎吉法師は、本当のうつけだと確信している
勝三郎は、古渡で渡された母お福から、三郎吉法師に宛てた手紙を読み返すと、
「どうか勝三郎の御処分はご自由に――」
と、何度も出てくる。
(おっ母はやっぱり俺より三郎吉法師の方がかわいいのだ……)
妬けてくる。
「それならいいさ。俺は俺で自由にやらせてもらう」
と、養父秀勝から渡された明日着て行く礼にかなった装いを確かめた。
(あの大うつけに会うだけなのに、身なりを整えて行く必要はないだろう。どうせあいつは、 茶筅髷に髑髏と虎袴をはいているさ)
明日、あの三郎吉法師に会うと思うと、勝三郎はムカムカと向かっ腹が立ってきた。
「あの野郎、卑怯にも目つぶしに砂を投げつけやがって、お善まで辛い目に会わせる。養父には悪いが、よし、明日あの野郎に目に物見せてやる!」
勝三郎は、明日、三郎吉法師に対面する。いくら養父の主とはいえ、人がこの世に「おぎゃ!」と、生まれ落ちたときは、同じ赤児で言葉も喋れなければ喧嘩も出来ない。俺たちはまだ子供だ。身分の上下なんて関係ない。
(よし、目に物見せてやる!)
三郎吉法師の傅役平手政秀の家来で陪臣にあたる養父秀勝には迷惑をかけるだろう。
しかし、それもおれが腹を切れば平手政秀からは大目玉をくらいはするだろうが、お役御免なることはあるまい。義弟の籐左も然り。
森寺家の被る被害は目算の範囲だ。紹介状を書いたおっ母の面目は丸つぶれだが、どうせ俺は捨てられた子だ。人生で一度くらい我が子が迷惑をかけたって、神様も仏さまも許してくれるだろう。勝三郎はなにか企むように裃を睨んだ。
翌日、勝三郎は養父秀勝が用意してくれた裃に袖を通して、三郎吉法師に面会するため一人で屋敷を出た養母お代は、主人秀勝に黙って家を出るのに、多少は首を傾げたが「養父上のお言いつけです」というと、素直に信じて送り出した。まあ、居候がどうなろうと知ったことではないのであろう。
「よし、上手くいった」
屋敷を出た勝三郎は、手に風呂敷包みを提げ、すぐさま走って町外れの廃寺の庫裏に駆け込んだ。
「うんはッ、うんはッ!」
勝三郎が庫裏に入ってみると、見覚えのあるザンバラ頭が、必死に遊女に挑みかかっていた。
「一益の従兄貴!」
勝三郎が呼びかけると、一益は遊女に挑みかかったまま、頭だけ振り返って返事をした。
「なんだ、勝三郎か、今は取り込んで居るゆえ、ちょっと待て」
困った所で、一番会いたくない人に会った。
これから勝三郎は、三郎吉法師を懲らしめに、作戦を立て、喧嘩の仕返しに行くつもりなのだ。三郎吉法師の子分の一益にバレてしまえば元も子もない。
「いえ、従兄貴、取り込み中のようですから、ここは俺が場所を改めます」
勝三郎は、ゆっくりと庫裏を後にしようとした。
計画がこの従兄にバレてはいけない。勝三郎はこともあろうに裃の正装を纏っている。誰が見ても、目上の者に会いに行くのはバレバレだ。
「勝三郎、まあ待て、すぐに終わる」
と、いうと一益は簡単に果てた。事を終えた一益は、遊女に永楽銭を掴ませるとサッサと庫裏から追い出した。そうして勝三郎を手招きして側へ呼んだ。
勝三郎は、手に持った風呂敷包みを条件反射的に背中へ隠した。
「一益の従兄、元気かね?」
「元気の前に、なんだ、その出で立ちは? これからどこへ行くのだ」
と、あべこべに聞き返された。
「それに、後ろに隠した包みはなんだ」
一益は、目敏く尋ねた。
遊女と事を成しながら、一瞬見ただけで、勝三郎の異様さに勘づいていたのだ。
「従兄貴、なんでもないさ。これから新しい読み書きの師匠に会いに行くところだったのですよ。先を急ぎますので」
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