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二 勝三郎と三郎の喧嘩
一
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「勝三郎! お前、養弟の籐左衛門と喧嘩したのか」
天文十四年(一五四五)お福の一人息子の池田勝三郎は、父恒利の上役だった森寺秀勝に養育され十歳になった。
「籐左が養母に甘えて大福ばかりねだって廊下の雑巾がけの仕事を怠けてばかりだから拳骨を食らわせてやったのよ」
勝三郎は、物心ついてからこの方、主君織田信秀の嫡男吉法師の乳母になった母、お福に会ったことがない。
「勝三郎、お前の母は、吉法師様の乳母なのだから、いずれお前も吉法師様の側近になるかも知れぬ。いくら籐左衛門に非があるとはいえ、言葉よりも先に拳が出るようでは織田家の家来は勤まらんぞ」
「いいんだ養父上、俺は弱い男には仕えない。どうせ仕えるなら、この日本を武力で統一するような、強く、デカい夢のある漢に仕えたい。吉法師が弱けりゃ俺が殴り飛ばしてやる」
と、そこへ涙を流した籐左衛門が、秀勝の足に抱き着いてきた。
「父上、義兄上に母上からもらった大福を奪い取られました。懲らしめてやって下さい」
「籐左、養父殿に告げ口なんて卑怯だぞ!」
勝三郎は、そう言って拳を振り上げた。
怯えた籐左衛門は、父秀勝の足の裏側へ回り込んで身を隠し、そうしておいて勝三郎に向かって「あっかんべー」をした。
「こいつ!」
「こら、勝三郎!」
また、暴力にうったえようとした勝三郎に、秀勝がカミナリを落とした。秀勝は、養母とは違って、我が子と勝三郎を区別しない。いつも息子の籐左衛門に甘いものを食わせれば勝三郎にも食わせるし、悪いことをすれば二人ともに拳を落とす。かえって会いたいときに母に甘えられない勝三郎に同情こそしてくれている。
しかし、勝三郎が暴力に訴えるときは別だ。
「これはいかん。養父の拳骨には敵わん。ここは三十六計逃げるに如かず」
勝三郎が屋敷を飛び出すと、
「勝三郎、ちょっと待ちなさい!」
隣の勝三郎より一歳年長の荒尾善次の娘で幼馴染みのお善が呼び止めた。
お善は、勝三郎が逃げだせないように、ガッシリと腕を抱きかかえた。
「勝三郎、いつも言っているでしょう。暴力は駄目だって、人はもっと思いやりをもって仲良くしなくちゃ。さあ、私の家でおままごとに付き合って」
お善は、勝三郎にとって良い姉である。
しかし、ずっと小さいころは、ままごとにも付き合えたが、十歳の勝三郎には、姉さん女房と夫婦の真似事をするのがなんとも苦手だ。
「お善、お前は、そろそろ俺じゃなくて別の亭主を探せ」
「なにいうのこの浮気者! 女は一度結婚した相手とは最後まで添い遂げるものなの‼」
「俺は嫌だね」
と、腕を解いて逃げる勝三郎を、お善は追いかけた。
勝三郎とお善が、近くの川までくると、中州に見覚えのある青年とその一団が見える。
青年は、二十歳になる従兄の滝川彦右衛門である。噂では彦右衛門は、先頃、織田家へ仕官して名を一益と改名したと聞いたが、元来、遊び人で諸国見聞と称して流浪の旅をしていた男だから、またフラッと織田家を飛び出したのかも知れない。関わると面倒だ。
「おお、勝三郎、探しておったぞ」
偶然、振り返った一益がこちらへ気が付いて手を上げた。
一益は、大柄な滝川一族の男らしく体格がよく筋骨隆々としている。身の丈は四尺七寸(およそ百八十センチメートル)と言ったところか。容貌は、一直線の太く凛々しい眉に玉のような黒目勝ちの瞳、口は大きく豪傑のようにへの字に曲がっている。
「一益の従兄貴、俺を探していたってなにか用ですか?」
勝三郎は、心近しい一益に気軽に尋ねた。
「一益、その先は俺から話す」
勝三郎と一益の会話に、意志の強そうな燃える瞳を持つ少年が声をかけてきた。
「俺は三郎だ。ここらで評判の悪ガキの勝三郎、お前を子分にするためにきた」
天文十四年(一五四五)お福の一人息子の池田勝三郎は、父恒利の上役だった森寺秀勝に養育され十歳になった。
「籐左が養母に甘えて大福ばかりねだって廊下の雑巾がけの仕事を怠けてばかりだから拳骨を食らわせてやったのよ」
勝三郎は、物心ついてからこの方、主君織田信秀の嫡男吉法師の乳母になった母、お福に会ったことがない。
「勝三郎、お前の母は、吉法師様の乳母なのだから、いずれお前も吉法師様の側近になるかも知れぬ。いくら籐左衛門に非があるとはいえ、言葉よりも先に拳が出るようでは織田家の家来は勤まらんぞ」
「いいんだ養父上、俺は弱い男には仕えない。どうせ仕えるなら、この日本を武力で統一するような、強く、デカい夢のある漢に仕えたい。吉法師が弱けりゃ俺が殴り飛ばしてやる」
と、そこへ涙を流した籐左衛門が、秀勝の足に抱き着いてきた。
「父上、義兄上に母上からもらった大福を奪い取られました。懲らしめてやって下さい」
「籐左、養父殿に告げ口なんて卑怯だぞ!」
勝三郎は、そう言って拳を振り上げた。
怯えた籐左衛門は、父秀勝の足の裏側へ回り込んで身を隠し、そうしておいて勝三郎に向かって「あっかんべー」をした。
「こいつ!」
「こら、勝三郎!」
また、暴力にうったえようとした勝三郎に、秀勝がカミナリを落とした。秀勝は、養母とは違って、我が子と勝三郎を区別しない。いつも息子の籐左衛門に甘いものを食わせれば勝三郎にも食わせるし、悪いことをすれば二人ともに拳を落とす。かえって会いたいときに母に甘えられない勝三郎に同情こそしてくれている。
しかし、勝三郎が暴力に訴えるときは別だ。
「これはいかん。養父の拳骨には敵わん。ここは三十六計逃げるに如かず」
勝三郎が屋敷を飛び出すと、
「勝三郎、ちょっと待ちなさい!」
隣の勝三郎より一歳年長の荒尾善次の娘で幼馴染みのお善が呼び止めた。
お善は、勝三郎が逃げだせないように、ガッシリと腕を抱きかかえた。
「勝三郎、いつも言っているでしょう。暴力は駄目だって、人はもっと思いやりをもって仲良くしなくちゃ。さあ、私の家でおままごとに付き合って」
お善は、勝三郎にとって良い姉である。
しかし、ずっと小さいころは、ままごとにも付き合えたが、十歳の勝三郎には、姉さん女房と夫婦の真似事をするのがなんとも苦手だ。
「お善、お前は、そろそろ俺じゃなくて別の亭主を探せ」
「なにいうのこの浮気者! 女は一度結婚した相手とは最後まで添い遂げるものなの‼」
「俺は嫌だね」
と、腕を解いて逃げる勝三郎を、お善は追いかけた。
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青年は、二十歳になる従兄の滝川彦右衛門である。噂では彦右衛門は、先頃、織田家へ仕官して名を一益と改名したと聞いたが、元来、遊び人で諸国見聞と称して流浪の旅をしていた男だから、またフラッと織田家を飛び出したのかも知れない。関わると面倒だ。
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「一益、その先は俺から話す」
勝三郎と一益の会話に、意志の強そうな燃える瞳を持つ少年が声をかけてきた。
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