荷運び屋、お初

津月あおい

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女力持ち、お初

第四話 半次郎の提案

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「何だお主は」
「半次郎って、しがない素浪人だ。そこの団子屋でいままでの一部始終を見ていたが……俺にひとつ提案がある。どうだ乗っていかねえか?」

 見るからに怪しい男に、侍は顔をしかめた。

「聞かん。どうせ我が藩に士官したいなどという下心でもあるのだろう。そのための方便など聞かん」
「フン、つれねえなあ……。お侍様の方が駄目ってんなら、じゃあこっちだ」

 そう言って半次郎は地べたに座り込んでいるお初の父親に近づく。

「どうだい旦那。娘もつれあいも助ける方法、聞いていかねえか?」
「どこの誰だか知らねえが……あんた、助けてくれるのか? よくわからねえが、頼む!」
「わ、わたしからもお願いいたします!」

 天から降ってきたような救いの手だった。お初の両親はそれに必死ですがりつこうとする。

「よし、こっちとは話が合いそうだな。じゃあ、あとは任せられた。この半次郎様がうまいことこの場を治めてみせるぜ」
「あの……あなた一体なんなの?」

 お初だけは、男を疑いの目で見つめていた。
 それもそうだと平助は思う。
 役人でもなんでもないただの浪人が、この騒ぎをどうにかできるとは思えない。相手は加賀藩の藩士だ。もし万が一、さらにこの侍の機嫌を損ねさせてしまった場合、誰かの首が飛ぶかもしれない。周囲の者たちはそう危惧していた。

「まあまあ嬢ちゃん、騙されたと思って聞いてくれ。俺はあんたの力を有効活用したいのさ」
「力?」
「ああ、その『怪力』さ。それがあれば、この場をなんとかできるかもしれねえぜ。まずは一発、その力を披露してみな!」
「何を……」

 相変わらず不審がるお初だったが、半次郎はその背後ををそっと指さした。

「あそこに米屋があるだろう?」
「それがなに?」
「その前にある大八車の上に積まれてる米俵。あれを、まとめて三俵担いでみせてくれ」

 一同は米屋の方を見た。
 たしかにそこには十俵ほどの米俵がある。どれもひとつ十六貫(六十キログラム)はあり、それをまとめて三俵担ぐとあれば、大の男でも至難の業だった。しかし、お初は構わずうなづく。

「ええ、できるわ。でもそれがなんなの? わたしがそれをやれたとして、あなたは何をしてくれるっていうの?」
「さあ、それはできてからのお楽しみ。さあ、やるのかやらねえのか!」
「……本当に、助けてくれるんでしょうね」

 お初は大きなため息を吐くと、米屋のところまで行って、店主に米俵を担ぐ許可をとりつけてきた。どのみちこの場をどうにかできる方法があるのなら、これにかけるしかない。
 お初はさらに店主から縄を一本借りてくると、米俵を地面に三つ立ててぐるりと何周も巻き、ひとまとめにしばりつけてしまった。米俵に縄がきつくくいこむ。
 お初は半次郎と、周囲の者を見て言った。

「じゃあ、やるわね。見てて」

 腕を軽くまくりあげると、お初の引き締まった二の腕が陽の下にさらされた。腰を落とし、米俵に抱き着くようにして腕を回す。次の瞬間、米俵は肩の上に乗っていた。一同はあまりの手際の良さに感嘆の声をもらす。侍も、目玉が飛び出さんばかりに驚いていた。
 首をやや傾けて、お初は三つの米俵を肩の上で安定させる。そして、気合いの一声をあげると、それを頭上に高く掲げた。

「えいやああっ!」

 平助の仲間たちが、思わず声を上げる。

「さ、差し上げだっ!」
「米俵三つをまとめてなんて、すごい!」
「すげえ、すげえよ、お初の野郎!」

 周囲からも歓声がわあっと上がる。お初の妙技に誰もが心を奪われていた。
 半次郎はその様子を満足げに眺めながら、

「うん、いいね。やっぱり俺の見込んだ通りだ」

 などと満面の笑みでつぶやいていた。
 そんな着流しの男を鋭い目でにらむお初だったが、半次郎は全く動じるそぶりがない。くるりと米俵を回転させると、お初は頭上から地面にゆっくり下ろした。

「さあ、お望み通りやってやったわ。それで? どうしてくれるっていうの?」
「ふん。上出来も上出来だぜ、嬢ちゃん。これなら交渉も楽にやれそうだ」
「交渉?」
「ああ、約束通り、こっからは俺の腕の見せ所だ。結論から言っちまうと――まずはその、お嬢ちゃんの力を俺が買い取る。で、その金で俺がお侍様の酒代を弁償するって寸法だ」
「は?」

 一同はあっけにとられた。
 浪人だと名乗っていたこの男、実は人買いであったらしい。一斉に周囲から非難の声とヤジが飛ぶ。

「おおっと、勘違いしてもらっちゃ困るぜ。俺は人買いなんて柄じゃねえ。こういう――」

 そう言いながら、男が低い体勢で腰の刀に手をかける。と、思った瞬間。束ねられた米俵の縄がはらりと切られていた。それは目にも止まらぬ速さで、縄の先が地面につくまで、一同は何が起きたのか理解できないほどだった。

「まあ居合抜きの達人、ってやつだ。普段は浅草で見世物興行をやっている。これでもそれなりに稼いでるんだぜ? お嬢ちゃんの力技だって、俺の見立てじゃあかなりの稼ぎになるど踏んでる。なあ、いい話だろう? お嬢ちゃんに人気が出れば、その金で暮らしだって楽になる。さあ、俺と一緒に浅草に行こう!」
「……」

 お初も、お初の両親も、弟も。
 隣人の爺も。平助も、平助の仲間たちも。
 村人たちも。
 加賀藩の侍すら、言葉を失っていた。
 半次郎はにやりと笑って懐から不自然にふくらんだ財布を出す。

「てわけで、さっそく俺がそこのお嬢ちゃんを買うぜ。まずは手付金だ。ほれ、これでお侍様の酒代を弁償しな」

 ポンと弥吉の手に幾本かの銭差が載せられる。紐でひとまとめにされたその銭は少なくとも千文はありそうだった。
 弥吉はそれをじっと見つめる。

「どうした? いくら上等の酒だといっても、これで足りないってことはねえだろう」
「いや、そういうことじゃねえ。お初を売る……それを認めちまっていいのかって考えてたんだ」
「おいおい、今更……」
「おとっつぁん」

 尻込みする弥吉に、呆れた様子の半次郎。
 そんな二人を見て、お初が声をかけた。

「ほんと馬鹿ね。これしか方法がないのよ、おとっつぁん」
「あっ! こら、なにしやがる!」

 お初は弥吉の手から銭差を強引に奪うと、それを侍のところまで持って行った。

「本当に、此度は申し訳ございませんでした。どうか、これでお酒を買い直していただき、父の無礼をお許しくださいますよう」
「……ふん。仕方ない。次はないぞ」

 侍は銭差から半分ほどの銭を抜きその残りをお初に返すと、また酒屋へと戻っていった。
 お初は、手の中の残りの銭を握りしめながら、家族と半次郎に向きなおる。

「家で、改めて話をしたいわ。いいでしょう? みんな、そして……半次郎さん」
「ああ、構わねえぜ」

 着流しの男は、そうしてお初の一家とともに去っていった。
 残された平助は思った。
 お初は、あの男とともに浅草へ行ってしまうのだろうか、と――。
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