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六日目
第42話 「奇跡のあとで」
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ガーネットたちは、およそ一時間にわたって奇跡の光を出し続けていた。
噂を聞きつけた人々が、続々と通りに集まってくる。
ガーネットたちはその者たちを次々と癒していったが、やがて時間とともに光は弱まっていった。
「ふむ……どうやら今日はここまでのようですね」
アレキサンダー司教が残念そうにそう言うと、手を降ろす。
ガーネットたちも手を降ろすと、光はさあっと跡形もなく消えていった。
司教はまた声高に群衆に向かって叫ぶ。
「皆様! 神の奇跡である、この宝石加護の力は! 一定の力を開放しきると、しばらくは使えなくなってしまいます。ですが今! しかとその身を持って体験されたことと思います! 今日この場に来れなかった、奇病に苦しめられている者たちがいましたら! 明日、またこのラーレス教の教会へいらしてください! 必ずやまた我々が、奇跡を起こしてしんぜましょう!」
ざわざわと人々が司教の話を復唱しはじめる。
「明日も、奇跡を起こしてくれるのか?」
「だったら……今度はお父さんを連れてこなくちゃ!」
「俺は、家内だ」
「私は娘を」
「わたしは親戚のおじさんを呼んでくるわ!」
しばらくすると、通りにいた人々はまばらに散っていった。
あとには警備隊の面々だけが残る。
ダニエル神父は神妙な面持ちで、その代表に告げた。
「ケイレブ警備隊長。後で……サンダロス伯爵のお屋敷へ、お伺いいたします。もう、隠し事は無しにいたしましょう。その旨、伯爵様にお伝えしていただけますか?」
「……わかった。必ずやご報告しよう」
「お願いいたします」
複雑そうな表情を浮かべていたケイレブだったが、一礼をすると、部下たちを引き連れて神父たちの前から去っていく。
ダニエル神父は振り返ると、アレキサンダー司教やガーネットたちに向き直った。
「さて、もうすぐお昼です。皆さん、そろそろお腹が空いてきたのではありませんか? どうです、ご一緒に」
その言葉に、ぐーっとガーネットが腹の虫を鳴らす。
あまりのタイミングの良さにガーネットは赤面した。
「あっ……あの……」
「ほほっ。私も少々力を使ってお腹が空きました。ではダニエル神父のご厚意に、甘えさせていただくとしましょうかね。あなたも……恥ずかしがることはないのですよ、ガーネットさん」
「は……はい」
ガーネットは顔をゆるゆると上げながら、恥ずかしそうに言った。
攫われてからというもの、ろくなものを食べていなかったので、当然といえば当然の反応だ。
ちらりと横のファンネーデルを見ると、なんと元の黒猫の姿に戻っていた。
「えっ、ファンネーデル。また猫の姿に戻ったの?」
「うん……まあな。やっぱりこっちの方が楽だ」
生前からの癖なのか、毛並みを整えるために体中をなめている。
「そう……。あの、ファンネーデルはもうお腹、空かないんだよね?」
「ああ。もう死んでるからな」
「あ……でも、その、一緒に来てくれる? ご飯もらえるみたいだから……その……」
「はあ……行かないなんて言ってないだろ? ちゃんとボクも付いて行くから、心配するな」
「うん! わかった……」
ガーネットはそう言ってはにかむと、するりと近寄ってきたファンネーデルを抱き上げた。
細いガーネットの腕の中にすっぽりと納まる黒猫。
そんな二人の様子を眺めていた神父たちは、呆気にとられていた。
「魔法猫とは……どうにも面妖なものですな、ダニエル神父」
「ええ。これが魔女の仕業とは……私もかなり驚いております。このようなものは初めて見ました」
「宝石加護の力を……狙われたとみて良いでしょうな……」
「そうですね。今は、操られてはいないようですが……。まったく、街の奇病もそうですが、なんてことをしてくれたんだ、魔女め……」
深刻そうな神父たちとは打って変わって、修道女たちは興奮したようなそぶりを見せている。
「ああ……やっぱり! ねえグレースさん。あの猫、昨日パイを盗み食いしにきた猫さん……ですよ! 青い瞳に黒い体! 間違いないです」
「そのよう、ですね。魔女に目をつけられているというようなことを言ってはいましたが……まさかかような存在に作り替えられてしまったとは。不憫な……」
「さっき、少年の姿でしたよね? 昨日聞いた声と同じでびっくりしました!」
「ええ、きっとあれは……彼の魂の姿だったのでしょう」
「魂?」
「まあ、それはおいおいあなたにお話しします。とはいえ……この猫、やはり宝石加護持ちであったとは……」
修道女たちはそのような会話をしながら、ファンネーデルをじっと見つめている。
ダニエル神父は気を取り直すように首を振ると、手を叩いた。
「さあさあ、エミリーさんもグレースさんも。これからお昼の支度、お願いいたしますね。司教様もいらっしゃているのですから、とびきり美味しいのを頼みます」
「は、はい!」
「かしこまりました……すぐにご用意いたします」
神父と司教に対して深く頭を下げると、修道女たちは一足先に教会の中に戻っていった。
「さて。ご飯ができるまで……少しお話をいたしましょうか。ガーネット嬢、そして……魔法猫ファンネーデル君」
ガーネットたちはそう言われてこくりとうなづいた。
噂を聞きつけた人々が、続々と通りに集まってくる。
ガーネットたちはその者たちを次々と癒していったが、やがて時間とともに光は弱まっていった。
「ふむ……どうやら今日はここまでのようですね」
アレキサンダー司教が残念そうにそう言うと、手を降ろす。
ガーネットたちも手を降ろすと、光はさあっと跡形もなく消えていった。
司教はまた声高に群衆に向かって叫ぶ。
「皆様! 神の奇跡である、この宝石加護の力は! 一定の力を開放しきると、しばらくは使えなくなってしまいます。ですが今! しかとその身を持って体験されたことと思います! 今日この場に来れなかった、奇病に苦しめられている者たちがいましたら! 明日、またこのラーレス教の教会へいらしてください! 必ずやまた我々が、奇跡を起こしてしんぜましょう!」
ざわざわと人々が司教の話を復唱しはじめる。
「明日も、奇跡を起こしてくれるのか?」
「だったら……今度はお父さんを連れてこなくちゃ!」
「俺は、家内だ」
「私は娘を」
「わたしは親戚のおじさんを呼んでくるわ!」
しばらくすると、通りにいた人々はまばらに散っていった。
あとには警備隊の面々だけが残る。
ダニエル神父は神妙な面持ちで、その代表に告げた。
「ケイレブ警備隊長。後で……サンダロス伯爵のお屋敷へ、お伺いいたします。もう、隠し事は無しにいたしましょう。その旨、伯爵様にお伝えしていただけますか?」
「……わかった。必ずやご報告しよう」
「お願いいたします」
複雑そうな表情を浮かべていたケイレブだったが、一礼をすると、部下たちを引き連れて神父たちの前から去っていく。
ダニエル神父は振り返ると、アレキサンダー司教やガーネットたちに向き直った。
「さて、もうすぐお昼です。皆さん、そろそろお腹が空いてきたのではありませんか? どうです、ご一緒に」
その言葉に、ぐーっとガーネットが腹の虫を鳴らす。
あまりのタイミングの良さにガーネットは赤面した。
「あっ……あの……」
「ほほっ。私も少々力を使ってお腹が空きました。ではダニエル神父のご厚意に、甘えさせていただくとしましょうかね。あなたも……恥ずかしがることはないのですよ、ガーネットさん」
「は……はい」
ガーネットは顔をゆるゆると上げながら、恥ずかしそうに言った。
攫われてからというもの、ろくなものを食べていなかったので、当然といえば当然の反応だ。
ちらりと横のファンネーデルを見ると、なんと元の黒猫の姿に戻っていた。
「えっ、ファンネーデル。また猫の姿に戻ったの?」
「うん……まあな。やっぱりこっちの方が楽だ」
生前からの癖なのか、毛並みを整えるために体中をなめている。
「そう……。あの、ファンネーデルはもうお腹、空かないんだよね?」
「ああ。もう死んでるからな」
「あ……でも、その、一緒に来てくれる? ご飯もらえるみたいだから……その……」
「はあ……行かないなんて言ってないだろ? ちゃんとボクも付いて行くから、心配するな」
「うん! わかった……」
ガーネットはそう言ってはにかむと、するりと近寄ってきたファンネーデルを抱き上げた。
細いガーネットの腕の中にすっぽりと納まる黒猫。
そんな二人の様子を眺めていた神父たちは、呆気にとられていた。
「魔法猫とは……どうにも面妖なものですな、ダニエル神父」
「ええ。これが魔女の仕業とは……私もかなり驚いております。このようなものは初めて見ました」
「宝石加護の力を……狙われたとみて良いでしょうな……」
「そうですね。今は、操られてはいないようですが……。まったく、街の奇病もそうですが、なんてことをしてくれたんだ、魔女め……」
深刻そうな神父たちとは打って変わって、修道女たちは興奮したようなそぶりを見せている。
「ああ……やっぱり! ねえグレースさん。あの猫、昨日パイを盗み食いしにきた猫さん……ですよ! 青い瞳に黒い体! 間違いないです」
「そのよう、ですね。魔女に目をつけられているというようなことを言ってはいましたが……まさかかような存在に作り替えられてしまったとは。不憫な……」
「さっき、少年の姿でしたよね? 昨日聞いた声と同じでびっくりしました!」
「ええ、きっとあれは……彼の魂の姿だったのでしょう」
「魂?」
「まあ、それはおいおいあなたにお話しします。とはいえ……この猫、やはり宝石加護持ちであったとは……」
修道女たちはそのような会話をしながら、ファンネーデルをじっと見つめている。
ダニエル神父は気を取り直すように首を振ると、手を叩いた。
「さあさあ、エミリーさんもグレースさんも。これからお昼の支度、お願いいたしますね。司教様もいらっしゃているのですから、とびきり美味しいのを頼みます」
「は、はい!」
「かしこまりました……すぐにご用意いたします」
神父と司教に対して深く頭を下げると、修道女たちは一足先に教会の中に戻っていった。
「さて。ご飯ができるまで……少しお話をいたしましょうか。ガーネット嬢、そして……魔法猫ファンネーデル君」
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