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第一章 帰ってきた幼馴染
紫織さんと菫ちゃんと、ぶどうのムースケーキとジュース(4)
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紫織さん夫妻が今後の方針をあーでもないこーでもないと話し合っている。
主にそれぞれの両親にどうやって理解してもらおうかという作戦会議のようだった。
他の人はどうしてるのかな、と思って見ると、なんと森屋さんが菫ちゃんのケーキをじいっと見つめている。
「……!?」
菫ちゃんはまだケーキを食べ終わっていない。
一方、森屋さんはすでにお皿が空だった。
まさか……。
食べきれないなら代わりに食べてやろうか、とでも言い出すんじゃ?
そう思って見ていると、青司くんが、
「えっと……森屋さん、ケーキのおかわりします?」
と、すかさず提案していた。
森屋さんは足早にカウンターにやってくる。
「ああ。是非もらおう」
青司くんは何も言わず、差し出された皿の上に余っていたケーキを乗せた。
二個目のブドウのムースケーキである。
森屋さんは満足そうにうなづくと、またテーブル席に戻っていった。
なんというか……わたしの中の森屋さんのイメージがだいぶ変わりつつある。
最初はとても硬派な人だと思っていた。
無口で無愛想で。でも、あんなに甘い物に目がなくて、しかもおかわりまで所望する人だとは。
青司くんを見ると、うっすら苦笑いを浮かべていた。
「なんとなく……母さんがあの人を好きになった理由がわかったよ」
森屋さんは人目もはばからず、二個目のケーキを美味しそうにほおばっている。
その様子にさすがの菫ちゃんも目を丸くしていた。
「うん。わたしもあれは……わからなくもないかな」
あれだ。
普段何にも興味なさそうな人が、異様な執着心をたまに見せると……そのギャップが面白い、もしくは可愛いと思ってしまう現象だ。
特にその人が強面な人とかであればなおさら。
先生もそのギャップにやられてしまったのだろう。
強面なのに果物好き、甘いもの好き。
そんな人に手作りのスイーツを食べさせたらどうなるのか。
初めはその反応に驚いていたが、だんだん面白くなって、何度も食べさせたくなって、やがてその人といるのがなにより楽しくなってしまったのではないだろうか。
あくまで想像でしかないけれど。
わたしはそう思って、またケーキを一口食べた。
その後、お昼になってしまったので、紫織さんたちは一旦大貫のおばあさんの家に戻ることになった。
青司くんは申し訳なさそうに言う。
「すみません。お昼のメニューはまだ考え中でして……お出しできるものがまだないんです」
「まあ、お昼までいただこうなんて考えてなかったわ。それに、もともとおばあちゃんと一緒に食べる予定だったのよ、私たち。あ、急きょこの人が一名増えたけど」
そう言って、紫織さんは旦那さんの肘をつつく。
わたしはその横でぼーっとしている菫ちゃんを見て、とあることを思い出した。
「あ、そういえば。菫ちゃんにお絵かきさせたいって言ってましたけど……やる時間、無かったですね」
「そうだったわ。すっかり忘れてた。お昼を食べ終わったらまた来てもいいかしら?」
青司くんは笑顔で答える。
「いいですよ。ただちょっと準備がありますので、少し間を空けさせてもらえませんか? 四時頃に来ていただけると助かります」
「わかったわ、じゃあまたその頃にね」
「あの……」
紫織さんの旦那さんが一歩前に出てきて、深々とお辞儀をする。
わたしと青司くんは顔を見合わせた。
「本当に今日は、ありがとうございました。まだ開店準備中なんだそうですね? それなのに……突然来た僕にも、こんなご馳走をいただいて……」
「ああ、いえ、そんな……」
申し訳なさそうに言う旦那さんに、わたしは恐縮した。
青司くんも似たような感じだったけれど、少し言いよどみながら顔を上げる。
「……あの。俺、お会いできて良かったです」
「青司くん?」
しっかりと、紫織さんの旦那さんを見つめる青司くん。
「どういう理由であれ、ここに来ていただいて……会えて、俺は嬉しかったです。あ、お名前……」
「小林です。小林学と言います」
「小林さん。俺はこの店のオーナーで、九露木青司と言います」
名乗り合う二人。
わたしもあわてて自己紹介する。
「えっと……わ、わたしも、昔は紫織さんと同じお絵かき教室に通っていたんですけど……その……今は、ここの喫茶店で働く予定になっています。あ……羽田真白と言います」
「羽田さん。それから……九露木さん。改めてありがとうございました」
「あ、いえ」
「こちらこそ。ありがとうございました」
紫織さんたちは笑顔でお店を出ていく。
去り際、菫ちゃんが森屋さんを振り返って、小さく手を振った。
「あ? お、おう……」
森屋さんはびっくりした様子でぎこちなく手を振り返す。
どうやら菫ちゃんに気に入られてしまったようだ。
その森屋さんも昼休憩に行くと言って、出ていってしまった。
後に残されたわたしたちは使い終わったみんなの食器を片づける。
「はあ。まさか午前中に来るなんて。あと、紫織さんの旦那さんも来るし……びっくりしたね」
食器を流しに運びながら、わたしはそう青司くんに語りかける。
青司くんは眠たそうな眼でわたしを見た。
「そうだね。でも良かったよ」
「良かった、ってケーキの完成が間に合ったこと? それとも、紫織さんたちの問題が解決したこと?」
「どっちもかな。まあ、紫織さんたちの問題に関しては……正直もっと心配してたけど、でも旦那さんが来たからきっともう大丈夫だ」
「……うん」
青司くんは食器を手早く洗いはじめている。
その顔はごく自然ないつもの表情に見える。
でも、内心はいろいろ考えているのかもしれないと思った。
壁掛け時計はすでに十二時を回っている。
ケーキを食べたのでそれほどお腹は空いていなかったが、わたしたちはこれからどうするのだろうと疑問に思った。
お昼を食べるのか、食べないのか。
はたまたその前にまたお店の別の準備をするのか。
「ねえ、四時まで準備があるって言ってたけど、これから何をするの青司くん」
「ああ、そうだった。実はランチメニューのことも真白に相談したいと思っててさ。ちょっとこれから、その買い出しに付き合ってくれない?」
「いいけど」
「良かった。材料を買ってきたら、ここで作って、で、遅いお昼ご飯って感じでランチの試食をしない?」
「……うん、いいね。わかったよ!」
まさかランチの試食まですることになるとは思わなかった。
でも、青司くんの手料理……しかもご飯ものも食べられるとあっては、楽しみでしかたない。
食器を洗い終えると、青司くんはエプロンを外して、車のキーをどこかから取ってきた。
「じゃあ行こうか、真白」
「うん」
玄関を施錠すると、駐車場に停めていた水色のワンボックスカーに乗り込む。
慣れた手つきで運転席に座る青司くん。
それを横目で眺めながら、わたしも助手席に収まった。
「あ、ちゃんとシートベルトしてね」
青司くんの手がすっと伸びてきて、あっというまに自分のシートベルトが締められてしまう。
う、腕が……目の前に……!
わたしは思わず目をつぶった。
「あ、ご、ごめん」
そんな声がしたので見ると、青司くんがそっぽを向きながら口元を拳で隠していた。
わたしはそのしぐさに急にどきどきしてくる。
「あ、その……」
「ごめん。この距離でさすがにこれは……驚かせちゃったね」
「いや、いいけど」
「てか、まずい! うううぅ……」
額をハンドルに預けて、青司くんがなにやら呻いている。
「だ、大丈夫? 青司くん」
「うん……。あの、真白がこの距離にいるとツライ……」
「えっ?」
「また、キスしたくなる……」
そう言って、ちらりとこちらを流し目で見てくる青司くん。
いや、その視線の方がまずいって!
わたしだってもっとどきどきしてきて、逃げ出したくなる。
「ごめん。もう行くね」
「う、うん……」
どきどきしたまま、車は発進する。
道路に出ると右に曲がり、川沿いの道を走り抜けていく。
たぶん行き先は一番近いスーパーだろう。
青司くんの顔が見れない。
わたしはバッグの持ち手をぎゅっと握ったまま、なるべく遠くの景色を見た。
車でたった五分の道が、ものすごく遠く感じられた。
主にそれぞれの両親にどうやって理解してもらおうかという作戦会議のようだった。
他の人はどうしてるのかな、と思って見ると、なんと森屋さんが菫ちゃんのケーキをじいっと見つめている。
「……!?」
菫ちゃんはまだケーキを食べ終わっていない。
一方、森屋さんはすでにお皿が空だった。
まさか……。
食べきれないなら代わりに食べてやろうか、とでも言い出すんじゃ?
そう思って見ていると、青司くんが、
「えっと……森屋さん、ケーキのおかわりします?」
と、すかさず提案していた。
森屋さんは足早にカウンターにやってくる。
「ああ。是非もらおう」
青司くんは何も言わず、差し出された皿の上に余っていたケーキを乗せた。
二個目のブドウのムースケーキである。
森屋さんは満足そうにうなづくと、またテーブル席に戻っていった。
なんというか……わたしの中の森屋さんのイメージがだいぶ変わりつつある。
最初はとても硬派な人だと思っていた。
無口で無愛想で。でも、あんなに甘い物に目がなくて、しかもおかわりまで所望する人だとは。
青司くんを見ると、うっすら苦笑いを浮かべていた。
「なんとなく……母さんがあの人を好きになった理由がわかったよ」
森屋さんは人目もはばからず、二個目のケーキを美味しそうにほおばっている。
その様子にさすがの菫ちゃんも目を丸くしていた。
「うん。わたしもあれは……わからなくもないかな」
あれだ。
普段何にも興味なさそうな人が、異様な執着心をたまに見せると……そのギャップが面白い、もしくは可愛いと思ってしまう現象だ。
特にその人が強面な人とかであればなおさら。
先生もそのギャップにやられてしまったのだろう。
強面なのに果物好き、甘いもの好き。
そんな人に手作りのスイーツを食べさせたらどうなるのか。
初めはその反応に驚いていたが、だんだん面白くなって、何度も食べさせたくなって、やがてその人といるのがなにより楽しくなってしまったのではないだろうか。
あくまで想像でしかないけれど。
わたしはそう思って、またケーキを一口食べた。
その後、お昼になってしまったので、紫織さんたちは一旦大貫のおばあさんの家に戻ることになった。
青司くんは申し訳なさそうに言う。
「すみません。お昼のメニューはまだ考え中でして……お出しできるものがまだないんです」
「まあ、お昼までいただこうなんて考えてなかったわ。それに、もともとおばあちゃんと一緒に食べる予定だったのよ、私たち。あ、急きょこの人が一名増えたけど」
そう言って、紫織さんは旦那さんの肘をつつく。
わたしはその横でぼーっとしている菫ちゃんを見て、とあることを思い出した。
「あ、そういえば。菫ちゃんにお絵かきさせたいって言ってましたけど……やる時間、無かったですね」
「そうだったわ。すっかり忘れてた。お昼を食べ終わったらまた来てもいいかしら?」
青司くんは笑顔で答える。
「いいですよ。ただちょっと準備がありますので、少し間を空けさせてもらえませんか? 四時頃に来ていただけると助かります」
「わかったわ、じゃあまたその頃にね」
「あの……」
紫織さんの旦那さんが一歩前に出てきて、深々とお辞儀をする。
わたしと青司くんは顔を見合わせた。
「本当に今日は、ありがとうございました。まだ開店準備中なんだそうですね? それなのに……突然来た僕にも、こんなご馳走をいただいて……」
「ああ、いえ、そんな……」
申し訳なさそうに言う旦那さんに、わたしは恐縮した。
青司くんも似たような感じだったけれど、少し言いよどみながら顔を上げる。
「……あの。俺、お会いできて良かったです」
「青司くん?」
しっかりと、紫織さんの旦那さんを見つめる青司くん。
「どういう理由であれ、ここに来ていただいて……会えて、俺は嬉しかったです。あ、お名前……」
「小林です。小林学と言います」
「小林さん。俺はこの店のオーナーで、九露木青司と言います」
名乗り合う二人。
わたしもあわてて自己紹介する。
「えっと……わ、わたしも、昔は紫織さんと同じお絵かき教室に通っていたんですけど……その……今は、ここの喫茶店で働く予定になっています。あ……羽田真白と言います」
「羽田さん。それから……九露木さん。改めてありがとうございました」
「あ、いえ」
「こちらこそ。ありがとうございました」
紫織さんたちは笑顔でお店を出ていく。
去り際、菫ちゃんが森屋さんを振り返って、小さく手を振った。
「あ? お、おう……」
森屋さんはびっくりした様子でぎこちなく手を振り返す。
どうやら菫ちゃんに気に入られてしまったようだ。
その森屋さんも昼休憩に行くと言って、出ていってしまった。
後に残されたわたしたちは使い終わったみんなの食器を片づける。
「はあ。まさか午前中に来るなんて。あと、紫織さんの旦那さんも来るし……びっくりしたね」
食器を流しに運びながら、わたしはそう青司くんに語りかける。
青司くんは眠たそうな眼でわたしを見た。
「そうだね。でも良かったよ」
「良かった、ってケーキの完成が間に合ったこと? それとも、紫織さんたちの問題が解決したこと?」
「どっちもかな。まあ、紫織さんたちの問題に関しては……正直もっと心配してたけど、でも旦那さんが来たからきっともう大丈夫だ」
「……うん」
青司くんは食器を手早く洗いはじめている。
その顔はごく自然ないつもの表情に見える。
でも、内心はいろいろ考えているのかもしれないと思った。
壁掛け時計はすでに十二時を回っている。
ケーキを食べたのでそれほどお腹は空いていなかったが、わたしたちはこれからどうするのだろうと疑問に思った。
お昼を食べるのか、食べないのか。
はたまたその前にまたお店の別の準備をするのか。
「ねえ、四時まで準備があるって言ってたけど、これから何をするの青司くん」
「ああ、そうだった。実はランチメニューのことも真白に相談したいと思っててさ。ちょっとこれから、その買い出しに付き合ってくれない?」
「いいけど」
「良かった。材料を買ってきたら、ここで作って、で、遅いお昼ご飯って感じでランチの試食をしない?」
「……うん、いいね。わかったよ!」
まさかランチの試食まですることになるとは思わなかった。
でも、青司くんの手料理……しかもご飯ものも食べられるとあっては、楽しみでしかたない。
食器を洗い終えると、青司くんはエプロンを外して、車のキーをどこかから取ってきた。
「じゃあ行こうか、真白」
「うん」
玄関を施錠すると、駐車場に停めていた水色のワンボックスカーに乗り込む。
慣れた手つきで運転席に座る青司くん。
それを横目で眺めながら、わたしも助手席に収まった。
「あ、ちゃんとシートベルトしてね」
青司くんの手がすっと伸びてきて、あっというまに自分のシートベルトが締められてしまう。
う、腕が……目の前に……!
わたしは思わず目をつぶった。
「あ、ご、ごめん」
そんな声がしたので見ると、青司くんがそっぽを向きながら口元を拳で隠していた。
わたしはそのしぐさに急にどきどきしてくる。
「あ、その……」
「ごめん。この距離でさすがにこれは……驚かせちゃったね」
「いや、いいけど」
「てか、まずい! うううぅ……」
額をハンドルに預けて、青司くんがなにやら呻いている。
「だ、大丈夫? 青司くん」
「うん……。あの、真白がこの距離にいるとツライ……」
「えっ?」
「また、キスしたくなる……」
そう言って、ちらりとこちらを流し目で見てくる青司くん。
いや、その視線の方がまずいって!
わたしだってもっとどきどきしてきて、逃げ出したくなる。
「ごめん。もう行くね」
「う、うん……」
どきどきしたまま、車は発進する。
道路に出ると右に曲がり、川沿いの道を走り抜けていく。
たぶん行き先は一番近いスーパーだろう。
青司くんの顔が見れない。
わたしはバッグの持ち手をぎゅっと握ったまま、なるべく遠くの景色を見た。
車でたった五分の道が、ものすごく遠く感じられた。
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