上 下
31 / 39
第四章 海開き

31、金鉱山跡

しおりを挟む
 0723/16:00/成神さん/金鉱山跡


 成神さんの「気配を消す術」のおかげで、僕らは誰にも気付かれることなく神社の前まで来ることができていた。
 目の前には大きな門があり、その左右には延々と上部に有刺鉄線がついたフェンスが続いている。

「うーん。これどうやって入ろうかな……」

 がっちりと閉まった戸とフェンスを前に、成神さんは困っていた。
 年に二回しか一般解放されない門は、常に守衛の人が見張っていて、イレギュラーな参拝客は必ずチェックされるようになっている。
 よって、ここを通ることはできない。

「あっちの方に入れるところがあります」

 以前、僕は境雲神社から抜け出そうとしたときに、穴の開いたフェンスを発見していた。なので、僕はそこへ成神さんを案内する。

「よい、しょっと」

 人が通るにはやや小さい穴を、強引にこじ開けて入る。

「これは、野生動物とかが開けたもの……なのかな? この先は森が続いているけど、この辺ってクマは出る?」
「クマが出たとかは近年聞いたことないですね。でも、シカくらいはいます」
「ああ、そう」

 僕らは神社の周りの森の中を進んだ。
 右手には長い参道と、宮内の者たちが住む家々が見える。何名かの黒服がうろついていたが、例によって誰も僕らに気付く者はいなかった。

「ジュン姉、もう神社に帰ったのかな……」

 また今日も夜のお役目がある。それに備えて戻っている可能性は高かった。でも、あんな出来事があった後だ。ジュン姉がきちんとお役目を果たせるかどうか心配だった。僕という付き人がいなくなって、動揺していないだろうか。

「ジュンさん……のこと、心配かい?」
「え?」

 ふと成神さんにそう言われて、僕は顔をあげた。

「ええ、まあ。今夜も夜のお役目が……ヨソモノの願いを叶えるという儀式があるんです。今までは僕と一緒だったけど、今日はジュン姉一人だから……」
「じゃあ、それが始まるまでには調査を終えておかないとな」
「え?」
「気になるんだろう? だったら夜はジュンさんのそばに行ってあげなくちゃな」
「成神さん……」

 成神さんはフッと軽く笑うと、森の先を見て言った。

「この先には、金鉱山の跡がある。これから俺たちは、それを調べに行く」
「えっ? ちょっ……神社の方に、行くんじゃなかったんですか?」
「神社もだが……金鉱山の方も、気になるんだ。一応そっちも調べておきたい。それにこれは、君が教えてくれた情報だ。……おそらくそこには何かがある。だからまずはそっちの調査に行く」
「何かって……何ですか?」
「まあ、行ってみてからのお楽しみだな」

 境雲村の最北にあるという金鉱山。
 僕が村の人たちに聞いて調べたところによると、江戸時代から大正時代ぐらいまでは稼働していたらしい。でも、今では掘り尽くされて閉山しているとのことだった。誰も寄り付かないのでどうなっているかは誰も知らなかった。
 そこまでは、メールで成神さんに伝えていたのだけれど。

 彼は、何をもってそこが気になると思ったのだろう……?
 住職の話も伝えたからか。それで、金のことをもっとよく調べようとしているのだろうか。
 たしかに、全ての始まりはそれだ。

 僕らは神社の裏側まで回って、その奥の山道を登りはじめた。

「うわっ、なんだこれ……?」

 急に足元にレールが出現した。
 ほとんどは草に覆われていて見えなかったが、武骨な鉄の塊がどこまでも続いている。

「これは……鉱石を運び出す貨車用の鉄道だな。隣町の貝瀬市立図書館でその文献を見た。かつてはあの汀トンネルとかいうトンネルを通じて隣町まで延びていたらしい」

 成神さんがそんな説明をしてくれる。

「隣町って……貝瀬市、ですか? あっちで調べてたんですね。まさかそんな文献が残っていたなんて……」
「ああ。バスに乗ってる間もこの村までの道をなんとなく眺めていたが……その跡はどこも舗装し直されていてわからなかったな。でも、この山にはまだ残っていた。そのまま放棄されていると言った方が正しいか?」

 たしかに成神さんの言った通りだ。
 レールは存在しているが、草も木も伸び放題で、打ち捨てられているという表現がぴったりである。だんだん山道と呼べるような道でもなくなっていき、僕らはかろうじてわかる鉄の軌跡をたどりながら、斜面を登っていった。

「この山がこうなってるなんて、全然知りませんでした……」
「まあ、この地区は普段は立ち入り禁止で、しかも閉山ももう何十年と昔のことみたいだからね。君らのような若者は当然知らないはずだ」

 僕らはやがて、切り立った崖に行きついた。
 細い滝が崖の上の方から流れ落ちている。その滝の向こうに、暗い、ぽっかりとした洞窟が出現していた。レールの先はその中へと続いている。
 洞窟のすぐ外には、建物があった名残りなのか石垣が残っていたり、錆びついて変形したトロッコなどが棄てられていた。

「じゃあ、行くか」
「はい。あの水、濡れない……ですかね?」
「横から上手く入れば大丈夫だろう。それくらいで怖気づくな。携帯のライトを照らせるか? 俺は酸素の確認のためにライターを点けていく」
「はい、やってみます」

 スマホのライトをかざし、洞窟に入っていく。中は冷たくて湿った空気に満ちていた。
 僕は思わずぶるっと身震いする。それはたんに肌寒く感じたから、じゃない。まるで一個の生物の体内に入ってしまったかのような妙な錯覚を覚えたからだ。

「大丈夫かい、矢吹君」
「あ、はい。なんか、変な感じです。ここ……」
「ふふ、やっぱり君は素質があるな」
「素質?」
「霊能力の、だよ。俺の弟子にならないか? もしくは俺たちと同じ編集部員に。編集長には俺から話をしておくから、将来うちで働かないか」
「え? ええと……考えておきます」

 僕に霊能力があるだって?
 たしかに、コワガミサマを見たり、ヨソモノの姿をはっきり認識できてはいる。でもそれは、この村が不思議な村だからだ。僕らがそういうものを見ることができるのは、常にコワガミサマの力が働いているからだ。
 それに僕は、さらに「ジュン姉の付き人」という任を与えられてもいる。
 それだけだ。成神さんのように万能の霊能力があるわけじゃないと思う。

 でも、素質があると言われて悪い気はしなかった。

「『月刊オカルト・レポート』の編集者か……」

 もともとオカルトには興味があったので、それもいいかもしれないと思った。
 まだ中学生で、将来の事とかあまり考えたことがなかったけれど、村の調査とかちょっと楽しかったし。向いてるんだったら、いつかはやってみたいと思う。

「フッ、少しその気になってきたかな? じゃあ、そんな矢吹君にひとつ質問だ。あれをどう思う?」
「えっ?」

 ふと前方を見ると、成神さんの肩越しに、何か妙なものが見えた。
 それは……一面の触手。
 半透明のコワガミサマの触手に似た何かが、びっしりと奥の坑道の壁や天井、床などに生えていた。

「なっ、なっ……!」
「俺たちは今、他から感知されない術をかけているから、あれに襲われることはないだろう。近くを通っても触れられないし、捕まることもないはずだ。でも……俺たち以外の普通の人間が入ったら、どうなる?」
「え? ど、どうなるんですか?」
「フッ。君の報告によると……この『透明な触手』というのはコワガミサマのもの、なんだろう? じゃあこれは人間にどんな作用をおよぼす?」
「え、そ、それは……」

 生身の人間には、たしか直接的な作用……があるはずだ。
 さっきのチャラい大学生みたいに、天罰が与えられると勝手に行動を操られたりする。
 ジュン姉……コワガミサマのお嫁さんに至っては、空を浮遊したり瞬間移動など超常現象的なことが起こったりする。

「そん、な……。じゃあ鉱山が盛んだった頃は……その頃にもこれが?」
「さあ、どうだろうね。その頃からあったかはわからない。ただこれが見えるのは、この村に住んでいる者たちか、俺のような特別な霊能力者だけだ。これは霊的な存在だから、普通の人間には見えない」
「え、じゃあ……」

 成神さんはにやっと笑って言った。

「きっと、ここで働いていた人たちは、知らず知らずのうちにコワガミサマによって『働かせられていた』のかもしれないね。コワガミサマはここに人を呼び、この金を掘り出させた……。そういうふうに、君の村の神様ははるか昔から人を操ってきたんだろう」
「ど、どうしてそんなことを……」
「ふふっ。矢吹君。それは君自身が教えてくれただろう。この村の成りたちだ。……住職の話だよ」
「あ……」
「そう。あれ、よくよく考えてみたら面白いんだ。普通、貴金属が出土すると、山師がどこかからその噂を聞きつけて大勢の人を連れて来る。そして事故のないように、より多くの貴金属が出るように、近くに神社を建てたりするんだ。でも、この村は全部逆だ」
「逆?」
「そう。最初にコワガミサマという神様が居て、金の出土があり、それによって人々が集まった。神様は後から作られたんじゃない、最初からいたんだ。すべてが逆。そして、そういうことをする存在は……ひとつだけ。アレしかいない」
「……アレ?」

 成神さんは洞窟の触手群を眺めつつ、憎悪のこもった声で言った。

「侵略者、だよ」
「侵略者?」
「そう。地球外からやってきた生命体のことだ」
「……は、はあ?」

 あまりにも話が飛躍しすぎていて、頭がついていかなくなった。
 は? 地球外……? 急にトンデモな話になってきた。
 オカルト系雑誌の編集者だから、そういうのと結び付けやすいのかな?

「いいかい? 君が話を聞いたという住職は『コワガミサマは昔、他の神様たちと一緒に天から降りてきた』……とそう言っていた。それはつまり、そのままの意味だったんだよ」
「えっ、ちょ……ちょっと待ってください。な、なにかの冗談ですよね? コワガミサマが……まさか宇宙人だとでも言うんですか!?」
「まあ簡単に言うとそうなるね。僕は以前にも、同じような存在に会ったことがあるんだ。そして、その存在を『消した』こともある。これはそのケースにとてもよく似ているよ」
「え、ええぇっ!?」

 成神さんには「祓う」力があるとは聞いていたけれど……そんな、宇宙人を消す? そんなことまでできるなんて。どんな超人だ。まるで小説か、漫画の中のお話みたいで、現実感がまるでない。

「デイダラボッチ信仰は、もともと日本の各地に存在していた」
「え? で、でいだら……?」
「デイダラボッチ、巨人のことだ。住職が言っていただろう。そういった話は、世界中いたるところに残っているんだ。それらは全部、宇宙からやってきた侵略者だ、というのが俺の見解だ」
「え? なんで、なんでそこまで断言できるんですか? 消滅させたことがあるって……あなたはいったい……」
「俺はそういった存在を消滅させる力を持った民の、末裔だ。……ここに来たかった一番の理由は、それなんだ」

 成神さんはそんなことをポロっとカミングアウトしてきた。
 もう、本当に頭が追いつかない。
 コワガミサマが宇宙人? デイダラボッチ? 巨人? そしてそれを消滅させることができる民が成神さんだって? 僕は、信じられない思いで彼を見た。

「そーれ、っと」

 成神さんはポケットから何かを取り出すと、それを洞窟の奥に放った。
 かつんと地面の岩に当たる音がする。

「さて、仕込みはこんなものかな。調査とやるべきことは終わったよ。次は神社の方に行こうか」
「え……も、もういいんですか?」
「ああ」

 人。人の形をしているけれども、僕は成神さんもなんとなくその「宇宙人」なんじゃないかという気がしてきた。底が知れない。でも、今それを問いただすのは恐ろしかった。

 僕らは洞窟を後にすると、また線路をたどって下山していった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない

セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。 しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。 高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。 パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。 ※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。

近辺オカルト調査隊

麻耶麻弥
ホラー
ある夏の夜、幼なじみの健人、彩、凛は ちょっとした肝試しのつもりで近辺で噂の幽霊屋敷に向かった。 そこでは、冒涜的、超自然的な生物が徘徊していた。 3人の運命は_______________ >この作品はクトゥルフ神話TRPGのシナリオを元に作ったものです。 この作品を見てクトゥルフ神話TRPGに興味を持った人はルールブックを買って友達と遊んでみてください。(布教)

国葬クラウドファンディング

輪島ライ
ホラー
首相経験者の父親を暗殺された若き政治家、谷田部健一は国政へのクラウドファンディングの導入を訴えて総理大臣に就任する。刑務官を務める「私」は、首相となった谷田部を支持していたが…… ※この作品は「小説家になろう」「アルファポリス」「カクヨム」「エブリスタ」に投稿しています。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

オーデション〜リリース前

のーまじん
ホラー
50代の池上は、殺虫剤の会社の研究員だった。 早期退職した彼は、昆虫の資料の整理をしながら、日雇いバイトで生計を立てていた。 ある日、派遣先で知り合った元同僚の秋吉に飲みに誘われる。 オーデション 2章 パラサイト  オーデションの主人公 池上は声優秋吉と共に収録のために信州の屋敷に向かう。  そこで、池上はイシスのスカラベを探せと言われるが思案する中、突然やってきた秋吉が100年前の不気味な詩について話し始める  

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

マッカ=ニナール・テレクサの日記

夢=無王吽
ホラー
かけがえのないこと。 友情という幻想に浸る、 無限とも思える有限の時間。 新芽のように匂い立つ、 太陽に向かってのびる生命力。 一人ひとりが必ず持って生まれた、 生まれてしまった唯一の魂。 それは二度と戻らず、 二度と戻れない。 二度と、戻れないのだ。 大いなる力にともなうのは、 大いなる責任などではない。 加減なき理不尽。 血と責苦の一方的な権利。 嘆きと叫びへのいびつな性欲。 それでも明日を見て 彼女と彼は、 力強く生きていく。 過去となったすべてを、 排泄物のように流し去って。 大きな木陰のような、 不公平な家族愛に抱かれて。 人は決して、 平等ではないのだ。 温もりのなかにいる権利は、 誰もが得られるものではない。 それを知るまで、 いや知ったあとでもなお、 残酷な青春はつづいてゆく。 残酷な世の中への、 入口としての顔、 その出口なき扉を隠そうともせずに。

処理中です...