上 下
27 / 39
第四章 海開き

27、救世主

しおりを挟む
 0723/14:00/成神さん/汀トンネル前


 大暑から処暑までの間に、境雲村では「海開き」が行われる。
 普段は遊泳禁止になっている足下ヶ浜が、この時ばかりはとライフセーバーが配置されたり、海の家ができたりしてちょっとしたレジャーランドと化すのだ。

 汀トンネルも……この時期だけ開放される。
 あの普段は頭地区の人たちしか使用できない「秘密のトンネル」が……他の村人にも、また村以外に住む人たちにも開放されるのだった。

 今日はその海開きの日、大暑の七月二十三日だった。


 先週から夏休みに入っていたので、僕は午前中いっぱい「寝溜め」をし、お昼ごろになってようやく起きていた。
 遅い朝ごはんを食べ、軽く学校の宿題を済ませると、そろそろ時間だと腰を上げる。

 僕は自転車に乗って、とある場所へ向かった。
 それは汀トンネルの村側の出口。
 目的地に到着すると、ちょうど横の道を隣町と境雲村を往復するシャトルバスが通過していったところだった。

「やあ、矢吹君」

 汀トンネル前と書かれたバス停の近くにいたのは、東京のオカルト雑誌の記者、成神さんだった。彼は右手を上げて、こちらに近づいてくる。さっきのバスでちょうど到着したようだ。

「どうも。わざわざご足労いただきありがとうございます、成神さん」

 僕は感謝の気持ちを正直に伝えた。

「うん、ようやく来れた……って感じだね。待たせてしまって申し訳なかった」
「そんな。こうして来ていただいただけで……とても感謝しています。あの、それでどうです? この村は……」

 僕はさっそく、霊感があると言っている成神さんにこの村の印象を訊ねてみた。

「そうだね……。とりあえず、ここからちょっと離れようか」

 バスが通る道は、隣町への一番の近道なので、当然他の車や自転車もたくさん行き交う。
 僕と一緒にいるところを誰かに見られると、成神さんにとってはとても不利に働くので、僕たちは人目を避けて近くの森の中へと入った。

 そこは隣町と境雲村とを隔てている「西の山」のふもとだった。
 一つの箇所に留まっているとやぶ蚊に刺されまくるので、僕たちはゆっくりとしたペースで歩いていく。
 今はあまり使われていない林道は、木陰がとても涼しかった。

「着いた瞬間。いや……あのバスに乗りこんだ瞬間から。いやいやはるかその前から……俺はこの村に向かっているというだけで、得も言われぬ悪寒を感じていたよ。この地に着いて、それはより顕著になった」
「それは……コワガミサマの気配に反応していたんですか?」
「いや、それよりこの村自体に、だ。とても恐ろしい場所だ、ここは」

 恐ろしい場所。
 僕はそういう風に感じたことなんてなかったけど、成神さんにとってはそうだったらしい。

 コワガミサマは怖いけど、村は普通……そう思っていたからちょっと衝撃だった。
 いや、違うか。ミツメウオのことがある。
 あのことを知ってしまうと、今は……たしかにこの村自体も怖いと感じるかもしれない。

「それはそうと……矢吹君、今日まで色々と調べてくれてありがとう。君がこの村のことを調査してくれたおかげで、だいぶ助かったよ」
「そ、そうですか?」
「ああ。俺がこれからどう動くべきか、色々とそれで方針が定まった。まずは実際に村を歩いてみたいんだけど……ちょっと昼間は無理そうだね。そっちの調査は夜にするとして、とりあえずビーチの方に行ってみようか。大勢の人の中ならまぎれられる」

 そう言いながら、僕らは山沿いの森を南下していく。

 林道を抜け、足下ヶ浜周辺の旅館が立ち並ぶ「美岸地区」にやってくると、そこはよそからきた観光客でいっぱいだった。
 普段見たことがないぐらいの数の人々がいる。

 車もたくさん砂浜沿いの駐車場に並んでいた。そこからはサーフボードを出す人や、うきわを抱える人などがわらわらと飛び出してくる。

「じゃあ、ひとまずまたここらで解散しよう。何かあったら連絡する」
「えっ? あ、はい……成神さんはこれからどうされるんですか?」
「まあね、ちょっと砂浜を捜索してくるよ」
「……捜索?」
「そ。砂金、だよ。それはコワガミサマとやらの体の一部、だったんだろう?」

 小声で僕にそうつぶやく成神さんは、昏い笑みを顔に張り付けていた。
 端正な顔が少し歪んでいる。

「えっと……そ、そうなんですけど。でもその砂金に触れたら、成神さんはコワガミサマに気付かれちゃうんじゃ……」
「気付かれるって? 大丈夫、俺も馬鹿じゃないから。そのコワガミサマに気付かれないような術だって知っているんだよ。だから心配しなくていい」
「そ、そうですか……」

 この人は本当に……底が知れない。
 いったいどうやって僕らを救ってくれるつもりなんだろう。

「じゃあ、ね。君は普段通り行動していてくれ。俺は俺で勝手に動くから」
「あ……はい」
「あ、そうそう」

 行こうとした成神さんが振り返った。

「俺は魚嫌いだから、そのミツメウオとやらは食べないよ。アジに似ている魚、だっけ?」
「はい……」
「というか、それ以外の食材もこの村では食べない。『ヨモツヘグイ』になるからね」
「ヨモ……?」

 聞き慣れない言葉に、僕は首をかしげる。

「この村は『黄泉の国』みたいなものなんだよ。その国の食べ物を食べると、現世に帰れなくなる。それが黄泉戸喫ヨモツヘグイ。まあ、そうならないように気を付けるよ」

 そう言ってひらひらと手を振ると、成神さんは人ごみの中に紛れていった。

 かつてジュン姉といた砂浜は、今はたくさんの人の歓声であふれている。
 ジュン姉のいない海。
 僕はその波間のきらめきを、ジュン姉とまた見たい、と思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

家に帰ると夫が不倫していたので、両家の家族を呼んで大復讐をしたいと思います。

春木ハル
恋愛
私は夫と共働きで生活している人間なのですが、出張から帰ると夫が不倫の痕跡を残したまま寝ていました。 それに腹が立った私は法律で定められている罰なんかじゃ物足りず、自分自身でも復讐をすることにしました。その結果、思っていた通りの修羅場に…。その時のお話を聞いてください。 にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。

FLY ME TO THE MOON

如月 睦月
ホラー
いつもの日常は突然のゾンビ大量発生で壊された!ゾンビオタクの格闘系自称最強女子高生が、生き残りをかけて全力疾走!おかしくも壮絶なサバイバル物語!

【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした

仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」  夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。  結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。  それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。  結婚式は、お互いの親戚のみ。  なぜならお互い再婚だから。  そして、結婚式が終わり、新居へ……?  一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

夜通しアンアン

戸影絵麻
ホラー
ある日、僕の前に忽然と姿を現した謎の美少女、アンアン。魔界から家出してきた王女と名乗るその少女は、強引に僕の家に住みついてしまう。アンアンを我が物にせんと、次から次へと現れる悪魔たちに、町は大混乱。僕は、ご先祖様から授かったなけなしの”超能力”で、アンアンとともに魔界の貴族たちからの侵略に立ち向かうのだったが…。

【完結】呪いの館と名無しの霊たち(仮)

秋空花林
ホラー
 夏休みに廃屋に肝試しに来た仲良し4人組は、怪しい洋館の中に閉じ込められた。  ここから出る方法は2つ。  ここで殺された住人に代わって、 ー復讐を果たすか。 ー殺された理由を突き止めるか。  はたして4人のとった行動はー。  ホラーという丼に、恋愛とコメディと鬱展開をよそおって、ちょっとの友情をふりかけました。  悩みましたが、いいタイトルが浮かばず無理矢理つけたので(仮)がついてます…(泣) ※惨虐なシーンにつけています。

処理中です...