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第三章 反逆
26、住職の昔語り
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0702/16:10/住職/東鎖寺
「君は、矢吹龍一君……でしたね。コワガミサマのお嫁さんの、元ご友人の」
姿を現した僕に、住職はそう言った。
僕は途端にムッとなる。
「元、じゃないですよ。今も友人……です」
そう返すと、住職は無理に笑顔を作ろうとして失敗したみたいな顔になった。
「付き人に……なられたそうですね。お噂はよく聞いていますよ」
どんな噂だろう。
たぶん良くない方だ。村人にとっても、僕にとっても良くない噂。
「そう……ですか。じゃあ話が早いです。今、その焼却炉で燃やしたのって『ミツメウオ』ですよね? それも頭だけの。どうしてそんなことをこの『お寺』でやってるんですか? 僕、コワガミサマのこと全然知らなくて。この村の事も……。だから、付き人のお役目をしっかり果たすために、今いろいろ調べているんですよ」
よくもまあ口からでまかせがポンポンと出たもんだ。と、自分でも呆れてしまう。
でも割と自然な理由だったはずだ。
住職は、ちらりと焼却炉の方を見ると言った。
「この中身を、ご覧になったのですか……? なるほど。では少しお話しいたしましょう。この村と、ミツメウオ、そしてコワガミサマの関係を」
その言い方だと、その三つはすべて関係しあっているように聞こえる。
僕は、どこか嫌な予感がした。思わず身構える。
しかし、その予感はその後見事的中するのだった。
「――と、いうわけです」
「……なっ」
住職の話を総合すると、要はこの一連の儀式は、漁師たちのためでもあるし、コワガミサマのためでもあるし、村全体のためでもある、とても重要な儀式だということだった。
「はじめはふもとの漁師たちの『豊漁の願い』がきっかけでした。でも今は……これがなくてはならない儀式の一つとなっているのです」
「どういう、ことですか?」
「コワガミサマの、新たな力となっています。見てください、こちらの灰……」
そう言って、作務衣姿の住職は焼却炉の蓋を開けてみせる。
その中には白く溜まった灰があった。それをスコップで掻き出して、近くに停めてあった手押し車に載せる。
その中にはところどころ金色の粒が光っていた。
あれは……。
「見ておわかりでしょうか。この粒は、金です。そしてコワガミサマのお体の一部、でもあるのですよ」
「えっ? コワガミサマの体の一部……だって?」
「はい。そして、これには『お力』も宿っています」
「…………」
僕は絶句した。
胸元のお守り袋を無意識に掴み取る。
たしかに……これについてコワガミサマは語っていた。
【この中には、我の生み出した金属があった。これを常に持て】と――。
それは、今までひっかかっていたけれど、スルーしていたことだった。
金が、砂金がコワガミサマの体の一部?
そして、それがミツメウオの目の裏に溜まっている?
どういうことだろうか。
そもそもどうやって魚が砂金を目の裏に集めるというのだろうか。
「ついてきてください」
住職は、首をひねりつづける僕を見て、灰を載せた手押し車を動かしはじめた。
僕は急いで住職の後を追い、本堂の裏手の林を抜けたところまでついていく。するとそこには、小さな用水路があった。
住職は、欄干もなにもない橋の上から、いきなり灰を下の川にをぶちまけていく。
「な、何を……!」
すべての灰を捨て終わった住職は、僕に振り返って言った。
「ここの用水路は、境雲村を南北に流れる大きな川に通じています。そして、この灰は川によってさらに海へと流れていきます。それが何を意味するかわかりますか?」
「…………」
僕はごくりと唾を飲み込んで沈黙する。
「村のいたる場所に、この成分が沁み込むのですよ。そして、海に生息するものにも当然取り込まれます。そして……それを食べた者はすべて、自然とコワガミサマの眷属となるのです」
「………」
わけがわからない。
ケンゾク?
なんだそれは。
「この村に住む者は、必然的にコワガミサマの恩恵が受けられます。この村に住んでいない者は、精神だけがその恩恵を受けられます。その違いはこういうところにあるのですよ。ああ、なんと素晴らしいことでしょう!」
「……あ、あの……ってことは……? 僕の、か、体の中にも……?」
理解が追いつかない。
それでも、僕は必死に住職からその意味を教えてもらおうとした。
「全ての者はここへ帰るのです。あなたのおじい様、おばあ様、お父様もこうして巡っていったのですから」
「え?」
僕の、じいちゃんとばあちゃん、それに父さんも?
どういう……。
え?
「巡って……? まさか」
「ええ。そうです。誰でも、昔からこうしてきたのですよ」
そう言いながら、住職はまた手押し車を移動させ、本堂の方へ戻って行く。
「良ければこの村の成り立ちも、お教えいたしましょうか? 文献が残っていますので、本堂の方へいらっしゃい」
僕は、震える足でまたついていった。
なんだか恐ろしいことを聞かされる予感がする。
でも、ここまできて逃げるわけにはいかなかった。ジュン姉を救うためには、コワガミサマのことをこの村のことをもっと知らなければならないのだ。
手押し車を、まだ熱が残っていそうな焼却炉の横に置き、住職は本堂の横の階段を上がっていった。
僕も靴を脱ぐと本堂の中に入る。
中はやや薄暗く、ひんやりとしていた。
たくさんの仏像や仏具が整然と並んでいる。葬式の時にしかじっくりと見たことがなかったけれど、どれも金ピカで派手だった。天井や壁も、金箔が張られているからか目にまぶしい。
住職は仏像の裏に回ると、なにやら巻物を持ってきた。
「これをご覧なさい」
畳の上に、その巻かれた長い紙が広げられる。
そこには黒い触手に覆われた人や、透明な巨人、ミツメウオの大群など、奇妙な絵が描かれていた。
住職はその一端を指で指し示す。
「一番右端……ここに大きな人のようなものが描かれていますね?」
「は、はい」
それは山をも超すような、透明な巨人が地上に足を下ろしている場面だった。
「これが初期のコワガミサマです」
「えっ?」
「身の丈が一町(約百メートル)はあったと言われています。デイダラボッチなどと他の地域ではそう呼ばれていたようですがね。当時コワガミサマは、他の神様とご一緒に天から降りていらっしゃいました。そして、この地に下りられた神様だけが『コワガミサマ』と呼ばれたのだそうです」
なん、だって?
デイダラボッチ……?
そんな民間伝承の御伽噺みたいな話を聞かされるなんて。
でも、コワガミサマはたしかに実在する。であれば、これらの話も決して迷信なんかではなく……実際に起こったことなのだろう。
「この境雲村ははじめ、誰も人が住んでいない土地でした」
「え?」
「ですから、最初は人っ子ひとりいなかったのです」
そうだったんだ。
誰かしら住んでいただろうと思っていたけど、どうやらそうではなかったらしい。ただの大自然だったのか。
その「昔」というのがどれくらい大昔かはわからなかったけれど、僕はこの村の歴史に思いを馳せた。
住職の昔語りは続く。
「コワガミサマはそのことに大層困られました。なぜならコワガミサマは、人間や他の生き物が抱く『罪悪感』という負の感情を栄養にしていたからです。そのため、生き物、特に人間を呼び寄せるための策を練りました。金を山に生み出せば寄ってくると考えたのです」
「え?」
「頭地区の山に金鉱があった、という話はご存知ですか?」
「あ、ええ……はい」
金鉱。
そのおかげで、この村がかつてゴールドラッシュに沸いていたというのはちらっと聞いたことがあった。
でも、それがコワガミサマが生み出したものだったなんて……。
「あの『金』は、コワガミサマの体が変質したものだったんです。そして以来、コワガミサマはすべて精神体だけの存在ととなりました。自らの体を取り込んだものにだけ恩恵を与え、またその者たちから罪悪感をもらう。そういう共存関係を作り出されたのです」
「…………」
住職はそう言って、巻物の絵の一部をまた指し示す。
そこには金鉱に従事する人々、ミツメウオを食する人々、ミツメウオがたくさん海から捕れる図などが描かれていた。
「じゃあ、夜の村にヨソモノが現れるのは……?」
「彼らはミツメウオを食べた者か、どこかでこの村の砂金を体内に入れた者……ということになりますね」
なんて、ことだ。
ミツメウオは……頭部を取って「アジ」としてよそにも出荷されている。
それを食べた者たちが、僕らの村に精神体だけのヨソモノとなって現れる……ということか。
金は何もミツメウオの頭部だけに残留しているわけじゃない。
臓腑にも、身にも、もしかしたら少量貯められているかもしれない。
「……」
巻物には、コワガミサマの黒い触手に絡め取られているお嫁さんと思しき女性や、処分される村人たちも描かれていた。
「だいたい、おわかりになっていただけたでしょうか。では頑張って、今夜も付き人のお役目成し遂げてくださいね、矢吹龍一君」
住職は巻物を巻き直しながら、そう言ってにっこりと笑ったのだった。
「君は、矢吹龍一君……でしたね。コワガミサマのお嫁さんの、元ご友人の」
姿を現した僕に、住職はそう言った。
僕は途端にムッとなる。
「元、じゃないですよ。今も友人……です」
そう返すと、住職は無理に笑顔を作ろうとして失敗したみたいな顔になった。
「付き人に……なられたそうですね。お噂はよく聞いていますよ」
どんな噂だろう。
たぶん良くない方だ。村人にとっても、僕にとっても良くない噂。
「そう……ですか。じゃあ話が早いです。今、その焼却炉で燃やしたのって『ミツメウオ』ですよね? それも頭だけの。どうしてそんなことをこの『お寺』でやってるんですか? 僕、コワガミサマのこと全然知らなくて。この村の事も……。だから、付き人のお役目をしっかり果たすために、今いろいろ調べているんですよ」
よくもまあ口からでまかせがポンポンと出たもんだ。と、自分でも呆れてしまう。
でも割と自然な理由だったはずだ。
住職は、ちらりと焼却炉の方を見ると言った。
「この中身を、ご覧になったのですか……? なるほど。では少しお話しいたしましょう。この村と、ミツメウオ、そしてコワガミサマの関係を」
その言い方だと、その三つはすべて関係しあっているように聞こえる。
僕は、どこか嫌な予感がした。思わず身構える。
しかし、その予感はその後見事的中するのだった。
「――と、いうわけです」
「……なっ」
住職の話を総合すると、要はこの一連の儀式は、漁師たちのためでもあるし、コワガミサマのためでもあるし、村全体のためでもある、とても重要な儀式だということだった。
「はじめはふもとの漁師たちの『豊漁の願い』がきっかけでした。でも今は……これがなくてはならない儀式の一つとなっているのです」
「どういう、ことですか?」
「コワガミサマの、新たな力となっています。見てください、こちらの灰……」
そう言って、作務衣姿の住職は焼却炉の蓋を開けてみせる。
その中には白く溜まった灰があった。それをスコップで掻き出して、近くに停めてあった手押し車に載せる。
その中にはところどころ金色の粒が光っていた。
あれは……。
「見ておわかりでしょうか。この粒は、金です。そしてコワガミサマのお体の一部、でもあるのですよ」
「えっ? コワガミサマの体の一部……だって?」
「はい。そして、これには『お力』も宿っています」
「…………」
僕は絶句した。
胸元のお守り袋を無意識に掴み取る。
たしかに……これについてコワガミサマは語っていた。
【この中には、我の生み出した金属があった。これを常に持て】と――。
それは、今までひっかかっていたけれど、スルーしていたことだった。
金が、砂金がコワガミサマの体の一部?
そして、それがミツメウオの目の裏に溜まっている?
どういうことだろうか。
そもそもどうやって魚が砂金を目の裏に集めるというのだろうか。
「ついてきてください」
住職は、首をひねりつづける僕を見て、灰を載せた手押し車を動かしはじめた。
僕は急いで住職の後を追い、本堂の裏手の林を抜けたところまでついていく。するとそこには、小さな用水路があった。
住職は、欄干もなにもない橋の上から、いきなり灰を下の川にをぶちまけていく。
「な、何を……!」
すべての灰を捨て終わった住職は、僕に振り返って言った。
「ここの用水路は、境雲村を南北に流れる大きな川に通じています。そして、この灰は川によってさらに海へと流れていきます。それが何を意味するかわかりますか?」
「…………」
僕はごくりと唾を飲み込んで沈黙する。
「村のいたる場所に、この成分が沁み込むのですよ。そして、海に生息するものにも当然取り込まれます。そして……それを食べた者はすべて、自然とコワガミサマの眷属となるのです」
「………」
わけがわからない。
ケンゾク?
なんだそれは。
「この村に住む者は、必然的にコワガミサマの恩恵が受けられます。この村に住んでいない者は、精神だけがその恩恵を受けられます。その違いはこういうところにあるのですよ。ああ、なんと素晴らしいことでしょう!」
「……あ、あの……ってことは……? 僕の、か、体の中にも……?」
理解が追いつかない。
それでも、僕は必死に住職からその意味を教えてもらおうとした。
「全ての者はここへ帰るのです。あなたのおじい様、おばあ様、お父様もこうして巡っていったのですから」
「え?」
僕の、じいちゃんとばあちゃん、それに父さんも?
どういう……。
え?
「巡って……? まさか」
「ええ。そうです。誰でも、昔からこうしてきたのですよ」
そう言いながら、住職はまた手押し車を移動させ、本堂の方へ戻って行く。
「良ければこの村の成り立ちも、お教えいたしましょうか? 文献が残っていますので、本堂の方へいらっしゃい」
僕は、震える足でまたついていった。
なんだか恐ろしいことを聞かされる予感がする。
でも、ここまできて逃げるわけにはいかなかった。ジュン姉を救うためには、コワガミサマのことをこの村のことをもっと知らなければならないのだ。
手押し車を、まだ熱が残っていそうな焼却炉の横に置き、住職は本堂の横の階段を上がっていった。
僕も靴を脱ぐと本堂の中に入る。
中はやや薄暗く、ひんやりとしていた。
たくさんの仏像や仏具が整然と並んでいる。葬式の時にしかじっくりと見たことがなかったけれど、どれも金ピカで派手だった。天井や壁も、金箔が張られているからか目にまぶしい。
住職は仏像の裏に回ると、なにやら巻物を持ってきた。
「これをご覧なさい」
畳の上に、その巻かれた長い紙が広げられる。
そこには黒い触手に覆われた人や、透明な巨人、ミツメウオの大群など、奇妙な絵が描かれていた。
住職はその一端を指で指し示す。
「一番右端……ここに大きな人のようなものが描かれていますね?」
「は、はい」
それは山をも超すような、透明な巨人が地上に足を下ろしている場面だった。
「これが初期のコワガミサマです」
「えっ?」
「身の丈が一町(約百メートル)はあったと言われています。デイダラボッチなどと他の地域ではそう呼ばれていたようですがね。当時コワガミサマは、他の神様とご一緒に天から降りていらっしゃいました。そして、この地に下りられた神様だけが『コワガミサマ』と呼ばれたのだそうです」
なん、だって?
デイダラボッチ……?
そんな民間伝承の御伽噺みたいな話を聞かされるなんて。
でも、コワガミサマはたしかに実在する。であれば、これらの話も決して迷信なんかではなく……実際に起こったことなのだろう。
「この境雲村ははじめ、誰も人が住んでいない土地でした」
「え?」
「ですから、最初は人っ子ひとりいなかったのです」
そうだったんだ。
誰かしら住んでいただろうと思っていたけど、どうやらそうではなかったらしい。ただの大自然だったのか。
その「昔」というのがどれくらい大昔かはわからなかったけれど、僕はこの村の歴史に思いを馳せた。
住職の昔語りは続く。
「コワガミサマはそのことに大層困られました。なぜならコワガミサマは、人間や他の生き物が抱く『罪悪感』という負の感情を栄養にしていたからです。そのため、生き物、特に人間を呼び寄せるための策を練りました。金を山に生み出せば寄ってくると考えたのです」
「え?」
「頭地区の山に金鉱があった、という話はご存知ですか?」
「あ、ええ……はい」
金鉱。
そのおかげで、この村がかつてゴールドラッシュに沸いていたというのはちらっと聞いたことがあった。
でも、それがコワガミサマが生み出したものだったなんて……。
「あの『金』は、コワガミサマの体が変質したものだったんです。そして以来、コワガミサマはすべて精神体だけの存在ととなりました。自らの体を取り込んだものにだけ恩恵を与え、またその者たちから罪悪感をもらう。そういう共存関係を作り出されたのです」
「…………」
住職はそう言って、巻物の絵の一部をまた指し示す。
そこには金鉱に従事する人々、ミツメウオを食する人々、ミツメウオがたくさん海から捕れる図などが描かれていた。
「じゃあ、夜の村にヨソモノが現れるのは……?」
「彼らはミツメウオを食べた者か、どこかでこの村の砂金を体内に入れた者……ということになりますね」
なんて、ことだ。
ミツメウオは……頭部を取って「アジ」としてよそにも出荷されている。
それを食べた者たちが、僕らの村に精神体だけのヨソモノとなって現れる……ということか。
金は何もミツメウオの頭部だけに残留しているわけじゃない。
臓腑にも、身にも、もしかしたら少量貯められているかもしれない。
「……」
巻物には、コワガミサマの黒い触手に絡め取られているお嫁さんと思しき女性や、処分される村人たちも描かれていた。
「だいたい、おわかりになっていただけたでしょうか。では頑張って、今夜も付き人のお役目成し遂げてくださいね、矢吹龍一君」
住職は巻物を巻き直しながら、そう言ってにっこりと笑ったのだった。
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