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第三章 反逆
25、村の偵察
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0702/15:30/ナギサちゃん/鎖橋地区
その日、僕は学校が終わると一目散に「鎖橋地区」へと向かった。
鎖橋地区は境雲村の南東部にある、港を中心とした漁師たちの居住区だ。
でも、僕にはあまりなじみのない場所だった。
その先の灯台には、ジュン姉と何度か遊びに行ったことがあるけれど。でもそれ以外は特に用のない地区だった。
偵察のためとはいえ、その近辺をうろつくのはちょっと緊張する。
誰かに声をかけられたりしないだろうか……。
商店通りの先の橋を渡って、海沿いの細い道を進んでいく。すると、やがて鎖橋地区の中心部が見えてきた。
港と市場がある。
そして、その後ろには山肌にへばりつくように漁師たちの家々が軒を連ねていた。
僕は適当な場所に自転車を停めると、目的の場所へと向かう。
魚と言えば「市場」だ。
でも、今から市場へ行っても、たぶんもう魚は一匹も残ってないはずだと思った。
かつて、じいちゃんが言っていた。
魚はすべて朝の早い時間に水揚げされる。そして、新鮮なうちに各方面へと運ばれていく、と。だから魚はだいたい午前中ではけるのだ。
向かうのは市場(そっち)じゃない。
行くなら、まだ魚を「加工」しているかもしれない「鮮魚センター」だ。
「おっ、ここだな。でかいな……」
鮮魚センターは、一見すると工場みたいな外観の大きな建物だった。壁にでっかく「鮮魚センター」という文字が書かれている。
ここはお店ではない。
あくまで加工場だ。
でもここから村人用の魚も配送されている。
建物は窓がほとんどなく、入り口は巨大な金属製の引き戸になっていた。ひっきりなしにいろんな人や、荷物を載せたフォークリフトが出入りしている。そして、強烈な魚の臭い。
「うーん、ここからじゃよくわからないな……」
門の外から眺めていてもまるっきり中の様子はわからない。それに、人目がかなりあったので侵入するのは難しそうだった。このままここにいても、いずれ怪しまれてしまうだろう。
僕は表門から離れると、建物の裏口に回ることにした。
「ええと……ここ、かな」
裏口の門からのぞくと、白い発泡スチロール製の「使い古された」箱が、いくつも壁沿いに積まれていた。
あれは……何が入ってるんだろう。
蓋の端から血みたいなのが見えるから、もしかしたら産業廃棄物としてこれから捨てられる魚が入っているのかもしれない。
「おーい、もう今日の分はないかー?」
「ああ、もうそれで最後だ」
しばらくすると、建物の奥からそんな声がした。
白い箱を積んだ台車を押すひとりの男が出てくる。男の側には女の子がひとりついてきていたが、その子は以前商店通りで見た少女「ナギサ」だった。肩の先の髪が、今日も元気よく外ハネしている。
「ねえ、父さん。わたしもそれお手伝いしに行っていい?」
父さんと呼んでいるということはあの二人は親子か。
「ダメだ。これは大人の仕事だ。お前はまた商店通りのお店に魚を配達して来い。夜の分の魚をくれって、さっき電話があったばかりだぞ」
「……わかった。でも、なんでその魚だけ山のお寺に持っていくの? 不思議だよね。ただのゴミなのに」
お寺……?
魚をお寺に? あれはたぶん何かしらの魚が入っているんだろう。それをどうして……?
そう思っていると、男はナギサの頭に手をポンと置いた。
「これはな、コワガミサマへの供物なんだ。これをお寺で処分してもらうことで、さらにコワガミサマの力が増すんだとよ」
「へえー……。でも神社じゃなくてお寺なんて、なんか変だよねー」
「まあな。でもお寺も、元は神社の一部だったみたいだ。良く知らんがな」
「ふーん。まあ、気を付けて行ってきてね、父さん」
「ああ」
ナギサはそう言って、父親に手を振った。
父親は軽トラックの荷台にその白い箱を置くと、「じゃあ行ってくる」と言って車を発進させていく。僕はとっさに物陰に隠れて、それをやり過ごした。
なんだ……? どういうことだ。
コワガミサマの供物?
魚が?
ミツメウオのことも気になるけれど、とりあえずはあの男の後を追った方がいいのかもしれない。僕はさっそく自転車を取りに行こうと立ち上がった。
「あっ! あんたは……この間の!」
「げっ」
立ち上がった拍子に、ナギサという少女に見つかってしまった。
ナギサは妙な顔をしてこちらにやってくる。
「そこで何してるの?」
「え、いや……ミツメウオを……」
「え? ミツメウオ? 何、欲しいの? あとで家に届けてあげようか」
「いや、ちょっと……そうじゃないんだ。この間はぶつかりそうになっちゃって、ごめん」
急いでお寺に行きたいのを我慢して、ナギサに謝る。
変にいろいろ訊かれても困るで、この間のことを持ち出してみた。すると、
「あー、いいよ。別にわたしはぶつかってはなかったし。それより……あんたの方こそ大丈夫だった?」
また年下に気遣われた。
僕はあさっての方向を見て適当に返す。
「ああ、別に僕も、腰とかなんともなかったよ。大丈夫」
「あ、いや。そっちじゃなくて……天罰の方」
言われて、ぎくりとした。
そうだ。ミツメウオの奇妙な特性に気付いたのは、それがはじまりだったのだ……。「ミツメウオに見つめられた人間は、コワガミサマの天罰を受ける」、そんな奇妙な迷信が僕に当てはまるのではないかと、定食屋兼居酒屋「海女」の店主、入江さんは指摘した。
僕はごくりと喉を鳴らして答える。
「うん……な、なんとかね。大丈夫だったよ」
「そう。ならいいけど。あんた……コワガミサマのお嫁さんの付き人になってるんだって? 入江さんに聞いたよ。それなのに、いろいろと……やらかしてるって」
「君には関係ないことだ」
僕はそう言い捨てると背を向けた。
けれど、ナギサは僕の前に回ってしつこく食い下がってくる。
「関係なくなんてない! コワガミサマは……この村の守り神様なんだよ? その神様を怒らせるなんて……。みんなの願いが叶わなくなっちゃったらどうするのさ!?」
「…………」
ああ、この子も。
何の疑問も持たず、この村に染まってしまっているんだ……。
そう思うと、僕はなんとも悲しい気持ちになった。
「ごめん。でも……僕は僕の願いを、どんなことをしてでも叶えたいんだ」
「え……?」
「それは、コワガミサマにもたぶん叶えられない願いだ。だって、コワガミサマのせいで僕の願いは叶わなくなっちゃったんだから……」
「え……え? それ、どういうこと? コワガミサマはどんな願いでも叶えてくれるって……」
驚いた顔をしているナギサに、僕は告げる。
「僕はね、大切な人をコワガミサマに奪われちゃったんだよ。だから、僕は僕の願いを、コワガミサマ抜きで叶えなきゃならないんだ」
「それって……」
「それじゃさよなら」
それ以上言ってもたぶん意味はない。だから、僕は今度こそその場から立ち去った。
自転車のあるところまで行って、それから鎖和墓地へと向かう。
「はあ、はあ……」
息が切れる。
本当に、僕は体力がない。
猛暑の中、急な坂道を自転車で昇っていく。
日差しはもう真夏のそれとなっていた。じりじりと肌を焦がしている。
「ジュン姉がコワガミサマのお嫁さんになってから、もう三か月が経とうとしているのか……はあ……」
七折階段の下までたどり着くと、ナギサの父が乗っていた軽トラックが停まっていた。僕は自転車を下りて階段を登っていく。
途中でナギサの父親が下りてきて、出くわすかもしれないと思ったが、別に構わなかった。
最後の気力を振り絞って階段を登りきる。
墓地には海からの風が心地よく吹き付けていた。
昼間見る鎖和墓地はあまり陰気な感じがしない。まあ、もともとここにはじいちゃんもばあちゃんも、父さんも眠っていたし、不気味というよりは親近感のある場所だったけど。
墓地の真ん中の道を進み、奥の山門をくぐる。
そこには「東鎖寺」と書かれた看板がかかっていた。
ここにも「鎖」の文字だ。
東京で会ったオカルト雑誌の記者、成神さんは、これには「左」の意味があるって言っていたけど……。
とりあえずそれを考えるのはあとまわしにした。
まずはナギサの父親を見つけないと……。
山門の先には本堂があり、僕は近くを歩き回ってみた。すると、本堂の裏手から話し声が聞こえてくる。行ってみると、ナギサの父と寺の住職がいた。
「……!」
二人の前には大きな焼却炉、のようなものがある。そしてナギサの父親は、その中にさっきの白い箱の中身を全部ぶちこんでいた。
「いつも運んでくださって、ありがとうございます」
つるつる頭の住職が手を合わせながら、ナギサの父にお礼を言っている。
「いやいや、いいんですよ。これは鎖橋地区の昔からのしきたりです。このおかげで漁も毎年上手くいってるんですから、ありがたいのはむしろこちらの方ですよ」
このおかげで漁が上手くいってる?
どういうことだろうか。
「しきたりというか、そもそもはコワガミサマとの約束、なんですね。このミツメウオをこの寺で焼けば、不漁にはしないという」
「そうでした」
なんだって?
ミツメウオを寺で焼く?
僕は住職の話を聞いて耳を疑った。
まさか……あの箱の中身はミツメウオ?
そしてこれは……誰かの願い、を叶える儀式なのか。
たぶん、「豊漁」を願ったんだ。鎖橋地区の誰かが。そして、その代わりにこんなことを義務でさせられるようになったんだ。
「ああ、まだ残ってた」
ナギサの父が、白い箱の中から最後のひとつをつまみあげる。
それは、ミツメウオの頭部だった。
加工するときに出た、産業廃棄物……か。それが一杯箱に入っていたのだ。きっと、他の魚は普通にゴミ焼却場に運ばれていき、このミツメウオのゴミだけはこの寺に運ばれてくる。そうに違いない。
「じゃあ、あとはよろしくおねがいしますね」
「はい。ではまた明日」
男二人は別れの挨拶をすませると、ナギサの父だけがこっちに戻ってきた。
僕はお堂の陰に隠れて、それをやり過ごす。
一方住職はと見ると、焼却炉の蓋を閉めて、何かのスイッチを押していた。
しばらく経つと煙突から白い煙が上りはじめる。
「あれは、ミツメウオを燃やしてるのか……?」
住職のお経をあげる声があたりに朗々と響きはじめる。
僕は、それをじっと遠くから眺めた。
やがて、煙が出なくなるとお経が止み、住職が顔を上げる。そしてまっすぐ僕の方を向いてきた。
「出てきなさい。そこにいるのはわかっていますよ」
「……」
僕は、心臓をばくばくさせながら、住職の前に姿を現したのだった。
その日、僕は学校が終わると一目散に「鎖橋地区」へと向かった。
鎖橋地区は境雲村の南東部にある、港を中心とした漁師たちの居住区だ。
でも、僕にはあまりなじみのない場所だった。
その先の灯台には、ジュン姉と何度か遊びに行ったことがあるけれど。でもそれ以外は特に用のない地区だった。
偵察のためとはいえ、その近辺をうろつくのはちょっと緊張する。
誰かに声をかけられたりしないだろうか……。
商店通りの先の橋を渡って、海沿いの細い道を進んでいく。すると、やがて鎖橋地区の中心部が見えてきた。
港と市場がある。
そして、その後ろには山肌にへばりつくように漁師たちの家々が軒を連ねていた。
僕は適当な場所に自転車を停めると、目的の場所へと向かう。
魚と言えば「市場」だ。
でも、今から市場へ行っても、たぶんもう魚は一匹も残ってないはずだと思った。
かつて、じいちゃんが言っていた。
魚はすべて朝の早い時間に水揚げされる。そして、新鮮なうちに各方面へと運ばれていく、と。だから魚はだいたい午前中ではけるのだ。
向かうのは市場(そっち)じゃない。
行くなら、まだ魚を「加工」しているかもしれない「鮮魚センター」だ。
「おっ、ここだな。でかいな……」
鮮魚センターは、一見すると工場みたいな外観の大きな建物だった。壁にでっかく「鮮魚センター」という文字が書かれている。
ここはお店ではない。
あくまで加工場だ。
でもここから村人用の魚も配送されている。
建物は窓がほとんどなく、入り口は巨大な金属製の引き戸になっていた。ひっきりなしにいろんな人や、荷物を載せたフォークリフトが出入りしている。そして、強烈な魚の臭い。
「うーん、ここからじゃよくわからないな……」
門の外から眺めていてもまるっきり中の様子はわからない。それに、人目がかなりあったので侵入するのは難しそうだった。このままここにいても、いずれ怪しまれてしまうだろう。
僕は表門から離れると、建物の裏口に回ることにした。
「ええと……ここ、かな」
裏口の門からのぞくと、白い発泡スチロール製の「使い古された」箱が、いくつも壁沿いに積まれていた。
あれは……何が入ってるんだろう。
蓋の端から血みたいなのが見えるから、もしかしたら産業廃棄物としてこれから捨てられる魚が入っているのかもしれない。
「おーい、もう今日の分はないかー?」
「ああ、もうそれで最後だ」
しばらくすると、建物の奥からそんな声がした。
白い箱を積んだ台車を押すひとりの男が出てくる。男の側には女の子がひとりついてきていたが、その子は以前商店通りで見た少女「ナギサ」だった。肩の先の髪が、今日も元気よく外ハネしている。
「ねえ、父さん。わたしもそれお手伝いしに行っていい?」
父さんと呼んでいるということはあの二人は親子か。
「ダメだ。これは大人の仕事だ。お前はまた商店通りのお店に魚を配達して来い。夜の分の魚をくれって、さっき電話があったばかりだぞ」
「……わかった。でも、なんでその魚だけ山のお寺に持っていくの? 不思議だよね。ただのゴミなのに」
お寺……?
魚をお寺に? あれはたぶん何かしらの魚が入っているんだろう。それをどうして……?
そう思っていると、男はナギサの頭に手をポンと置いた。
「これはな、コワガミサマへの供物なんだ。これをお寺で処分してもらうことで、さらにコワガミサマの力が増すんだとよ」
「へえー……。でも神社じゃなくてお寺なんて、なんか変だよねー」
「まあな。でもお寺も、元は神社の一部だったみたいだ。良く知らんがな」
「ふーん。まあ、気を付けて行ってきてね、父さん」
「ああ」
ナギサはそう言って、父親に手を振った。
父親は軽トラックの荷台にその白い箱を置くと、「じゃあ行ってくる」と言って車を発進させていく。僕はとっさに物陰に隠れて、それをやり過ごした。
なんだ……? どういうことだ。
コワガミサマの供物?
魚が?
ミツメウオのことも気になるけれど、とりあえずはあの男の後を追った方がいいのかもしれない。僕はさっそく自転車を取りに行こうと立ち上がった。
「あっ! あんたは……この間の!」
「げっ」
立ち上がった拍子に、ナギサという少女に見つかってしまった。
ナギサは妙な顔をしてこちらにやってくる。
「そこで何してるの?」
「え、いや……ミツメウオを……」
「え? ミツメウオ? 何、欲しいの? あとで家に届けてあげようか」
「いや、ちょっと……そうじゃないんだ。この間はぶつかりそうになっちゃって、ごめん」
急いでお寺に行きたいのを我慢して、ナギサに謝る。
変にいろいろ訊かれても困るで、この間のことを持ち出してみた。すると、
「あー、いいよ。別にわたしはぶつかってはなかったし。それより……あんたの方こそ大丈夫だった?」
また年下に気遣われた。
僕はあさっての方向を見て適当に返す。
「ああ、別に僕も、腰とかなんともなかったよ。大丈夫」
「あ、いや。そっちじゃなくて……天罰の方」
言われて、ぎくりとした。
そうだ。ミツメウオの奇妙な特性に気付いたのは、それがはじまりだったのだ……。「ミツメウオに見つめられた人間は、コワガミサマの天罰を受ける」、そんな奇妙な迷信が僕に当てはまるのではないかと、定食屋兼居酒屋「海女」の店主、入江さんは指摘した。
僕はごくりと喉を鳴らして答える。
「うん……な、なんとかね。大丈夫だったよ」
「そう。ならいいけど。あんた……コワガミサマのお嫁さんの付き人になってるんだって? 入江さんに聞いたよ。それなのに、いろいろと……やらかしてるって」
「君には関係ないことだ」
僕はそう言い捨てると背を向けた。
けれど、ナギサは僕の前に回ってしつこく食い下がってくる。
「関係なくなんてない! コワガミサマは……この村の守り神様なんだよ? その神様を怒らせるなんて……。みんなの願いが叶わなくなっちゃったらどうするのさ!?」
「…………」
ああ、この子も。
何の疑問も持たず、この村に染まってしまっているんだ……。
そう思うと、僕はなんとも悲しい気持ちになった。
「ごめん。でも……僕は僕の願いを、どんなことをしてでも叶えたいんだ」
「え……?」
「それは、コワガミサマにもたぶん叶えられない願いだ。だって、コワガミサマのせいで僕の願いは叶わなくなっちゃったんだから……」
「え……え? それ、どういうこと? コワガミサマはどんな願いでも叶えてくれるって……」
驚いた顔をしているナギサに、僕は告げる。
「僕はね、大切な人をコワガミサマに奪われちゃったんだよ。だから、僕は僕の願いを、コワガミサマ抜きで叶えなきゃならないんだ」
「それって……」
「それじゃさよなら」
それ以上言ってもたぶん意味はない。だから、僕は今度こそその場から立ち去った。
自転車のあるところまで行って、それから鎖和墓地へと向かう。
「はあ、はあ……」
息が切れる。
本当に、僕は体力がない。
猛暑の中、急な坂道を自転車で昇っていく。
日差しはもう真夏のそれとなっていた。じりじりと肌を焦がしている。
「ジュン姉がコワガミサマのお嫁さんになってから、もう三か月が経とうとしているのか……はあ……」
七折階段の下までたどり着くと、ナギサの父が乗っていた軽トラックが停まっていた。僕は自転車を下りて階段を登っていく。
途中でナギサの父親が下りてきて、出くわすかもしれないと思ったが、別に構わなかった。
最後の気力を振り絞って階段を登りきる。
墓地には海からの風が心地よく吹き付けていた。
昼間見る鎖和墓地はあまり陰気な感じがしない。まあ、もともとここにはじいちゃんもばあちゃんも、父さんも眠っていたし、不気味というよりは親近感のある場所だったけど。
墓地の真ん中の道を進み、奥の山門をくぐる。
そこには「東鎖寺」と書かれた看板がかかっていた。
ここにも「鎖」の文字だ。
東京で会ったオカルト雑誌の記者、成神さんは、これには「左」の意味があるって言っていたけど……。
とりあえずそれを考えるのはあとまわしにした。
まずはナギサの父親を見つけないと……。
山門の先には本堂があり、僕は近くを歩き回ってみた。すると、本堂の裏手から話し声が聞こえてくる。行ってみると、ナギサの父と寺の住職がいた。
「……!」
二人の前には大きな焼却炉、のようなものがある。そしてナギサの父親は、その中にさっきの白い箱の中身を全部ぶちこんでいた。
「いつも運んでくださって、ありがとうございます」
つるつる頭の住職が手を合わせながら、ナギサの父にお礼を言っている。
「いやいや、いいんですよ。これは鎖橋地区の昔からのしきたりです。このおかげで漁も毎年上手くいってるんですから、ありがたいのはむしろこちらの方ですよ」
このおかげで漁が上手くいってる?
どういうことだろうか。
「しきたりというか、そもそもはコワガミサマとの約束、なんですね。このミツメウオをこの寺で焼けば、不漁にはしないという」
「そうでした」
なんだって?
ミツメウオを寺で焼く?
僕は住職の話を聞いて耳を疑った。
まさか……あの箱の中身はミツメウオ?
そしてこれは……誰かの願い、を叶える儀式なのか。
たぶん、「豊漁」を願ったんだ。鎖橋地区の誰かが。そして、その代わりにこんなことを義務でさせられるようになったんだ。
「ああ、まだ残ってた」
ナギサの父が、白い箱の中から最後のひとつをつまみあげる。
それは、ミツメウオの頭部だった。
加工するときに出た、産業廃棄物……か。それが一杯箱に入っていたのだ。きっと、他の魚は普通にゴミ焼却場に運ばれていき、このミツメウオのゴミだけはこの寺に運ばれてくる。そうに違いない。
「じゃあ、あとはよろしくおねがいしますね」
「はい。ではまた明日」
男二人は別れの挨拶をすませると、ナギサの父だけがこっちに戻ってきた。
僕はお堂の陰に隠れて、それをやり過ごす。
一方住職はと見ると、焼却炉の蓋を閉めて、何かのスイッチを押していた。
しばらく経つと煙突から白い煙が上りはじめる。
「あれは、ミツメウオを燃やしてるのか……?」
住職のお経をあげる声があたりに朗々と響きはじめる。
僕は、それをじっと遠くから眺めた。
やがて、煙が出なくなるとお経が止み、住職が顔を上げる。そしてまっすぐ僕の方を向いてきた。
「出てきなさい。そこにいるのはわかっていますよ」
「……」
僕は、心臓をばくばくさせながら、住職の前に姿を現したのだった。
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