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第三章 反逆
24、繰り返す日々
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0405/18:30/ジュン姉/住宅地
それからまた僕とジュン姉は「夜のお役目」にとりかかった。
たしかに、昨夜たくさん片付けておいたので、ヨソモノの数は減っていた。だからとても楽だった。
でも……ジュン姉とは、昨日のような和やさではいられなかった。
ほとんど黙っていて、気まずい感じ。
淡々とヨソモノの願いを叶えていくだけ、だった。
僕は間違ったことはしていないはずだ。
でもジュン姉には……ものすごくガッカリされてしまったようだ。ジュン姉はジュン姉なりに僕のことを考えていたのに、それを僕は全部台無しにしてしまったのだ。
それは、怒りもするだろう。
でも……僕はそれじゃあ嫌だったんだ。
ジュン姉に守られてる、っていう状態は。
こんな、コワガミサマに毎回体をきつく縛り上げられて、苦しんでいるジュン姉を見るのは。
ジュン姉が、コワガミサマや村の所有物になっているのはもう……全部嫌だったんだ。
だから、どうしても、僕が助けたかった。
「リュー君」
「……!」
ふいに呼び止められて、ジュン姉を見る。
ジュン姉は相変わらず、白いタコのお面を被っていて、今どんな表情でいるのかはわからなかった。けれど、声の感じからしてものすごく真面目な顔をしているっていうのがわかった。
「わたしさ、いっつも『人生終わりだー』って思ってたんだ」
「え? 何、突然……。終わり?」
僕はどういう意図でそんなことを言い出したのかわからなくて首をかしげる。
「うん。ほら、わたし学校に行けなくなってたじゃない? ずっと。小学校高学年ぐらいからさ」
「あ、うん……」
ジュン姉は筋金入りの自由人、だった。
だからずっと周りに合わせられなくて、学校に行けなくなって、それで引きこもりになった。
小学校低学年くらいまでは、わがままにふるまっても先生のお叱りを度々受けるだけで済んでいた。でも、中学年ぐらいになると、その自由奔放さは他のクラスメイトに悪影響を与えるという評価になり、高学年の頃にはクラスメイトからも厄介者扱いされるようになってしまった。
ジュン姉自身も、その頃には他人と付き合うのがほぼ完全に無理となっていた。
とにかく、「型にはまる」というのが大嫌いな人だった。
人間というより「生物として生きる」というのが正しい人。
いつも自分の身の周りのことだけに集中していて、他にはまったく興味を示さない。
僕は、物心ついた時からこの隣の家の不思議なお姉さんと親しくしていたので、僕だけは彼女に受け入れられているというのがとても嬉しかった。
でも、学校の人たちは、違うようだった。「普通はこうでしょ」とか「普通はこんなことしないよ」とか、ジュン姉にいちいちダメ出ししてくるのだ。ジュン姉はそんなことしたことないのに。
ジュン姉のお父さんお母さんも、ジュン姉が、あまりにも周りの人と上手くいってないので、ジュン姉の考え方を否定するようになってしまっていた。あんまりいろんな人に否定されるので、ジュン姉はやがて自分を守るために自分だけの殻に引きこもるようになってしまった……。
以来、僕にしか心を開こうとしていない。
「引きこもって、リュー君だけとしか会わなくなってさ。それはそれで楽しかったけど、でも『あーもうわたしは人として終わりなんだー』ってずっと思ってた……。お父さんも、お母さんも死んだら、きっと自分だけじゃ生きていけない。それくらい、ポンコツ人間なんだ」
「そんなこと――」
「そんなこと、あるよー? リュー君だけだよ、わたしを『普通』と思ってくれるのは。……ありがと。でも、きっとわたし、どこへ行ってもうまくやれないんだ。働くなんて絶対無理。だから、そういうの、早くから色々わかってたから、だからわたしはお父さんとお母さんが養ってくれているうちは、将来のことなんて考えずにずーっとリュー君と遊んでたいって思ってたの」
「ジュン姉……」
ジュン姉がかくんと下を向く。
「あーあ、あの日々がずっと続いてるうちは、現実を見なくて済んだのにな。でも……コワガミサマのお嫁さんに選ばれちゃって、わたしはこういう役目しかないんだ、むしろこういう役目なら一人でも生きて行けるんだーって、思っちゃったらさ。あの話を……受けるしかなくなってた。お父さんお母さんの……ためでもあったし」
なんとなく、ジュン姉の声が沈んでいる気がした。
それでも止めずにジュン姉は話しつづける。
「でも、やっぱりリュー君とだけは離れたくなくて……。わたし、悪あがき……しちゃった。コワガミサマにリュー君をわたしの付き人にしてって、お願いしちゃったの。夜の村が怖くなくなるまでって期限付きだったけど、わたし、ずっと怖いままでいさせてってそれも追加でお願いしてて。それで……」
「え? 怖いままでいさせてって、それ……え? 本当は違うの? ねえ? あと、なんでそれ……どうやって叶えたの……?」
ヨソモノも、村人も、お願いを叶えてもらうためには対価が必要になる。
罪悪感をコワガミサマに捧げないといけないのだ。
その強い罪悪感を抱くためには、嫌な行動をあえてしなければならなくなるのだが……。
ジュン姉は……いったいその願いをどれだけの罪悪感と引き換えにしたのだろうか。
たしか「僕と夢で逢う」という願いも叶えてもらってるはずだ。
だとしたら……。三つも……?
「ふふ。それは、リュー君には教えたくないな」
「えっ?」
「どうやって叶えてもらったか、なんて……それを知ったら、きっとリュー君に嫌われちゃう」
「な、なんで……」
僕は嫌な予感がした。ごくりと唾を飲み込む。
ジュン姉はお面の内側でふふっと笑い声を漏らすと、唐突に話を変えた。
「とにかく。わたしはすっごく頑張って今の状態を手に入れてるから……リュー君も、リュー君なりにいろいろ頑張ったんだろうだけど……でもわたしは、それをあまり喜んでない……ごめん」
「なっ、ジュン姉!?」
喜んでない……だって?
喜んでない?
何で?
何で僕の方法を、拒絶……する?
コワガミサマのお嫁さんを辞めたくないって、こと?
「ごめんね、リュー君」
「…………」
僕は黙ったままジュン姉を見つめた。
いや、きっと本心では違うはずだ。そう……信じ込まないとやってられない。
いろいろと諦めてしまったのだろうか。
うん。ジュン姉はとても親思いだ。
だから僕のことや、自分自身のこともちゃんと考えられないのかもしれない。お父さんとお母さんのことを第一に考えてるから、自分に都合のいいことだけを選べないんだ。きっと。
ジュン姉は、本来は外国でも宇宙でも、どこでだって自由に生きれる人だ。
でも、不登校になってから一度も村から出ていない。
とすれば、それは親を思って……両親を心配させまいと、遠くまでは行かないようにしていせいだろう。
そう思うとすごく悲しかった。
「さー、次のヨソモノを探しに行こうか」
僕は悲しい気持ちでジュン姉のあとについていった。
翌日から、僕は何にも期待しなくなってしまった。
ジュン姉にはもう何も言わない。
言っても聞く耳を持ってくれないからだ。所詮僕は非力な人間だ。そんな人間から何と言われてもそれはたいしてジュン姉の胸には響かないだろう。
成神さんが来るまでは。
成神さんが来たら、きっと事態は好転するはず。
だから、それまでは極力おとなしくしていようと思った。
僕にはなんにもできない。だってただの中学生なんだ。なんの力も持ってないし、管理された箱庭の中であがくだけだ。コワガミサマから許可された行動しかできない、木偶人形……。
僕は来る日も来る日も、そんな鬱屈とした思いを抱きながら、ジュン姉と共にヨソモノの願いを叶え続けていった。
来る日も来る日も。
悲しい夜のデートをひたすら、繰り返し続けた――。
「はあ……。それにしてもこの魚、変な形してるけどやっぱり美味いんだよなぁ」
ある日の夕方。
僕は自宅で、冷蔵庫の中に入れられていたミツメウオをグリルで焼いていた。香ばしいにおいが部屋に充満する。
今日は母さんは仕事で遅くなる、と言っていた。
あれから、母さんは特に僕に何か言うことはなくなった。
完全に僕を信頼しているか、それか僕が妙なことを言ったりやったりして村人たちから反感を買わないように、刺激をあえて与えないようにしているのだろう。
「きっと、頭地区の人とかに言われたんだろうな。息子に変な気を起こさせるようなことを言うなよ、とか……」
母さんは隣町の貝瀬市役所で働いている、公務員だ。
境雲村は三十年程前に貝瀬市に吸収合併させられた。
村には一応前の役場があった建物が残っているが、現在はほとんど機能していない。職員も一人だけいるにはいるが、たんなる連絡係に過ぎなかった。
簡単な質問には受け答えするが、重要な手続きは直接貝瀬市に行ってもらうようになっている。
だから、村人は貝瀬市役所に行ったときに母さんと会うのだ。
母さんは、居心地の悪い思いをしているかもしれない。
嫌味とか言われたり。好奇の視線を向けられたり。僕も今後そうされるのかわからないけど、母さんがそうされるのだけは嫌だった。
「はあ……」
海開きの日がやってくるまで、ずっとこのモヤモヤが続くのだろうか。
無力な自分を嫌悪し続ける日々が……。
「あと、少しの我慢だよね」
壁のカレンダーを見て、そう自分を納得させる。
七月と書かれた青い朝顔が描かれたカレンダー。
もう、夏がやって来ていた。
海開きまで残りあと約三週間。もう一度、僕は「もう少しの我慢だ」とつぶやく。
魚が焼き上がり、僕はそれを平たい皿に載せると、さらに炊き上がった白米をご飯茶碗によそい、醤油さしも一緒に持って食卓に向かった。
食卓にそれらを置いてから、「いただきます」と手を合わせる。
ほくほくとした魚の身が美味しい。
夢中で食べていると、いつのまにか骨だけになった。
箸でまだ身が残ってそうな所をいじる。すると、ふと頭の部分に箸の先端が突き刺さった。
「ん?」
ちょうど頭のてっぺんの、三個目の目の真ん中の部分だった。
突き刺さった勢いで、どろりと眼球が皿の上に零れ落ちる。
眼球もまた美味いんじゃぞ、とよくじいちゃんが言っていた。けど……僕はあの触感がどうしても受け入れられなくて、いつも残してしまっていた。
今改めて見ても、あまり食欲はそそられない。
「……あ、あれ?」
ふと妙な輝きをその眼球の裏に見つけた。
「これは……!」
それは、砂金のような粒だった。
びっしりと細かい粒がたくさん付着している。箸先で触ってみると、しっかりとした固さがあった。まさか……と思いつつ、いや、金色をした骨か何かだと思い込む。砂金じゃない。そんなことがあるわけがない。
でもどう見ても……あの足下ヶ浜でジュン姉が拾ったのと、同じ輝きだった。
「なんで、魚の目の裏に……?」
この魚は一般の市場へは、頭を切り落として出荷される。そのままだと奇形のため、気味悪がられるからだ。
でも、境雲村では丸々この姿で取引されている……。
これは、何か秘密がありそうだと僕は思った。探れば、謎のひとつも出てくるかもしれない。
僕は……明日学校の帰りに、漁港へ聞き込みに行ってみることにした。
それからまた僕とジュン姉は「夜のお役目」にとりかかった。
たしかに、昨夜たくさん片付けておいたので、ヨソモノの数は減っていた。だからとても楽だった。
でも……ジュン姉とは、昨日のような和やさではいられなかった。
ほとんど黙っていて、気まずい感じ。
淡々とヨソモノの願いを叶えていくだけ、だった。
僕は間違ったことはしていないはずだ。
でもジュン姉には……ものすごくガッカリされてしまったようだ。ジュン姉はジュン姉なりに僕のことを考えていたのに、それを僕は全部台無しにしてしまったのだ。
それは、怒りもするだろう。
でも……僕はそれじゃあ嫌だったんだ。
ジュン姉に守られてる、っていう状態は。
こんな、コワガミサマに毎回体をきつく縛り上げられて、苦しんでいるジュン姉を見るのは。
ジュン姉が、コワガミサマや村の所有物になっているのはもう……全部嫌だったんだ。
だから、どうしても、僕が助けたかった。
「リュー君」
「……!」
ふいに呼び止められて、ジュン姉を見る。
ジュン姉は相変わらず、白いタコのお面を被っていて、今どんな表情でいるのかはわからなかった。けれど、声の感じからしてものすごく真面目な顔をしているっていうのがわかった。
「わたしさ、いっつも『人生終わりだー』って思ってたんだ」
「え? 何、突然……。終わり?」
僕はどういう意図でそんなことを言い出したのかわからなくて首をかしげる。
「うん。ほら、わたし学校に行けなくなってたじゃない? ずっと。小学校高学年ぐらいからさ」
「あ、うん……」
ジュン姉は筋金入りの自由人、だった。
だからずっと周りに合わせられなくて、学校に行けなくなって、それで引きこもりになった。
小学校低学年くらいまでは、わがままにふるまっても先生のお叱りを度々受けるだけで済んでいた。でも、中学年ぐらいになると、その自由奔放さは他のクラスメイトに悪影響を与えるという評価になり、高学年の頃にはクラスメイトからも厄介者扱いされるようになってしまった。
ジュン姉自身も、その頃には他人と付き合うのがほぼ完全に無理となっていた。
とにかく、「型にはまる」というのが大嫌いな人だった。
人間というより「生物として生きる」というのが正しい人。
いつも自分の身の周りのことだけに集中していて、他にはまったく興味を示さない。
僕は、物心ついた時からこの隣の家の不思議なお姉さんと親しくしていたので、僕だけは彼女に受け入れられているというのがとても嬉しかった。
でも、学校の人たちは、違うようだった。「普通はこうでしょ」とか「普通はこんなことしないよ」とか、ジュン姉にいちいちダメ出ししてくるのだ。ジュン姉はそんなことしたことないのに。
ジュン姉のお父さんお母さんも、ジュン姉が、あまりにも周りの人と上手くいってないので、ジュン姉の考え方を否定するようになってしまっていた。あんまりいろんな人に否定されるので、ジュン姉はやがて自分を守るために自分だけの殻に引きこもるようになってしまった……。
以来、僕にしか心を開こうとしていない。
「引きこもって、リュー君だけとしか会わなくなってさ。それはそれで楽しかったけど、でも『あーもうわたしは人として終わりなんだー』ってずっと思ってた……。お父さんも、お母さんも死んだら、きっと自分だけじゃ生きていけない。それくらい、ポンコツ人間なんだ」
「そんなこと――」
「そんなこと、あるよー? リュー君だけだよ、わたしを『普通』と思ってくれるのは。……ありがと。でも、きっとわたし、どこへ行ってもうまくやれないんだ。働くなんて絶対無理。だから、そういうの、早くから色々わかってたから、だからわたしはお父さんとお母さんが養ってくれているうちは、将来のことなんて考えずにずーっとリュー君と遊んでたいって思ってたの」
「ジュン姉……」
ジュン姉がかくんと下を向く。
「あーあ、あの日々がずっと続いてるうちは、現実を見なくて済んだのにな。でも……コワガミサマのお嫁さんに選ばれちゃって、わたしはこういう役目しかないんだ、むしろこういう役目なら一人でも生きて行けるんだーって、思っちゃったらさ。あの話を……受けるしかなくなってた。お父さんお母さんの……ためでもあったし」
なんとなく、ジュン姉の声が沈んでいる気がした。
それでも止めずにジュン姉は話しつづける。
「でも、やっぱりリュー君とだけは離れたくなくて……。わたし、悪あがき……しちゃった。コワガミサマにリュー君をわたしの付き人にしてって、お願いしちゃったの。夜の村が怖くなくなるまでって期限付きだったけど、わたし、ずっと怖いままでいさせてってそれも追加でお願いしてて。それで……」
「え? 怖いままでいさせてって、それ……え? 本当は違うの? ねえ? あと、なんでそれ……どうやって叶えたの……?」
ヨソモノも、村人も、お願いを叶えてもらうためには対価が必要になる。
罪悪感をコワガミサマに捧げないといけないのだ。
その強い罪悪感を抱くためには、嫌な行動をあえてしなければならなくなるのだが……。
ジュン姉は……いったいその願いをどれだけの罪悪感と引き換えにしたのだろうか。
たしか「僕と夢で逢う」という願いも叶えてもらってるはずだ。
だとしたら……。三つも……?
「ふふ。それは、リュー君には教えたくないな」
「えっ?」
「どうやって叶えてもらったか、なんて……それを知ったら、きっとリュー君に嫌われちゃう」
「な、なんで……」
僕は嫌な予感がした。ごくりと唾を飲み込む。
ジュン姉はお面の内側でふふっと笑い声を漏らすと、唐突に話を変えた。
「とにかく。わたしはすっごく頑張って今の状態を手に入れてるから……リュー君も、リュー君なりにいろいろ頑張ったんだろうだけど……でもわたしは、それをあまり喜んでない……ごめん」
「なっ、ジュン姉!?」
喜んでない……だって?
喜んでない?
何で?
何で僕の方法を、拒絶……する?
コワガミサマのお嫁さんを辞めたくないって、こと?
「ごめんね、リュー君」
「…………」
僕は黙ったままジュン姉を見つめた。
いや、きっと本心では違うはずだ。そう……信じ込まないとやってられない。
いろいろと諦めてしまったのだろうか。
うん。ジュン姉はとても親思いだ。
だから僕のことや、自分自身のこともちゃんと考えられないのかもしれない。お父さんとお母さんのことを第一に考えてるから、自分に都合のいいことだけを選べないんだ。きっと。
ジュン姉は、本来は外国でも宇宙でも、どこでだって自由に生きれる人だ。
でも、不登校になってから一度も村から出ていない。
とすれば、それは親を思って……両親を心配させまいと、遠くまでは行かないようにしていせいだろう。
そう思うとすごく悲しかった。
「さー、次のヨソモノを探しに行こうか」
僕は悲しい気持ちでジュン姉のあとについていった。
翌日から、僕は何にも期待しなくなってしまった。
ジュン姉にはもう何も言わない。
言っても聞く耳を持ってくれないからだ。所詮僕は非力な人間だ。そんな人間から何と言われてもそれはたいしてジュン姉の胸には響かないだろう。
成神さんが来るまでは。
成神さんが来たら、きっと事態は好転するはず。
だから、それまでは極力おとなしくしていようと思った。
僕にはなんにもできない。だってただの中学生なんだ。なんの力も持ってないし、管理された箱庭の中であがくだけだ。コワガミサマから許可された行動しかできない、木偶人形……。
僕は来る日も来る日も、そんな鬱屈とした思いを抱きながら、ジュン姉と共にヨソモノの願いを叶え続けていった。
来る日も来る日も。
悲しい夜のデートをひたすら、繰り返し続けた――。
「はあ……。それにしてもこの魚、変な形してるけどやっぱり美味いんだよなぁ」
ある日の夕方。
僕は自宅で、冷蔵庫の中に入れられていたミツメウオをグリルで焼いていた。香ばしいにおいが部屋に充満する。
今日は母さんは仕事で遅くなる、と言っていた。
あれから、母さんは特に僕に何か言うことはなくなった。
完全に僕を信頼しているか、それか僕が妙なことを言ったりやったりして村人たちから反感を買わないように、刺激をあえて与えないようにしているのだろう。
「きっと、頭地区の人とかに言われたんだろうな。息子に変な気を起こさせるようなことを言うなよ、とか……」
母さんは隣町の貝瀬市役所で働いている、公務員だ。
境雲村は三十年程前に貝瀬市に吸収合併させられた。
村には一応前の役場があった建物が残っているが、現在はほとんど機能していない。職員も一人だけいるにはいるが、たんなる連絡係に過ぎなかった。
簡単な質問には受け答えするが、重要な手続きは直接貝瀬市に行ってもらうようになっている。
だから、村人は貝瀬市役所に行ったときに母さんと会うのだ。
母さんは、居心地の悪い思いをしているかもしれない。
嫌味とか言われたり。好奇の視線を向けられたり。僕も今後そうされるのかわからないけど、母さんがそうされるのだけは嫌だった。
「はあ……」
海開きの日がやってくるまで、ずっとこのモヤモヤが続くのだろうか。
無力な自分を嫌悪し続ける日々が……。
「あと、少しの我慢だよね」
壁のカレンダーを見て、そう自分を納得させる。
七月と書かれた青い朝顔が描かれたカレンダー。
もう、夏がやって来ていた。
海開きまで残りあと約三週間。もう一度、僕は「もう少しの我慢だ」とつぶやく。
魚が焼き上がり、僕はそれを平たい皿に載せると、さらに炊き上がった白米をご飯茶碗によそい、醤油さしも一緒に持って食卓に向かった。
食卓にそれらを置いてから、「いただきます」と手を合わせる。
ほくほくとした魚の身が美味しい。
夢中で食べていると、いつのまにか骨だけになった。
箸でまだ身が残ってそうな所をいじる。すると、ふと頭の部分に箸の先端が突き刺さった。
「ん?」
ちょうど頭のてっぺんの、三個目の目の真ん中の部分だった。
突き刺さった勢いで、どろりと眼球が皿の上に零れ落ちる。
眼球もまた美味いんじゃぞ、とよくじいちゃんが言っていた。けど……僕はあの触感がどうしても受け入れられなくて、いつも残してしまっていた。
今改めて見ても、あまり食欲はそそられない。
「……あ、あれ?」
ふと妙な輝きをその眼球の裏に見つけた。
「これは……!」
それは、砂金のような粒だった。
びっしりと細かい粒がたくさん付着している。箸先で触ってみると、しっかりとした固さがあった。まさか……と思いつつ、いや、金色をした骨か何かだと思い込む。砂金じゃない。そんなことがあるわけがない。
でもどう見ても……あの足下ヶ浜でジュン姉が拾ったのと、同じ輝きだった。
「なんで、魚の目の裏に……?」
この魚は一般の市場へは、頭を切り落として出荷される。そのままだと奇形のため、気味悪がられるからだ。
でも、境雲村では丸々この姿で取引されている……。
これは、何か秘密がありそうだと僕は思った。探れば、謎のひとつも出てくるかもしれない。
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