僕らの村のコワガミサマ

津月あおい

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第三章 反逆

23、ヨソモノの死体

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 0405/16:30//住宅地


 坂の上の自宅が見える。
 ジュン姉の家も。

「あと少しで家に帰れる……夜までに、少しでも眠っておきたい……」

 長旅の疲れも、寝不足も、いろいろな不安も……早くベッドで横になって解消したかった。
 ハア、ハアと荒く息をつきながら自転車のペダルをこぐ。
 坂道を登りながら、ふとここを数日前にジュン姉と通ったなと思い出した。

 あの時は、まだ何にも知らなくて。
 でも、ジュン姉は全部知っていて。それなのに……なんて僕は呑気でバカだったんだろう。

 なんでもない日々を送ることが、幸せだった。
 あの異常を異常とも思わないでいられたことが、幸せだった。
 でも、今の僕は……それらの真実を「知って」しまっている。

 あの時、ここには「男の死体」があった。あれも「異常」のひとつだったのに。
 血まみれの。普通じゃない死体。
 あれは、ヨソモノの成れの果てだった。
 今ではすっかり消えてしまっているけれど。そういえばこれって、いつ無くなっているんだろう……。疑問が浮かぶ。

 いままで特に気にしたことがなかったけれど、そういえば「消える瞬間」は見たことがなかった。だいたい発見してから数日経つと無くなっている。

「そうだ……」

 昨夜の、ヨソモノの成れの果て。
 一人だけコワガミサマの意向に沿わず「処分」されてしまった、あのペットを探していた女のヨソモノは、あれからいったいどうなったんだろう?

 僕は好奇心にかられて、それを見にいってみた。
 そんな時間の余裕はなかったはずなのに。
 でもどうしても見たくなって、僕は昨日のあのヨソモノがバラバラにされた場所へと、向かった。

 住宅街のとある一角。
 四肢を引きちぎられた、元「ヨソモノ」の死体がそこにはあった。
 昼間見るとそれはかなり凄惨だ。手の先や足の先、それから血と、臓物と、よくわからないものが広く路面にぶちまけられている。

 もう、ピクピクとすら動いていない。
 完全に沈黙している。

「これ、たしか……夢を見ている人の精神体だって、ジュン姉が言ってたよな? 実体、じゃないんだよな? きっと、触れない……はず。見えているけどそこにはないもののはずなんだ。だけど……」

 僕には、それは本物の死体にしか見えなかった。
 これがいつの間にか消える、なんて。明日にはきれいさっぱりなくなっている、なんて。今まで何の疑問も持たなかったけれど、良く考えれば信じられない現象だった。

 これは、どうして「こうなって」しまうんだろう。誰かが片づけていたりするのかな?

 僕は注意深く、その死体を調べてみることにした。
 とはいっても「触る」なんてことは、できない。そもそも村ではこういうのは暗黙の了解で触らないほうがいいってことになっていた。急に爆発したり、妙なことになっても困るからだ。

 僕は、地面と死体が接している場所を見てみた。すると、そこには小さな異変があった。

「……ん?」

 わずかに、光っていた。
 うっすらとだけれど。
 接地面だけに、蛍のように儚げな光……が灯っていた。

「え? これ、どうして光ってるんだ?」

 何か、この光は見たことがあるような気がした。
 そうだ。
 コワガミサマの昼間の姿……それを覆う光に似ている。でも、これはどういうことだろう。少しその場で見続けていたけれど、それ以上はよくわからなかった。

「おっと。こうしている間にも時間が!」

 僕は我に返るなり、すぐさま自宅へと戻った。



 わずかな仮眠をとった後、僕は昨夜と同じ装備で家を出る。

「行ってらっしゃい」
「い、行ってきます……」

 何か言いたげな母さんを置いて、鎖和墓地へ向かう。

 時刻は午後五時五十五分。
 不本意ながらも、僕は昨日の宮内あやめとの約束を守って、少し早めに現地に着くようにした。

 白いワンピースを着て、白いタコのお面を被ったジュン姉がそこにはいた。あと宮内あやめ、そして運転手の園田、それから黒服の頭地区の人たち数名も出揃っている。

 もう来ていたのか。
 僕はまた、宮内あやめにどやされるんじゃないかと、若干身構えながら近づいていった。すると、ジュン姉が僕を見つけ、スキップしながらやってくる。

「あ、リュー君! ねえねえ、今日どこかにお出かけしてたのー?」
「え?」

 ぎくりとする。
 どうして、それを……。

「あ、え-とね、わたしじゃなくてってね? コワガミサマが今日そう言ってたんだー。ね、ホント? リュー君。なんでお出かけしてたの? 学校は?」
「…………」

 矢継ぎ早にたくさん質問されるが、どう説明したものかと口ごもってしまう。
 どこまで、そして何を知られているのか。わからない。
 というか、コワガミサマはずっと僕の行動を「見て」……いたのか?
 返答次第ではとても危険な目に遭うかもしれない。
 僕はきょとんとした表情のジュン姉を見つめながら、生唾を飲み込んだ。

「…………っ」

 しかし、その間にも宮内あやめは僕の異変を目ざとく見つけてくる。

「あらー? 顔色が悪いわよー、矢吹龍一。学校でお勉強してこなかったなんて……悪い子ね。あなたはこの境雲村の住人なのよ? まっとうに生きないと、コワガミサマの天罰が下る。まさかそのこと、忘れたわけじゃないわよね?」
「…………」

 僕は黙る。

「どこへ、何をしに行っていたのかしら? コワガミサマは……一度願いを叶えた者のことは、どこにいたって全部お見通しになる。悪いことは言わないわ、正直に……」
「うるさい。お前たちには関係ない! コワガミサマが僕に天罰を与えるっていうんなら、僕はそれを受け入れるだけだ。ジュン姉にも……言わない。これは、僕の問題だ!」

 とっさに、そう言い放ってしまった。
 すると、すぐに「生意気な……」と、宮内あやめや他の頭地区の人たちがいきり立ちはじめる。

「リュー君……」

 ジュン姉が悲しげな声で僕の名を呼んだ。
 僕はジュン姉に、大丈夫だよと笑みを向ける。

「ごめんね、ジュン姉。これは僕がどうしてもやりたいこと……なんだ。コワガミサマには怒られると思うけど、最悪殺されるかもしれないけど……僕、それでも後悔、したくなくて」
「何を……言ってるの? リュー君。リュー君を守りたくて、わたし……コワガミサマにずっと……お願いしてたんだよ? どうして……なんで、そんな勝手なことをするの?」

 イヤイヤをするように、ジュン姉が荒々しく首をふる。

「ジュン姉……?」
「リュー君とまたずっと一緒にいたくて。わたしの付き人に……してほしいって、お願いしたのに。なのにこれ以上コワガミサマを怒らせるなんて……。ねえリュー君、何をしたの? それはそんなにコワガミサマを怒らせるようなこと、なの?」

 やや取り乱しはじめたジュン姉を、僕は辛い気持ちで眺める。
 ジュン姉にも黙っていたかった。けど……ある程度はコワガミサマも知っているということだし、話さなくては……いけないかもしれない。

「僕は……僕はジュン姉を助けたいんだ。コワガミサマのお嫁さんで……いてほしくないんだ。だって、ジュン姉は、僕のジュン姉なんだ。毎晩、あんな目になんか遭わせたくない。いつもどおり平和に、ゲームをする日々を過ごしていたい。だから……それが復活するまで『あがく』って、決めたんだよ」

 お面の奥の、ジュン姉の目が大きく見開かれたような気がした。

「何……。なんで、そんなこと……。そんなこと言ったら、わたし……!」

 何かを、ジュン姉が言う前に、横から思いっきり殴られた。
 園田が、また僕の頬に強烈なパンチをくらわせたのだ。痛い……。思わずうめく。

「ううぅ……っ」
「リュー君!!」

 地面に倒れると、ジュン姉が悲鳴をあげて駆け寄ってきた。
 でも、触れないのか僕の側にしゃがむだけでそれ以上近づいて来ない。

 僕は唇の端を歯で切ったらしかった。
 血の味がする。
 僕は口元を押えながら、園田を見上げた。くそっ、完全に死角からだった。避けられなかった……。

「お嬢様が……あなたをどつきたいと思ってらっしゃったようなので、また失礼させていただきました」

 こいつ、と思ってにらみつけると、「よくやったわ、園田」とその後ろから声がする。
 宮内あやめが凶悪な笑みをたたえていた。

「何をしようとしているか知らないけれど……聞き捨てならないこと、言ってたわね。僕の、ですって? ハッ」

 宮内あやめはそう言って鼻で笑うと、ジュン姉を恭しく見上げた。

「園田が……勝手なことをしてしまい、申し訳ありません。しかし、コワガミサマ……この者は危険分子です。それでもまだ、このお嫁さんのお願いを優先されるのですか?」

 お嫁さんの? ジュン姉の願い? それは……「僕を付き人にさせ続ける」という願い、だ。
 一緒にいたくて。僕を、守りたくて。
 コワガミサマに祈った。

 コワガミサマ……。
 コワガミサマは、その上で僕の挙動をどう判断するのだろう。
 僕の行いがすべて筒抜けだったのであれば、「村に被害をもたらす者」と判断されてすぐにでも天罰が下るはずだ。そうなるというリスクを承知で僕は動いてはいた。でも、いざその時になってみると、僕の心臓は恐怖でドクドクと波打ちはじめる。

 ジュン姉の口から、低い男の声が漏れ出した。
 僕は、罪人が死刑宣告を受ける気持ちでそれを聞く。

【我は、腹を満たせればよい……。そのために、日向純も矢吹龍一も利用しているだけだ。この付き人が何をしようとも、我は動じぬ。我が我である限り。であれば、すべて些末なこと……】
「コワガミサマ……!?」

 宮内あやめは、ひどく落胆したようにそうつぶやいた。
 それは甘すぎる判断じゃないのか、といったような非難の色がにじみ出ているような顔だった。
  
 一方の僕は、拍子抜けした。
 お咎め無し……ということだろうか?

 けれど……「僕が何をしようともコワガミサマは動じない」その言葉には、ひどい絶望を覚えた。
 霊能力者である成神さんのことも、コワガミサマは知っているはずなんだ。
 なのに、まるで脅威を感じていない。ということは……成神さんですらダメ、なのか?

【それと、この日向純と矢吹龍一が使えなくなっても、またあらたに別の後継者を選ぶだけだ。ゆえに問題はない。だが、園田郁夫には禁を破った罪で、一時的に罰を与える】
「わかりました……」

 宮内あやめが、さらなるダメ押しをされてうなだれる。
 園田はウッとうめいて、僕をなぐった方の腕を押さえた。たぶんなんらかの天罰が下されたのだろう。
 他の頭地区の人たちも、コワガミサマからそのように言われては納得せざるを得ないようだ。

 でも……と僕は思う。いつでも使い捨てられる存在、か。
 わかってはいたけれど、それは僕らがあまりにもちっぽけすぎる存在のようで、どうしようもなく凹んでしまう。
 利用価値がなくなったら、きっとあのヨソモノのように「処分」されるんだ――。 

 そう考えると、やっぱり僕は「先に行動を起こしておいて良かった」とあらためて思うのだった。
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