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第三章 反逆

21、作戦

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 0405/12:10/平井編集長・成神さん/上野公園


 二人にすべて話し終えた。
 伝えられることは全部。

 村の事も。
 ジュン姉の事も。
 僕の事も。
 コワガミサマの事も。

 かなり一方的にしゃべってしまったけれど、平井編集長さんと成神さんは、たまに質問を差し挟む以外は黙って話を聞いてくれていた。
 笑いもせず、茶化しもせず、とても真剣に。
 僕の話を親身になって聞いてくれた。

 言っても信じてもらえないかも、というのは僕の杞憂だった……。
 僕の話を聞き終えた成神さんが口を開く。

「わかった。君も、少し見えるようだね。その村の中だけ、みたいだけど。神様のお嫁さんか……イタコみたいな降霊術なのかな。でも、邪神を崇め奉ってるってのが……一番驚いたよ」

 邪神。
 その言葉に僕は身を固くした。
 それは不幸をまきちらす、邪悪な神様という意味だろう。

 コワガミサマが、そういう存在だっていうのか。
 僕らにとって、コワガミサマは必ず願いを叶えてくれるありがたーい神様だ。

 でも……言われてみれば、ジュン姉の未来も奪われたし、僕だって天罰を受けてしまっている。僕らの運命はすべてコワガミサマの機嫌次第だと言ってもいい。
 それが幸せかって言うと……わからない。
 生まれた時からこういう暮らしをしてきたからだ。

 力が弱くても、神様を信仰することで幸せになれるなら、それは「いい神様」なのだろう。
 でも、僕らの村のコワガミサマは強すぎる力を持っている。
 そして、その力に比例するように、信仰する人にはなんらかの義務が課される。常に罪悪感を抱いていなければならない、という義務が。

 なら、やはりコワガミサマは「悪い神様」で「邪神」……なのだろうか。

「成神、お前これどう思う? どうしたらこの子らを救える?」

 編集長さんが腕組みしながら、そう成神さんに訊いている。

「うーん、そうですね……とりあえず今から現地入りするのはちょっと……目立ちますよね。人口の少ない村らしいですからねえ。矢吹君、そうなんでしょ?」

 訊かれて僕は、うなづいた。
 というかこの人が僕の村に来るのか……?

「だったら僕みたいな余所者は……あ、ヨソモノっていう夜にその村に出現する方、じゃないですよ? 俺っていう旅人が、です。余所者は、余所者ってだけで警戒されますからね。正体がバレたとき、村の人たちや……その、コワガミサマにどう出られるかって考えたら、かなりマズイですよ。最悪襲われて終わりです」
「襲われって……。まあそうか、あえて危険を冒すことになるのはマズイよな」

 編集長さんはそう言って、バツが悪そうに頭をかいた。
 成神さんは続いて僕を見る。

「観光スポットって、ないの?」
「えっと……村に、ですか? な、なくもないですけど……主に、夏だけですね。村の南西に『足下ヶ浜』ってビーチがあるんですけど、そこの海開きがあるんです。普段は村人しか立ち入れないけど、その時期だったら他の街の人とかも利用できて。さっき言った、みぎ……」
「ああ、汀トンネルってとこが開くんだよね、夏に。そうか……。じゃあ、その時期になったら『まぎれこめる』かな」
「まぎれこむって……オイ、成神、まさか夏まで待つってのか!?」

 成神さんの言葉に、編集長さんがガタッと身を乗り出した。

「確実にやろうとすると、それくらい慎重に行かないとでしょう。ほら、人の気を隠すなら人の中……って、いつも言ってるじゃないですか。大勢の観光客と一緒に村に入ったほうがきっといろいろ動きやすいハズです」

 成神さんは人差し指を顔の横でぴっと立てると、苛立つ上司をなだめるようにそう言った。

「お前がそう言うなら、まあ……現地で行動するのはお前だけになるわけだしな」
「そういうことです。あっ、足下ヶ浜……って、南西の海岸だっけ? それも一応書き足しておこうかな」

 そう言いながら、成神さんはボールペンで、テーブル上のペーパーナプキンに何かを書きこみはじめた。
 話の途中でも、成神さんはしょっちゅうメモを取っていた。さすが編集者、だ。

 そっと覗きこむと、それは……僕らの村のおおまかな地図だった。

「矢吹君の話を整理すると、こんな感じかな。ああ……やっぱりすごく不思議だ、この村」
「な、何が……ですか?」

 成神さんはくるりとペーパーナプキンの向きを僕の方に変える。そしてスマホで何かを調べると、その結果が出た画面をペーパーナプキンの隣に置いた。

 手書きと、デジタル、二つの地図が並ぶ。
 その地図は……どちらもある形を示しているように見えた。

「どうもこの村ってさ……『人の形』してない? 地名とかもさ。なんだかそれになぞらえてるような気がするんだよ」
「え? 人の形……ですか」
「うん。頭地区とか、足下ヶ浜とかさ。この汀トンネルも、右わ……右腕から名付けされてるっぽくない? 鎖和墓地とかも、左わ……左腕とかね。まあ、全部俺のあてずっぽうだけど」
「そんな……」

 考えたこともなかった。
 でも、あらためてそう言われると、たしかにその通りのような気がしてくる。
 もしかしたら、他にもそんな風に体の一部を表している場所があるんじゃないだろうか……。

 僕はためしに、他の場所を思い出してみた。
 神社のある「頭(かしら)地区」、その他は、住宅地のある「棟(むね)地区」、商店街のある「原(はら)地区」、足下ヶ浜や旅館のある「美岸(みぎし)地区」、漁港のある「鎖橋(さはし)地区」など。
 僕はそのままそれを成神さんたちに話した。成神さんは、それぞれ「胸」「腹」「右足」「左足」にあたるのでは、と言う。
 
「これは……偶然にしてはできすぎてるな。なにかその神様に、関係していることかもしれない。だとしたら、ヨソモノとやらが村の中だけに発生するのも、きっとそれなりの理由があるはずだ」

 そう言ったまま、成神さんは何か神妙な顔をして黙ってしまった。けれどまたすぐに顔をあげる。

「いや、矢吹君、やっぱりこれはかなり重要なことだと言えるよ。その土地が、怪現象の原因になることも多いんだ。もし、村の地名の謎も解いていくことができれば……」
「成神さん。僕にできることがあったら、なんでも言ってください」

 僕は成神さんが言葉を続ける前に、そう言った。
 すると成神さんの目が、驚いたように見開かれる。

「そうか……。うん、ありがとう。俺たちは今すぐ君を助けることはできないが……そうだな、海開きが始まるまでに、矢吹くんにはいろいろ村のことを調べておいてもらおうか。これは俺の感だけど……きっとそれらの情報は、君の村の神様をどうにかするために必要なはずだ」

 僕は、そう熱く語る成神さんに大きく頷いた。

「はい、わかりました。どこまで調べられるかわかりませんが……やってみます。海開きは、夏休みの始まる七月下旬からです。でもそれまでに少しでも情報を集めておきます」
「ああ。その間、一人で耐え続けるのはとても辛いと思うけど……頼んだよ」
「はい」
「よーし。そうと決まったら、腹ごしらえだ! これも俺のおごりだから、気にすんな! 矢吹少年!」

 がはははは、と笑って、編集長さんがまたメニュー表を開きはじめる。
 僕は見通しがある程度立ったことで少し安心した。と、同時に、ある疑問がひとつ浮かびあがってくる。

「あ、あのう……ここまで話を聞いてもらってなんなんですけど……。どうして編集長さんと成神さんは、僕にこんなに協力してくれるんですか? 正直相談だけで終わると思ってました。でも、実際成神さんが村に来てくれるってことにまでなって……こんなの、赤の他人には何の得にも……」
「得か? それならあるぞ。俺にも、成神にもな!」
「えっ?」

 編集長さんはにんまり笑いながら、成神さんと目くばせしあう。

「俺の得! それは、不思議な村と不思議な神様のデータが手に入る、ってことだ。それはそのまま使うことはできんが、いずれなんらかの記事やまとめ本で使えるネタにはなる。一方、成神はだな……」

 そこで成神さんの片手が持ち上がり、ストップがかけられた。

「編集長。それは今後、俺が直接あの村に行った時にでも矢吹君に話しますよ」
「そ、そうか?」
「ええ。だから、今はまだ……。あ、どうしても矢吹君が気になるっていうんだったら、今ちょっとだけ話すけど……俺は俺で、個人的に『ある目的』があって、君の村やそのコワガミサマってやつに関わりたい、って思ってるんだ。少なくともメリットがあるからやろうとしてる。だからあまり気にしないでくれ、矢吹君」
「は、はい……」

 僕はそれを聞いて、ほっとした。と同時に本当に心強い味方を得たんだと思った。

「じゃあ注文するぞ。良いか? おーい」
「……はーい」

 編集長さんが元気よく呼ぶと、女の店員さんが飛んできた。
 なんでも遠慮なく頼め、と言われていたけど、結局ぎりぎりまですごく迷ってしまった。
 パスタに、オムライスに、ハンバーグ。どれもこれも美味しそうだが、でも、すごく高そうだ。

「す、すいません……おごってもらっちゃって……」
「いいってことよ!」

 どうにか一番安そうなサンドイッチを選び、ようやく注文を終える。

 料理が来るまでの間、僕はなんとなく境雲村のことを思い返していた。
 これから村に戻ったとして、僕はまたあそこで普通でいられるだろうか。
 こんな「裏切り」みたいなことをして……罪悪感が半端ない。

 そんなことを思っていると、ふと視線を感じた。
 ちらっと見ると、なんと成神さんがとっても「嬉しそうな目」で僕の方を見ていた。思わずゾッとしてしまう。

「あ、あの……? どうしたんですか、成神さん」
「ああ、いいや、なんでもないよ」

 そう言って、成神さんは本当になんでもない風に手元のアイスコーヒーをすすりはじめる。もう、その視線は僕には向いていない。
 僕はその様子に言い知れぬ恐怖を感じた。

 こ、この人たちは……本当に僕の味方、になったんだよな……?

 妙な不安が湧いてくる。
 気を落ち着かせるために、僕もまた飲み物を口にしてみた。
 けれど、それは肌寒い外気のせいですっかり冷たくなっていたのだった。
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