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第三章 反逆
20、東京へ
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0405/11:30/平井編集長・成神さん/上野公園
「龍一、朝ごはんよー」
そう呼ばれて今度はベッドで目が覚めた。どうやらパソコンで調べ物をしたあと、また三十分ほど二度寝してしまっていたらしい。
自室の入り口に母さんが立っている。
「起きなさい。って、あんたそれ……大丈夫なの?」
ベッドから起き上がった僕の「腫れた頬」を見て、案の定そんなことを言われる。
「うん、大丈夫だよ。学校……行くね」
「ああ、まあ無理しないでね……」
そう言うと、母さんはそれ以上何も言わずにまた階下へ降りて行ってしまった。
いろいろ昨夜のお役目について訊かれると思ったんだけどな。
どんなことしたの? とか。
純ちゃんはどうなったの? とか。
誰に殴られたの? とか。
もしかして、いろいろ訊くの我慢してるのかな。
いや……たぶん、あえて訊かないんだ。
きっと詮索しはじめたら、それだけこのお役目を全力で止めたくなってしまうだろうから。そんな危ないこと、息子にこれ以上させられないって。頭地区の人に抗議しに行ってしまう気がする。
そう。母さんはそういう人だ。
きっとコワガミサマに対しても。
なんてことを息子にさせているの、と、きっと食ってかかるに違いない。
たとえ天罰を加えられたってかまわない。そういう覚悟の人なんだ。母さんって人は。
「……やっぱり母さんの子なんだな、僕は」
ハハッと思わず笑う。
僕だって、ジュン姉のためにかなり無茶なことをしている。
これはやはり血筋のせいなのかもしれない。
身支度をしているとスマホが鳴った。
それは、先ほど検索していた所からのメールだった。
さっきそこ宛てにメールを送っていたのだが……もう? と早いレスポンスに驚きを隠せない。
僕はささっとその文面を読み下した。
そこには『すぐに会って話を訊きたい』という旨の、好意的な返事が書かれていた。
妙な興奮を覚え、僕は机の上の貯金箱をすぐに手に取る。
下のふたを開けて、一万円札二枚が中に入っていることを確認した。
これは僕の、なけなしの「全財産」だ。
でも「今」これを使わない、この返事に応じることはできない。ジュン姉を救うためには――「彼ら」の助けが必要なのだ。
朝食を食べて、僕は学校に向かう……フリをする。
ヘルメットをかぶり自転車に乗って、「行ってきまーす」と出かける先は当然、学校ではなかった。隣町の貝瀬市に向かうまでは同じだが、用があるのは町の中心にある「貝瀬駅」だ。
駅に着くと、僕はさらにそこから鈍行を乗って、新幹線の乗れる大きな駅まで向かった。
近場の路線に急行などはないので、ひたすら海沿いの町をタタン、タタンとのんびり進んでいく。
急いでいるのに。
気ばかりが焦る。
大きな駅に着くと、今度は東京・上野行きの新幹線に乗った。
シートに体を預けると急にどっと疲れを感じる。
僕には体力がない。精神面ももともとそんなに強くはないのだ。だからこんな「大冒険」などしたら、すぐにぐったりとしてしまう。
「ジュン姉、ごめんね。こんな僕で……」
ジュン姉を救うためには、力がないのなら、頭を使わないといけなかった。
たとえ今夜、待ち合わせの時間に間に合わなくなっても。ジュン姉があの鎖和墓地で僕をずっと待つことになったとしても、このチャンスを逃すわけにはいかない。
うとうとしていると、いつの間にか東京の上野駅についていた。
広いホームには見たこともないくらいたくさんの人がいる。僕はふらふらと構内を彷徨うと、ようやく改札の外に出た。
「えっと……たしかこっち、で合ってるよな……」
案内板を見ながら、上野公園がある方の出口に来たけれど、目の前には小さな道路があるばかりで、これから会うはずの人たちがどこにいるかはすぐにはわからなかった。
しかたなく改札前の段差を下りると、横断歩道があった。車が通りすぎるのを待っていると、ふと道路の向かい側に……変な雰囲気の人たちがいるのが見えた。
「えっ……」
サングラスにスーツというガタイの良い男性と、全身真っ黒な服を着た、長髪の男性がいる。
彼らが僕を見つけたのだと分かった。
ガタイの良い男性の方が、しきりと僕に手を振ってきている。
「あ、はは……本当にいた。本当に、会ってくれるんだ!」
僕がメールを送った相手は、有名なオカルト専門誌を発行している編集部だった。都合をつけてくれたのはそこで編集をしている主な二人であり、すぐにでも会ってくれるという運びとなっていた。
返信メールには彼らの特徴が書かれていたけれど、まさかあのような独特の雰囲気を持つ人たちだったとは。僕は思わず苦笑いを浮かべた。
信号が青になり、僕はゆるゆるとその二人に近づいてゆく。
ガタイのいい方の男の人が笑顔で出迎えてくれた。
「やあやあ、君が矢吹龍一くんだね! はじめまして。俺は『月刊オカルト・レポート』の編集長、平井だ。こっちは記者兼、霊能力者の……成神《なるかみ》だ。よろしく!」
「あ、はい、はじめまして……」
僕はやや緊張しながら、その編集長さんにお辞儀をした。
でも……隣にいる黒服の男の人は無口で、あまり僕と目を合わせようともしない。
記者兼、霊能力者だなんて……本当だろうか。自称、とかならテレビでもたまに見るけれど。
「……」
ふと、成神さんが眉を思いっきりしかめた。
僕がそんな失礼なことを考えていると見抜かれでもしたんだろうか。
「あ、えっ、えと……」
僕はあわてて成神さんの顔色を窺う。
成神さんは吐き捨てるように言った。
「ハッ、なるほど、こいつはまたヤバそうなのが来たね」
「え?」
初対面でそんなことを言われて、僕はどうしたらいいのかわからなかった。
割と僕、真面目で普通のやつですよ? そんな、ヤバいだなんて……。
けれど、すぐに編集長さんの方も同じことを言いだした。
「たしかにな。俺も初めて見たときはとんでもねえ、と思ったよ。龍一君、その胸のお守り、そこには何が入ってるんだい?」
「え? こ、これは……」
編集長さんに質問されて、僕は戸惑いながらも正直に答える。
「僕の村の海岸で採れた、砂金……です。それが何か?」
すると編集長さんはポリポリと頭を掻きだした。
「いやあ、ね、そこから黒い触手みたいなのがわさーっと出てきてるのが見えてるからさ。これは何なんだろうなあと思ってさ」
「ええっ?」
「実はね、君がメールをくれた子だってすぐにわかったのは……あっちの制服姿だったからとか、年や背恰好から判断したわけじゃない。本当は、その触手みたいなのが決め手だったんだ」
触手? 見えないけど……。それは、コワガミサマの……なのだろうか? 僕にはよくわからない。
急にゾッとして、僕は胸元のお守りを握りしめた。
「なんか、その気、見たことありますよ」
「ん? そりゃ本当か、成神!」
「ええ、まだよく思い出せないですけどね……絶対、どっかで一度……」
成神さんはまたわけのわからないことをしゃべっている。
気?
僕は、なんだか頭がくらくらしてきた。多少、人酔いして疲れていたのもあるし、脳がキャパオーバーになったせいもあるだろう。
「おっと、ここでこれ以上立ち話するわけにもいかないな。この先の喫茶店で、ぜひ休憩しながら話を聞かせてもらいたい。矢吹君、いいかい? もちろんお茶代くらいは出す!」
「あ、はい……編集長さん、ありがとうございます」
編集長さんのありがたい申し出に、僕は素直に付いて行った。
公園の中に入っていくと、美術館が軒を連ねていた。大きな木もたくさん植わっていて、とても心安らぐ公園となっている。けれど、平日だというのに人がかなり多かった。
「ああ、あそこでね、今ゴッホの展覧会をやってるんだ。だからまあそれなりに人がいるんだろうな、今日は……」
編集長さんが美術館のひとつを指さしながら、そう説明してくる。
たしかに、ゴッホの絵が描かれたのぼり旗があちこちに立っていた。編集長さんの隣を歩いていた成神さんが、ごほんと咳払いをしながらつぶやく。
「編集長、もう下手したら席が無くなってるかもしれませんよ」
「何!? そいつは本当か。もう昼になるし、たしかにな……。座れなかったらどうしよう! どうしよう、成神!」
「いや……まあ、テラス席ならまだ大丈夫だと思いますよ。今日は平日ですし、よく晴れてますし」
「そ、そうだな! うん。まあ最悪ダメだったら、その辺のベンチで話そう! 自販機で飲み物も買えるしな!」
がはははは、と豪快に笑いながら編集長さんはまたずんずんと歩いていった。
――結局。
その心配は杞憂に終わり、予想通り僕らは混みはじめてきた喫茶店の、テラス席にありつくことができたのだった。
「はははははっ! 良かった、良かった。俺は別に、会社近くの喫茶店でもいいんじゃないかって言ったんだけどな? それをこの成神が、わざわざここがいいって言うもんでさあ……」
「編集長。木を隠すなら森の中。人の気を隠すなら人の中、って言ったじゃないですか。ただでさえ、慎重に行かないとまずそうな案件なんですから……大人しく俺の言う事を聞いてください」
「だからぁ、言う通りにしたろ? さっ、何頼む、矢吹君」
「あ、ええと……」
よくわからない二人の会話を聞いた後、そんなふうに水を向けられた僕は、おそるおそるホットティーを頼むことにした。天気のいい日だとはいえ、まだまだ四月の外気は肌寒い。少しでもあったかいものを、と思ってそれにした。
「すまないね、矢吹君。俺たちの都合に付き合わせちゃって」
三人分の注文を終えた編集長さんが、メニュー表を畳みながら僕にそう言ってくれる。
「あ、いえ……大丈夫です。こっちから会いたいって、無理を言ったわけですし……その、なんというかお気遣い、ありがとうございます……」
そう言った後、僕は急に口が重くなってしまった。
ようやくこの二人に会うことができたのに。いったいどうしたんだろう。
信じてもらえなかったら……?
言っても、何も変わらなかったら……?
そんな思いがぐるぐると頭の中で渦を巻きはじめていた。
「……だいぶ、思いつめてるね。ずっと辛い思いをしてきたようだ。すぐには話せないのは当然、か……」
意外にも、そんなことを言ってくれたのは成神さんだった。
成神さんはよく見るととても整った顔立ちをしている。相変わらず眉間にしわは寄っているが、その目はどことなく優しく、慈愛を秘めているように見えた。
「あ、あの……」
「ああ、まだちゃんと自己紹介をしてなかったね。先ほど編集長も言った通り、俺は少し特殊な力を持っている成神という者だ。まあその「力」はそっちにいる人にも多少はあるんだけどね……」
「え?」
「簡潔にいうと、平井編集長はただ『見える』だけの力。俺は『祓う』力を持っている、ってことだ」
「見える……祓う!?」
何を。それは……訊かずともおのずとわかることだった。
見えるのもすごいけど、祓うなんて……そんなすごい力を持ってるなんて頼もしすぎる。
「あはははは。矢吹君、すっげえ驚いてる」
そう言って、編集長さんがニコニコ顔でこちらを見つめてきた。
僕は「か、からかわないでくださいよ……」というのが精一杯だ。
「あ、すまんすまん。でも、俺自身はあんまりこの力好きじゃないんだよなー。仕事上では便利な時もあるけど、基本ウザイだけだし。サングラスをかければ多少は見えづらくなるんだけど、面倒事も多くてなあ……」
そう言いながら、かけていたサングラスをとったり外したりしている。
その目には今、何が見えているのだろうか……。成神さんにも……。
「ホント、マジでこれ、見えるだけでなんにもできねーんだよなあ。ははは……だから、逆にしんどいよ。まあ成神も強い力があるってだけでいろいろ苦労をしてきたみたいだからなぁ……。だから、君の悩みも、きっと俺たちは共感できるところがあると思う。だから遠慮なく頼ってくれ」
「編集長さん……」
「まあ、なんにせよ、君の話をすべて聞いてみないとわからないけどね」
「成神さん……」
僕は……胸がいっぱいになった。
編集長さんも、成神さんも、本来だったら相手の話が本当かどうか、信じるに値する話なのかどうかということを必死で吟味するだろう。
でも、なんとなく、たくさん話さなくてもすぐにわかってもらえそうな気がした。
僕は彼らに対して、勇気を出して話すことにした。
「あの、メールでは……だいたい……僕の村の風習のこととか、幼馴染のお姉さんを助けたいってことしかを書いてなかったんですけど……あの……それでも、一応聞いてくれますか? 僕らの村に起こっていることを。そして、コワガミサマについてのことを……」
そうして、僕は村でのできごとを二人に話しはじめたのだった。
「龍一、朝ごはんよー」
そう呼ばれて今度はベッドで目が覚めた。どうやらパソコンで調べ物をしたあと、また三十分ほど二度寝してしまっていたらしい。
自室の入り口に母さんが立っている。
「起きなさい。って、あんたそれ……大丈夫なの?」
ベッドから起き上がった僕の「腫れた頬」を見て、案の定そんなことを言われる。
「うん、大丈夫だよ。学校……行くね」
「ああ、まあ無理しないでね……」
そう言うと、母さんはそれ以上何も言わずにまた階下へ降りて行ってしまった。
いろいろ昨夜のお役目について訊かれると思ったんだけどな。
どんなことしたの? とか。
純ちゃんはどうなったの? とか。
誰に殴られたの? とか。
もしかして、いろいろ訊くの我慢してるのかな。
いや……たぶん、あえて訊かないんだ。
きっと詮索しはじめたら、それだけこのお役目を全力で止めたくなってしまうだろうから。そんな危ないこと、息子にこれ以上させられないって。頭地区の人に抗議しに行ってしまう気がする。
そう。母さんはそういう人だ。
きっとコワガミサマに対しても。
なんてことを息子にさせているの、と、きっと食ってかかるに違いない。
たとえ天罰を加えられたってかまわない。そういう覚悟の人なんだ。母さんって人は。
「……やっぱり母さんの子なんだな、僕は」
ハハッと思わず笑う。
僕だって、ジュン姉のためにかなり無茶なことをしている。
これはやはり血筋のせいなのかもしれない。
身支度をしているとスマホが鳴った。
それは、先ほど検索していた所からのメールだった。
さっきそこ宛てにメールを送っていたのだが……もう? と早いレスポンスに驚きを隠せない。
僕はささっとその文面を読み下した。
そこには『すぐに会って話を訊きたい』という旨の、好意的な返事が書かれていた。
妙な興奮を覚え、僕は机の上の貯金箱をすぐに手に取る。
下のふたを開けて、一万円札二枚が中に入っていることを確認した。
これは僕の、なけなしの「全財産」だ。
でも「今」これを使わない、この返事に応じることはできない。ジュン姉を救うためには――「彼ら」の助けが必要なのだ。
朝食を食べて、僕は学校に向かう……フリをする。
ヘルメットをかぶり自転車に乗って、「行ってきまーす」と出かける先は当然、学校ではなかった。隣町の貝瀬市に向かうまでは同じだが、用があるのは町の中心にある「貝瀬駅」だ。
駅に着くと、僕はさらにそこから鈍行を乗って、新幹線の乗れる大きな駅まで向かった。
近場の路線に急行などはないので、ひたすら海沿いの町をタタン、タタンとのんびり進んでいく。
急いでいるのに。
気ばかりが焦る。
大きな駅に着くと、今度は東京・上野行きの新幹線に乗った。
シートに体を預けると急にどっと疲れを感じる。
僕には体力がない。精神面ももともとそんなに強くはないのだ。だからこんな「大冒険」などしたら、すぐにぐったりとしてしまう。
「ジュン姉、ごめんね。こんな僕で……」
ジュン姉を救うためには、力がないのなら、頭を使わないといけなかった。
たとえ今夜、待ち合わせの時間に間に合わなくなっても。ジュン姉があの鎖和墓地で僕をずっと待つことになったとしても、このチャンスを逃すわけにはいかない。
うとうとしていると、いつの間にか東京の上野駅についていた。
広いホームには見たこともないくらいたくさんの人がいる。僕はふらふらと構内を彷徨うと、ようやく改札の外に出た。
「えっと……たしかこっち、で合ってるよな……」
案内板を見ながら、上野公園がある方の出口に来たけれど、目の前には小さな道路があるばかりで、これから会うはずの人たちがどこにいるかはすぐにはわからなかった。
しかたなく改札前の段差を下りると、横断歩道があった。車が通りすぎるのを待っていると、ふと道路の向かい側に……変な雰囲気の人たちがいるのが見えた。
「えっ……」
サングラスにスーツというガタイの良い男性と、全身真っ黒な服を着た、長髪の男性がいる。
彼らが僕を見つけたのだと分かった。
ガタイの良い男性の方が、しきりと僕に手を振ってきている。
「あ、はは……本当にいた。本当に、会ってくれるんだ!」
僕がメールを送った相手は、有名なオカルト専門誌を発行している編集部だった。都合をつけてくれたのはそこで編集をしている主な二人であり、すぐにでも会ってくれるという運びとなっていた。
返信メールには彼らの特徴が書かれていたけれど、まさかあのような独特の雰囲気を持つ人たちだったとは。僕は思わず苦笑いを浮かべた。
信号が青になり、僕はゆるゆるとその二人に近づいてゆく。
ガタイのいい方の男の人が笑顔で出迎えてくれた。
「やあやあ、君が矢吹龍一くんだね! はじめまして。俺は『月刊オカルト・レポート』の編集長、平井だ。こっちは記者兼、霊能力者の……成神《なるかみ》だ。よろしく!」
「あ、はい、はじめまして……」
僕はやや緊張しながら、その編集長さんにお辞儀をした。
でも……隣にいる黒服の男の人は無口で、あまり僕と目を合わせようともしない。
記者兼、霊能力者だなんて……本当だろうか。自称、とかならテレビでもたまに見るけれど。
「……」
ふと、成神さんが眉を思いっきりしかめた。
僕がそんな失礼なことを考えていると見抜かれでもしたんだろうか。
「あ、えっ、えと……」
僕はあわてて成神さんの顔色を窺う。
成神さんは吐き捨てるように言った。
「ハッ、なるほど、こいつはまたヤバそうなのが来たね」
「え?」
初対面でそんなことを言われて、僕はどうしたらいいのかわからなかった。
割と僕、真面目で普通のやつですよ? そんな、ヤバいだなんて……。
けれど、すぐに編集長さんの方も同じことを言いだした。
「たしかにな。俺も初めて見たときはとんでもねえ、と思ったよ。龍一君、その胸のお守り、そこには何が入ってるんだい?」
「え? こ、これは……」
編集長さんに質問されて、僕は戸惑いながらも正直に答える。
「僕の村の海岸で採れた、砂金……です。それが何か?」
すると編集長さんはポリポリと頭を掻きだした。
「いやあ、ね、そこから黒い触手みたいなのがわさーっと出てきてるのが見えてるからさ。これは何なんだろうなあと思ってさ」
「ええっ?」
「実はね、君がメールをくれた子だってすぐにわかったのは……あっちの制服姿だったからとか、年や背恰好から判断したわけじゃない。本当は、その触手みたいなのが決め手だったんだ」
触手? 見えないけど……。それは、コワガミサマの……なのだろうか? 僕にはよくわからない。
急にゾッとして、僕は胸元のお守りを握りしめた。
「なんか、その気、見たことありますよ」
「ん? そりゃ本当か、成神!」
「ええ、まだよく思い出せないですけどね……絶対、どっかで一度……」
成神さんはまたわけのわからないことをしゃべっている。
気?
僕は、なんだか頭がくらくらしてきた。多少、人酔いして疲れていたのもあるし、脳がキャパオーバーになったせいもあるだろう。
「おっと、ここでこれ以上立ち話するわけにもいかないな。この先の喫茶店で、ぜひ休憩しながら話を聞かせてもらいたい。矢吹君、いいかい? もちろんお茶代くらいは出す!」
「あ、はい……編集長さん、ありがとうございます」
編集長さんのありがたい申し出に、僕は素直に付いて行った。
公園の中に入っていくと、美術館が軒を連ねていた。大きな木もたくさん植わっていて、とても心安らぐ公園となっている。けれど、平日だというのに人がかなり多かった。
「ああ、あそこでね、今ゴッホの展覧会をやってるんだ。だからまあそれなりに人がいるんだろうな、今日は……」
編集長さんが美術館のひとつを指さしながら、そう説明してくる。
たしかに、ゴッホの絵が描かれたのぼり旗があちこちに立っていた。編集長さんの隣を歩いていた成神さんが、ごほんと咳払いをしながらつぶやく。
「編集長、もう下手したら席が無くなってるかもしれませんよ」
「何!? そいつは本当か。もう昼になるし、たしかにな……。座れなかったらどうしよう! どうしよう、成神!」
「いや……まあ、テラス席ならまだ大丈夫だと思いますよ。今日は平日ですし、よく晴れてますし」
「そ、そうだな! うん。まあ最悪ダメだったら、その辺のベンチで話そう! 自販機で飲み物も買えるしな!」
がはははは、と豪快に笑いながら編集長さんはまたずんずんと歩いていった。
――結局。
その心配は杞憂に終わり、予想通り僕らは混みはじめてきた喫茶店の、テラス席にありつくことができたのだった。
「はははははっ! 良かった、良かった。俺は別に、会社近くの喫茶店でもいいんじゃないかって言ったんだけどな? それをこの成神が、わざわざここがいいって言うもんでさあ……」
「編集長。木を隠すなら森の中。人の気を隠すなら人の中、って言ったじゃないですか。ただでさえ、慎重に行かないとまずそうな案件なんですから……大人しく俺の言う事を聞いてください」
「だからぁ、言う通りにしたろ? さっ、何頼む、矢吹君」
「あ、ええと……」
よくわからない二人の会話を聞いた後、そんなふうに水を向けられた僕は、おそるおそるホットティーを頼むことにした。天気のいい日だとはいえ、まだまだ四月の外気は肌寒い。少しでもあったかいものを、と思ってそれにした。
「すまないね、矢吹君。俺たちの都合に付き合わせちゃって」
三人分の注文を終えた編集長さんが、メニュー表を畳みながら僕にそう言ってくれる。
「あ、いえ……大丈夫です。こっちから会いたいって、無理を言ったわけですし……その、なんというかお気遣い、ありがとうございます……」
そう言った後、僕は急に口が重くなってしまった。
ようやくこの二人に会うことができたのに。いったいどうしたんだろう。
信じてもらえなかったら……?
言っても、何も変わらなかったら……?
そんな思いがぐるぐると頭の中で渦を巻きはじめていた。
「……だいぶ、思いつめてるね。ずっと辛い思いをしてきたようだ。すぐには話せないのは当然、か……」
意外にも、そんなことを言ってくれたのは成神さんだった。
成神さんはよく見るととても整った顔立ちをしている。相変わらず眉間にしわは寄っているが、その目はどことなく優しく、慈愛を秘めているように見えた。
「あ、あの……」
「ああ、まだちゃんと自己紹介をしてなかったね。先ほど編集長も言った通り、俺は少し特殊な力を持っている成神という者だ。まあその「力」はそっちにいる人にも多少はあるんだけどね……」
「え?」
「簡潔にいうと、平井編集長はただ『見える』だけの力。俺は『祓う』力を持っている、ってことだ」
「見える……祓う!?」
何を。それは……訊かずともおのずとわかることだった。
見えるのもすごいけど、祓うなんて……そんなすごい力を持ってるなんて頼もしすぎる。
「あはははは。矢吹君、すっげえ驚いてる」
そう言って、編集長さんがニコニコ顔でこちらを見つめてきた。
僕は「か、からかわないでくださいよ……」というのが精一杯だ。
「あ、すまんすまん。でも、俺自身はあんまりこの力好きじゃないんだよなー。仕事上では便利な時もあるけど、基本ウザイだけだし。サングラスをかければ多少は見えづらくなるんだけど、面倒事も多くてなあ……」
そう言いながら、かけていたサングラスをとったり外したりしている。
その目には今、何が見えているのだろうか……。成神さんにも……。
「ホント、マジでこれ、見えるだけでなんにもできねーんだよなあ。ははは……だから、逆にしんどいよ。まあ成神も強い力があるってだけでいろいろ苦労をしてきたみたいだからなぁ……。だから、君の悩みも、きっと俺たちは共感できるところがあると思う。だから遠慮なく頼ってくれ」
「編集長さん……」
「まあ、なんにせよ、君の話をすべて聞いてみないとわからないけどね」
「成神さん……」
僕は……胸がいっぱいになった。
編集長さんも、成神さんも、本来だったら相手の話が本当かどうか、信じるに値する話なのかどうかということを必死で吟味するだろう。
でも、なんとなく、たくさん話さなくてもすぐにわかってもらえそうな気がした。
僕は彼らに対して、勇気を出して話すことにした。
「あの、メールでは……だいたい……僕の村の風習のこととか、幼馴染のお姉さんを助けたいってことしかを書いてなかったんですけど……あの……それでも、一応聞いてくれますか? 僕らの村に起こっていることを。そして、コワガミサマについてのことを……」
そうして、僕は村でのできごとを二人に話しはじめたのだった。
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