僕らの村のコワガミサマ

津月あおい

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第二章 夜のお役目

18、一夜明けて

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 0405/5:00/ジュン姉・宮内あやめ・園田・母さん/住宅地・矢吹家


 どれくらい歩いただろう。
 夜通し村を歩き回って、僕らはくたくたになっていた。
 ジュン姉も体力面では大丈夫そうだったが、さすがに十数回も例の儀式をやっていると、精神的にはかなりきつそうになっていた。どことなく足取りや、声にも元気がない。

「ジュン姉、だ、大丈夫?」

 そう声をかけそうになって、ギリギリの所で思いとどまった。
 僕の方から声をかけることは許されない。
 それが歯がゆくて、悔しくて……。せめて気持ちだけでも伝えたいと、僕はジュン姉をじっと見つめた。

「ん?」

 けれど、空に何か異変を見つけた気がして、僕は顔をあげた。
 東の山の上がうっすらと明るくなっている。

「よ、夜が……明けるのか?」

 ぼうっとそれを眺めていると、いつのまにか周囲に頭地区の人たちが集まってきていた。
 五人いる。その全てが黒子のように真っ黒いスーツを着ていて……そして、そのうしろには宮内あやめと、運転手の園田がいた。

「お疲れ様。初日にしては二人とも上出来だったわね」

 宮内あやめがそう言いながら、僕らの前まで来る。
 ムカつく……。
 すっごい上から目線だ。やっぱり僕はこいつを好きになれない。

「おい、僕にそういう言い方するのはわかるけど、なんでジュン姉にまでそんな言い方するんだよ。撤回しろ。何様のつもりだ、お前」
「はっ? わたしたちは……宮内家の人間よ。あなただってそれはわかってるじゃない。それに、わたしたちは別にあなたやコワガミサマのお嫁さんに仕えているわけじゃないわ。コワガミサマに仕えているだけなの」
「は?」

 僕がその言い分に首をひねってみせると、宮内あやめは少しムッとしたようだった。けれどすぐに元の無表情に戻り、ジュン姉の元に近づいてくる。

「コワガミサマ……今夜もありがとうございました。もうすぐ朝になります。神社までご帰還くださいませ」
【うむ。お前たちも、ご苦労だった】

 ジュン姉の口から例の低い声が出てきたかと思うと、また黒い煙が出現してジュン姉を取り囲んでいった。

「あ、あのっ、リュー君。ま……また明日!」

 煙の隙間から手を伸ばして、ジュン姉が僕にそう叫ぶ。
 僕はだんだん姿が見えなくなっていくジュン姉に、急に不安になった。

「じゅ、ジュン姉!?」

 やがてその腕も煙に包まれたかと思うと、そこにさっと朝日が差し込んだ。
 陽の光に照らされると、黒い煙は一瞬で半透明の物体に変わる。それはうねうねとタコの触手のように蠢き……それがジュン姉の体に静かに巻き付いていった。

「…………」

 ジュン姉はじっとこちらを見つめている。
 でも、顔はぼんやりとしていてどんな表情をしているのかはわからない。
 白いタコのお面を被っている。それでも、わかることもあったのに、今は離れているからわからなくなっている。笑顔なんだろうか。それとも、悲しい顔をしているのだろうか。

 ジュン姉を取り囲むそれは、だんだん強く発光しはじめて……やがてジュン姉ともども姿を消してしまった。

「さて、我々も帰りましょうか……」

 そう言って、宮内あやめは他の黒服たちを促す。
 けれど僕は彼らを呼びとめた。

「お、おい。ちょっと待て……」

 僕に、何の説明もなかった。今日のお役目の働き具合については「上出来」の一言だけだったけど、それ以外は何にもなかった。明日のお役目についてとか、今日この後はどうするのか、とか。

 宮内あやめはうっとうしそうに振り返ると、

「園田」

 それだけ言って、立ち去った。
 運転手の園田が足早に僕に近づき、右の拳を振り上げる。

「……!」

 右ストレート。
 それが僕の左頬に直撃した。手加減は……されてたと思う。でも、めちゃくちゃ痛かった。

「ぐふっ……」

 うめき声を発しながら倒れると、園田はにっこり微笑んでいた。

「お嬢様がお手をお出しになることはもう、ありません。『お嬢様』ですから。代わりに私がやります」

 そう言って一礼をすると、園田も去って行く。
 僕はしゃがみこみながら、持っていた金属バットを握りしめた。

 母さん……ごめん。
 これせっかく持たせてもらったのに、全然使えなかったよ……。

 じわりと涙がにじんでくる。
 でも、それが流れ落ちる前に制服の袖でぬぐってやった。
 次は殴られない。その前にこれで、叩きのめしてやる。

 もう油断しない。

 僕は……ふらふらと立ち上がると、家に向かって歩き出した。




 ようやく自宅にたどり着くと、僕は風呂場に向かった。
 母さんは寝ている。
 だから玄関に金属バッドをそっと置いて、廊下をゆっくり進んだ。

「ふう……」

 熱いシャワーを浴びながら、一日の疲れと汗を流す。
 その間、ジュン姉のこと、コワガミサマのこと、ヨソモノたちのこと、頭地区の人たちのことなどを思い出した。
 でも、大部分はジュン姉のことだ。

 可哀想なジュン姉。
 辛そうだったジュン姉。

 どうにかして、あの人を助け出したい……。

「ジュン姉……」

 縛られて喘ぐジュン姉の姿が、ふっと脳裏に浮かんだ。すると、なぜだか胸が急にどきどきしてくる。シャワーを止め、僕は愕然とした。

「な、なんでだ……? なんでこんなの……こんなの、こんなのダメだ……!」

 急いで風呂場を出て、階段を駆け上がる。
 どたどたと音を立てたせいで、母さんが起きてしまったみたいだった。
 上の階に上がった時点で下から声がかかる。

「龍一? 帰ってきたの? 大丈夫だったー?」
「あ、うん。大丈夫! なんでもない! ちょっと、眠いからもう寝るね! あとで話す!」
「そーお? じゃあ、おやすみぃ……」

 まだ、五時だ。
 母さんもまだ眠いだろう。とりあえず無事に帰ってきたんだから、すぐにいろいろ追求されることはないはずだ。まあ、あとで……朝食のときとか、この顔を見たら驚かれるだろうけど……。

 てか、園田のやつ!
 僕がジュン姉の付き人になっている間は、手出しできないはずじゃなかったのか?
 どうして殴りかかったりなんかできたんだろう。そのあとに天罰を受けた様子はなかった。それはコワガミサマが、あの場に居なかったからだろうか……?

 僕はパンツ一丁のまま自室に入ると、持っていた制服をベッドに投げた。
 そこから、ポロリと何かが転げ落ちる。
 それは、あの「お守り」だった。

「……くっ!」

 僕はそれをひっつかむと、強く床に叩きつけようとして……できなかった。
 これは、僕がジュン姉にあげたものだ。
 それが……それがなんで……。

「なんで、僕に戻ってくるんだよ……っ! 頭地区のやつらもコワガミサマも……僕を、僕をいったいなんだと思って……くそっ! くそっ!」

 僕はそれをギュッと掴むと、床にうずくまった。

「絶対、絶対……ジュン姉を取り返す……! ジュン姉を……もうあんな目に遭わせるもんか!」

 僕のこともそうだけど、ジュン姉のことだって、やつらは大事にする気なんかないのだ。あくまで道具。コワガミサマが願いを叶えるために、人々の罪悪感を得るために、利用しているだけにすぎない。

 僕は決意を新たにすると、そのまま、床で力尽きてしまった……。
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