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第二章 夜のお役目

16、オタクのヨソモノ

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 0404/19:20/ジュン姉/住宅地


「大丈夫……って、何が?」
「何がって……」

 心配したのに、ジュン姉はあまりにもケロリとしている。
 黒い紐に強く締め上げられていたはずだが、首や手首など、服から露出している部分に痣すら残っていなかった。これはいったい……。

「ああ、これは嘘っていうか……ヨソモノとか村の人が、わたしに対して罪悪感を抱いてもらうようにやってる『演技』なんだ」
「え、演技?」

 ジュン姉が演技、だって? そんな器用なことができる人だったろうか。
 意外な事実に僕は呆然とする。

「あー、コワガミサマに縛り上げられているときはね、実際に苦しいよ? でも……儀式が終わると、全然痛さや苦しみが消え失せちゃうんだ。これって……嘘、ってことだよね」
「いや……嘘、ではないと思うけど……。とにかく今はなんともなくて良かったよ」
「うん。絶対死んだりしないってさっきも言ったでしょ。だから安心して!」
「う、うん……」

 僕は今朝、神社で見た夢のことを思い出していた。
 今は、たしかに無事だった。ジュン姉の言うように、危険なことはないのかもしれない。でも、願い事によってはとりかえしがつかなくなってしまうのではないか? と思った。そう、あの夢のように……。
 やはり、僕はどうにかしてジュン姉をコワガミサマから助け出さないといけないと固く誓った。

「えっと。じゃあそろそろ次、行かないとね……」

 気乗りしない口ぶりで、ジュン姉がそう言う。
 僕は軽く頷いた。

「うん。まだまだ、村にはヨソモノが残ってるみたいだからね。あとどれくらいいるのかな? わからないけど……」

 遠く耳を澄ませてみる。
 すると、数多くの奇声が風に乗って届いてきた。 

「ま、またついてきてくれる? リュー君!」
「もちろんだよ、ジュン姉」
「はー。ありがとう。じゃあ、行こっか!」
「うん」

 お互い目くばせをし合ってから、歩き出す。

 いよいよ辺りの闇は濃くなり、頭上には星が瞬きだしていた。
 ジュン姉とは、昼でもあまり一緒に外には出歩かないけど、夜はもっと出歩かなかった。だからこれは、初めての「夜デート」みたいなものかもしれない。不謹慎かもしれないけど、コワガミサマが側にいても、頭地区の人たちがどこかから見張っていたとしても、僕は無理やりそう思うことにした。

 夜にデートなんて、大人の男女がするもんだと思っていたから、妙にドキドキする。

「リュー君?」

 そわそわしていると、ジュン姉が不審がってこちらを見てきた。
 い、いけないいけない。そういう不純なことは思ってないってことにしておかないと――。ジュン姉に呆れられてしまう。

「デュフフフフ……!」

 その時、前方から不審な笑い声が聞こえてきた。

 あれは……ヨソモノ?
 典型的なオタクの笑い声だったけど、いったいどこに……。

「あっ」

 かなり先の外灯の下に、小太りの体型の「ヨソモノ」が出現していた。
 ヨソモノはこちらに気が付くと、ゆっくりと近づいてくる。影の塊なのでよくわからなかったが、口元がなんだかニヤニヤしていた。

「うわっ、なんだか……気持ち悪いなー」

 小声でジュン姉がそんなことを呟いている。
 あれは……たとえ生きている人間でも気持ち悪いと思う。

「デュフフフフ……。巨乳の女性と、ショタ中学生、ハッケーン!」

 また妙な声を発しながら、太ったヨソモノがこっちにやってきた。

「なっ、なんだアイツ!」
「あれも願いを叶えないといけないのかな、コワガミサマ?」

 動揺した僕の後に、ジュン姉がうんざりして言った。
 コワガミサマはまたジュン姉の口を借りて低い声を発する。

【ヤツは、明瞭に言葉を発している……。であれば、あれは高濃度の罪悪感を持っている可能性が高い。早く、儀式を始めろ。日向純】
「はーい……」

 やる気を出しているコワガミサマとは対照的に、ジュン姉は半ば投げやり気味でいるようだった。
 ゆっくりと一歩進み出て、そのオタクに語りかける。

【罪悪感を……我に捧げよ。さすればお前の願いを叶えよう】

 コワガミサマのその声を聞いたヨソモノは……嬉々としてしゃべりはじめた。

「え? マジ、マジ? 願い事なんて、叶えてくれんの? なになに? じゃあさ、『絶鬼討伐ライカちゃん』に出てくるライカちゃんにそっくりな女の子を、彼女にしてくれよ!」

 オタクのヨソモノはそう言うと、さらに興奮しはじめた。
 ライカちゃんというのは……たしかアニメかなんかのキャラじゃなかったっけ。

「ボクね、ライカちゃんを……世界で一番愛してるんだ! でもね、現実にはいないんだ……。それっぽい子を探し当ててみたこともあるんだけどさ、なんかね、ダメだった。『お試し』してみたんだけど、やっぱり二次元に匹敵する三次元って、いないんだよ。たとえ幼女でもね、ダメだった。僕を拒否したり、泣いたりして……すっごく心折られちゃったんだよ。だから……お願いだ! まったく同じ顔と性格の子を用意して。そうしたらボクは……」

 こいつは無限にしゃべり続けるのだろうか。そう思うくらい、そいつは早口でペラペラとまくし立てていた。これにはジュン姉も、コワガミサマも呆れかえっていたと思う。
 これくらい熱の入った、キモチワルイ説明だった。

 コワガミサマは、ずっと続けているそのヨソモノの話を、ばっさりと斬りつけるように言った。

【わかった。もう良い。お前の願いは十分すぎるほどにわかった。ではこれからは……『幼き子供に毎日声をかけよ』。さすればいずれ出会うだろう。お前の理想の相手に……】
「ほ、本当か!?」
【願いが叶った後も、お前は毎日違う子らに声をかけよ。そして、幼き子らと触れ合うたびに罪悪を感じ続けよ。罪悪を感じつづけるほどに、お前の願いは成就に近づく。ただし、罪悪を感じられなくなった瞬間……天罰が下る。それを心しておけ】
「はっ、はいっ! はいっ! いよっしゃー! ライカたんんんん!」

 嬉しそうにそう雄たけびをあげると、ヨソモノはぐっとガッツポーズをとった。

 いや……待て。待て待て。
 これ、絶対通報される案件でしょ、不審者として……。
 幼女に声をかけるとか……。
 でもそういうリスクでも冒さないと、とてもヤツの願いは叶わないということだろうか。
 願わくば、犯罪の被害者が出ないことを僕は祈った。

「罪悪感の強さと引き換えに、それ相応の願いが叶えられる」

 このルールは時に残酷だと思う。
 ヨソモノも、この村の人たちと同じような願いの叶えられ方をするのだ。

 僕は、このオタクのヨソモノが言う「ライカちゃん」にそっくりな子なんて……そうそう見つからないだろうと思った。ある程度、僕も漫画やアニメに詳しいからわかる。

 そのライカちゃんというのは……そのアニメの主人公の赤髪のキャラだ。
 しかも小学校低学年くらいの年齢の少女。そんな子、この日本で存在しているとは思えない。

 でも、オタクのヨソモノは願いが叶えられるとわかって、すっごく喜んでいた。

「うわーい!」
「……」

 僕が並行していると、ジュン姉の背後からまた黒い煙が噴き出しはじめた。
 煙ははしゅるしゅると細いひも状のものになり、ジュン姉の体に巻き付いていく。首や腕、足、それから顔、また胸などがきつく締め付けられていった。

「んっ、んんっ!」
【ではこれより、契約の儀式をはじめる】

 ジュン姉の体がふわりと宙に浮かびあがると、また白いタコのお面が自動的に外れた。
 ギリギリと締め付けが強くなっていく。


「あ、ああっ! はあっ……! りゅ、リュー君、見ないで……見ないでッ。あっ、ああああーーっ!」

 僕に向かって、ジュン姉がそんな風に叫ぶ。 
 苦しそうに、切なそうに。

 すると、側にいたヨソモノがなぜか興奮しはじめた。

「はあっはあっはあっ。な、なんだあれ……緊縛? やべえ、幼女じゃないけど、なんかムラムラしてきたぞっ……」

 そう言って、ヨソモノはその手を自らの股間に持っていく。

 な、なんだこいつ……。へ……変態だ! こんなときにいったい何をしようとしているんだ? 僕は急に殺意が湧いてきて、金属バットを固く握りしめた。

「おいっ。あれを、ジュン姉を……そんな目で見るな。ジュン姉は、お前のために苦しんでいるんだぞ!」

 殺気を込めてヨソモノの前に立つ。

「なっ、なんだよお前! 別にあれ、ボクが頼んだわけじゃないし……いいだろ! それより、お前もあの姿、興奮するんじゃないか? なっ、なっ? 正直になれよっ」
「えっ……?」


 そう訊かれて、僕は言葉に詰まった。
 そんなこと、考えたくもなかった。だってジュン姉は今、辛い思いをしているんだ。それに性的なことを重ねて見るなんて……。

 そう思った瞬間、でもなぜか急に顔が熱くなってきてしまった。
 そういう風に考えたら、もうジュン姉のことをまともに見れなくなってしまう。なんで、いまさらこんなことに気付いてしまうんだ、僕は……。

 やり場のない怒りを、僕はオタクのヨソモノにぶつけた。

「そ、そんな……お、お前っ、ふざけんなよ! 罪悪感を覚えろ! そんなに風に見続けるんなら……コワガミサマが、お前に天罰を下すからな。いや、その前に……僕がお前を罰する! 覚悟しろ!」

 そう言って、僕は金属バットを振り上げる。
 ヨソモノに物理的な攻撃は通じない。と思うけど……ヨソモノは「ひいっ」と悲鳴を上げて縮こまった。

「わ、わかったわかった、悪かったよ!! ら、ライカちゃんと……い、いちゃいちゃするまで我慢するから。だから、わかったから……それしまって。ごめんな……あぐっ!?」

 手を合わせて、そう必死に懇願しはじめたヨソモノの口から、あの「赤く輝く球体」が出てくる。
 それを、黒い煙の紐がすかさずキャッチした。

【ふむ。捧げ物は……たしかに受け取った。お前に幸あらんことを】

 すると、その憎らしいヨソモノはすぐにきれいさっぱりと消え失せた。

「はあっ、はあっ……。ふうっ……」

 地上に下ろされたジュン姉は、荒い息を吐きながらお面を拾っていた。
 でも、なんだろう。その横顔に僕は変な気持ちを抱いてしまう。
 すごく顔が赤い。ジュン姉のその表情を見ていると、胸のドキドキが止まらない……。

 自分自身の反応に戸惑っていると、ジュン姉がぽそりと小さくつぶやいた。

「りゅ、リュー君……。は、恥ずかしい……よ。そんなに、見られると……」

 それを聞いて、僕は全身がカッと熱くなってしまった。
 恥ずかしいって……それ、さっきも言ってたな。けど、そうか。僕とか他の人に、そんな目で見られるのが恥ずかしかったのか。

「そ、そっか……」

 僕は、ジュン姉のその思いに気付いてしまって、ものすごくいたたまれない気持ちになった。
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