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第一章 異常な日々の始まり
8、僕の変化
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0403/22:00//矢吹家
家に帰ったが、誰もいなかった。
リビングにはおとといからのゲーム機が出しっぱなしで、その光景は一層寂しさを募らせる。あれで一緒に遊ぶ相手はもう……いないのだ。
僕は冷蔵庫からペットボトルの烏龍茶を出すと、そのまま口をつけて飲んだ。
四月とはいえ、一時間近くも山道を自転車で走ってくると喉がカラカラになる。本当に毎日憂鬱だ。今でさえ「こう」なのに、もっと気温が高くなったらいったいどうなってしまうのだろう。
「水筒、もう少し大きくした方がいいかな。でも重くなるしな……」
悩んだ末、結局そのままの水筒を使うことにした。
今使っているのは少し小さめのものだが、もし足りなくなったら学校の水道の水でも入れておけばいい。
今までだってそれでどうにかなってきた。だから……。
そう、僕は常に変化を嫌っている。
今のままで十分だと、もし変えてしまったらもっと良くないことが起こるのではないかと、恐れている。ジュン姉が隣の家からいなくなってしまったみたいに……。
そういうのはもう、勘弁だった。
二階に行って自室のベッドに寝そべる。
頭に浮かぶのは、ジュン姉のことばかり。
やがて母さんが帰ってきた気配がして、その後一緒に夕飯を食べた。お風呂に入って、電気を消す。その間ずっと、僕はジュン姉のことばかり考えていた。
「ジュン姉、どうしてるかな……」
自室の天井を見ながら思う。
式が無事に終わったので、コワガミサマのお嫁さんにはちゃんとなれたはずだ。でも……「お役目」まで遂行できているかは疑問だった。
だって、あのジュン姉だ。
どうしていいかわからずに、今も戸惑っていたりするに決まっている。
ジュン姉は天然で、いつもどこか抜けているのだ。
僕がいないと絶対大変なことになるのに……。
「オオオオオォ……」
「キャアアアァーーッ……」
外からは、今日も「ヨソモノ」たちの叫び声が聞こえてくる。
男や女の悲鳴。わけのわからない言葉の羅列。そんな呪詛のような声が渦巻くこの村の夜をジュン姉は歩かなければならないのだ。それが、コワガミサマのお嫁さんの役目だと聞いた。
いくらコワガミサマが側についていようと、そんな状況にあのジュン姉がパニックを起こさないわけがない。
「ねえ、リュー君……。毎晩さ、外から聞こえる声って怖くない?」
そんなことを前に言っていたくらいなんだから。
僕は……布団をはねのけると、すでに着替えていたパジャマから制服に着替え直した。詰襟なので、一つ一つ丁寧に金のボタンを留めていく。この制服は黒なので、もし万が一誰かに見つかりそうになっても物陰に隠れやすいだろう。
村の掟では、夜間の不要な外出は禁じられている――。
夜は、コワガミサマとコワガミサマのお嫁さん、そして宮内の人間たちしか出歩けない時間帯となっていた。
その間は「ヨソモノ」たちの願いを彼らが叶えることになっていたからだ。
その他の村人たちはその様子をけっして見てはならない。もし偶然彼らと行き会ったとしても、お嫁さんたちの顔を見てはならない、とされていた。
玄関から外に出ると、母さんに見つかる可能性があったため、僕は二階の窓を開けてすぐそばにある庭木に移った。枝から枝へ慎重に足を運んで、なるべく音をたてないように下りていく。
無事に下りきると、僕はさっそくジュン姉を探しに向かった。
行ってどうなるものでもないけど。
でも、ジュン姉の事が心配で、どうしても行かずにはいられなかった。
変わりたくなかったけど、でも、やっぱり今のままじゃダメだ。
それに、気づくのが遅すぎた。
でも、いまなら――。ジュン姉のためだったら、僕も変われるような気がする。
とりあえず、闇雲に路地を走りまわる。
何度かヨソモノと出くわしそうになったけど、じっと動かないで顔を伏せていれば、相手は気づかずに通り過ぎていった。
問題なのは、生きている村人と出くわすことだった。「お前、何をやってるんだ?」と確実に注意を受ける。その方が面倒なので避けたかった。
ジュン姉「に」見つかるのも、注意しなければならなかった。
こちらから見つけるのはいい。でも向こうからは……ダメだ。
ジュン姉はもう、コワガミサマのお嫁さんなのだ。一緒にいるであろうコワガミサマがそれに気付いたら、天罰を下されてしまう。
まあ別に……もういいんだけどね。どうなっても……。
でもジュン姉がどうなったかわからないまま「終わって」しまうのだけは嫌だった。できたら見届けたあとに、天罰を下されたい。
だから、僕はものすごく慎重に行動した。
足を速めるのと同時に、さまざまな場所に目を向ける。少しでも変化があれば立ち止まり、異変があれば率先してそこに向かった。だって、そこにジュン姉がいるかもしれなかったから。
「ジュン姉……ジュン姉!」
興奮しているせいか妙に頭がはっきりしてくる。
そうすると、ふと「ある場所」が思い浮かんだ。
「そうだ! もしかしたら、あそこに……」
僕は踵を返すと、一目散にそこへと向かった。
家に帰ったが、誰もいなかった。
リビングにはおとといからのゲーム機が出しっぱなしで、その光景は一層寂しさを募らせる。あれで一緒に遊ぶ相手はもう……いないのだ。
僕は冷蔵庫からペットボトルの烏龍茶を出すと、そのまま口をつけて飲んだ。
四月とはいえ、一時間近くも山道を自転車で走ってくると喉がカラカラになる。本当に毎日憂鬱だ。今でさえ「こう」なのに、もっと気温が高くなったらいったいどうなってしまうのだろう。
「水筒、もう少し大きくした方がいいかな。でも重くなるしな……」
悩んだ末、結局そのままの水筒を使うことにした。
今使っているのは少し小さめのものだが、もし足りなくなったら学校の水道の水でも入れておけばいい。
今までだってそれでどうにかなってきた。だから……。
そう、僕は常に変化を嫌っている。
今のままで十分だと、もし変えてしまったらもっと良くないことが起こるのではないかと、恐れている。ジュン姉が隣の家からいなくなってしまったみたいに……。
そういうのはもう、勘弁だった。
二階に行って自室のベッドに寝そべる。
頭に浮かぶのは、ジュン姉のことばかり。
やがて母さんが帰ってきた気配がして、その後一緒に夕飯を食べた。お風呂に入って、電気を消す。その間ずっと、僕はジュン姉のことばかり考えていた。
「ジュン姉、どうしてるかな……」
自室の天井を見ながら思う。
式が無事に終わったので、コワガミサマのお嫁さんにはちゃんとなれたはずだ。でも……「お役目」まで遂行できているかは疑問だった。
だって、あのジュン姉だ。
どうしていいかわからずに、今も戸惑っていたりするに決まっている。
ジュン姉は天然で、いつもどこか抜けているのだ。
僕がいないと絶対大変なことになるのに……。
「オオオオオォ……」
「キャアアアァーーッ……」
外からは、今日も「ヨソモノ」たちの叫び声が聞こえてくる。
男や女の悲鳴。わけのわからない言葉の羅列。そんな呪詛のような声が渦巻くこの村の夜をジュン姉は歩かなければならないのだ。それが、コワガミサマのお嫁さんの役目だと聞いた。
いくらコワガミサマが側についていようと、そんな状況にあのジュン姉がパニックを起こさないわけがない。
「ねえ、リュー君……。毎晩さ、外から聞こえる声って怖くない?」
そんなことを前に言っていたくらいなんだから。
僕は……布団をはねのけると、すでに着替えていたパジャマから制服に着替え直した。詰襟なので、一つ一つ丁寧に金のボタンを留めていく。この制服は黒なので、もし万が一誰かに見つかりそうになっても物陰に隠れやすいだろう。
村の掟では、夜間の不要な外出は禁じられている――。
夜は、コワガミサマとコワガミサマのお嫁さん、そして宮内の人間たちしか出歩けない時間帯となっていた。
その間は「ヨソモノ」たちの願いを彼らが叶えることになっていたからだ。
その他の村人たちはその様子をけっして見てはならない。もし偶然彼らと行き会ったとしても、お嫁さんたちの顔を見てはならない、とされていた。
玄関から外に出ると、母さんに見つかる可能性があったため、僕は二階の窓を開けてすぐそばにある庭木に移った。枝から枝へ慎重に足を運んで、なるべく音をたてないように下りていく。
無事に下りきると、僕はさっそくジュン姉を探しに向かった。
行ってどうなるものでもないけど。
でも、ジュン姉の事が心配で、どうしても行かずにはいられなかった。
変わりたくなかったけど、でも、やっぱり今のままじゃダメだ。
それに、気づくのが遅すぎた。
でも、いまなら――。ジュン姉のためだったら、僕も変われるような気がする。
とりあえず、闇雲に路地を走りまわる。
何度かヨソモノと出くわしそうになったけど、じっと動かないで顔を伏せていれば、相手は気づかずに通り過ぎていった。
問題なのは、生きている村人と出くわすことだった。「お前、何をやってるんだ?」と確実に注意を受ける。その方が面倒なので避けたかった。
ジュン姉「に」見つかるのも、注意しなければならなかった。
こちらから見つけるのはいい。でも向こうからは……ダメだ。
ジュン姉はもう、コワガミサマのお嫁さんなのだ。一緒にいるであろうコワガミサマがそれに気付いたら、天罰を下されてしまう。
まあ別に……もういいんだけどね。どうなっても……。
でもジュン姉がどうなったかわからないまま「終わって」しまうのだけは嫌だった。できたら見届けたあとに、天罰を下されたい。
だから、僕はものすごく慎重に行動した。
足を速めるのと同時に、さまざまな場所に目を向ける。少しでも変化があれば立ち止まり、異変があれば率先してそこに向かった。だって、そこにジュン姉がいるかもしれなかったから。
「ジュン姉……ジュン姉!」
興奮しているせいか妙に頭がはっきりしてくる。
そうすると、ふと「ある場所」が思い浮かんだ。
「そうだ! もしかしたら、あそこに……」
僕は踵を返すと、一目散にそこへと向かった。
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