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プロローグ 何気ない日々の終わり
5、ジュン姉の嫁入りの朝
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0402/07:00/ジュン姉/日向家前
翌朝。
僕は完成した品を持って、ジュン姉の家に行った。
門柱には「日向」という表札がかかっている。
僕は家の前で大人しく待っていた。
そして、七時を過ぎたあたりになって、ようやくジュン姉とジュン姉の御両親が出てくる。
「あ、リュー君! おはよー」
僕を見つけたジュン姉が、普段通りの明るい声をかけてきた。僕は、その言い方があまりにも普通だったので、かえって苛立ちを覚える。
「ジュン姉……。おはよー、じゃないよ」
「え?」
「どうして、どうして黙ってたんだ! こんな、大事なこと……」
「そ、それは……」
「こんなのって、こんなのってないよ! ジュン姉がコワガミサマのお嫁さんになってしまうだなんて……!」
「ごめん、ごめんね。でもこれは、どうしようもないことなんだ。リュー君、今まで――」
「これ!」
僕は別れの言葉をもう言われそうになったので、あわてて持っていたものを手渡した。それは、手作りの「お守り」だった。
「リュー君……約束、守ってくれたんだ。作ってくれたんだね」
「うん……。間に合わないかとも思ったけど……なんとかできたよ。出来はあんまり良くないけど、気に入ってくれたら嬉しい」
あれからスマホで、僕は「手作りのお守りの作り方」というのを調べていた。
身に着けられるもの、と言ったらそれしか思いつかなかったのだ。あと、お守りだったらジュン姉も無くさないでいてくれるかな、と思った。
黄色い花柄の布が裁縫箱にあったので、それで小さな袋を作った。
次にその袋の中に、例の砂金を白い綿に包んで入れ、そして金色の紐を長めに切って、首からペンダントのようにぶら下げられるようにした。紐はお守りらしく、「あわじ結び」という結び方で袋にとめた。
すると、一応お守りっぽい形になった。
ジュン姉はしげしげとそれを見つめると、さっそく首にかけてくれた。
「かわいい! ありがとう! これ、中に昨日の『金』が入ってるんだよね?」
「うん、そうだよ。上から触るとわかると思うんだけど」
「あ、ほんとだー」
ややぷっくりとした形になっているのは、あの砂金が大きかったからだ。
できるだけ薄くしてあげたかったけど、中身が飛び出さないように厳重に包んだらこんな風になってしまった。
「それが……僕の代わりにジュン姉を守ってくれると、いいんだけどね」
「え?」
「あ、いや、なんでもない。僕なんかが守らなくても……今後はコワガミサマが守ってくれるよね。僕が作ったお守りなんて、なんの効力も……ない、かも。いらないと思ったらいつでも捨てて」
「りゅ、リュー君!」
ジュン姉はハッとした顔をすると、僕の両手を強く掴んできた。
「え?」
「ぼ、『僕なんか』じゃないよ! リュー君! そんな……そんな風に言わないで。すごく嬉しかったよ! わたしのこと、一所懸命考えて作ってくれたんでしょ!? だったら効力ない、なんてことないよ!」
「ジュン姉……」
「わたし……わたしね、すごく寂しいよ。きっとリュー君も……今そう思ってくれてると思う。だからわたし、リュー君に――」
そこまで言った所で、ジュン姉のお母さんが横から声をかけてきた。
「純! それ以上言っちゃダメ! いくら龍一君だからって……それ以上言ったら」
「わかってる! お母さん。でも……」
「あなたは、納得したんでしょ。村のみんなが決めたことに」
「うん、そうだけど……」
「だったら」
「うん、わかってる。わかってるよ……。じゃあ……もう行くね、リュー君。ありがと。さよなら」
そう言って、寂しげに笑ったジュン姉は、僕の前を素通りして歩きはじめた。
この道を北へまっすぐ行けば境雲神社だ。それは、コワガミサマのお社がある場所――。
「ジュン姉!!」
僕は、ご両親と連れ立って歩いていくジュン姉に向かって叫んだ。
「ジュン姉ッ!! ジュン姉ーーーッ!!」
まだ、伝えてないことがある。それを伝えるまでは……行ってほしくなかった。でも、ジュン姉は……もう振り返ってはくれない。
何もかももう遅いのか?
僕はそれでも叫んだ。何も伝わらなくても。何も変わらなくても。
「ジュン姉ッ!! 何も……何もできなくてごめんっ! こんな、こんなことしかできなくてごめん! 僕が……僕がジュン姉を……ずっと守れたら良かったのに! 守りたかった! ずっとそばにいたかったんだ! でもごめん、ごめん、ジュン姉ーーッ!!」
ジュン姉は何も言わず、一度も振り返らずそのまま行ってしまった。
もうすでに今までのジュン姉じゃなくなってしまったみたいだった。
僕のジュン姉が……みんなの、そしてコワガミサマの、ジュン姉へと変わっていく……。
今日という日が永遠に来なければ良かった。
僕は絶望したまま、追いかけることも、引き留めることもできず、ただジュン姉の背中が小さくなっていくのを見送ることしかできなかった。
翌朝。
僕は完成した品を持って、ジュン姉の家に行った。
門柱には「日向」という表札がかかっている。
僕は家の前で大人しく待っていた。
そして、七時を過ぎたあたりになって、ようやくジュン姉とジュン姉の御両親が出てくる。
「あ、リュー君! おはよー」
僕を見つけたジュン姉が、普段通りの明るい声をかけてきた。僕は、その言い方があまりにも普通だったので、かえって苛立ちを覚える。
「ジュン姉……。おはよー、じゃないよ」
「え?」
「どうして、どうして黙ってたんだ! こんな、大事なこと……」
「そ、それは……」
「こんなのって、こんなのってないよ! ジュン姉がコワガミサマのお嫁さんになってしまうだなんて……!」
「ごめん、ごめんね。でもこれは、どうしようもないことなんだ。リュー君、今まで――」
「これ!」
僕は別れの言葉をもう言われそうになったので、あわてて持っていたものを手渡した。それは、手作りの「お守り」だった。
「リュー君……約束、守ってくれたんだ。作ってくれたんだね」
「うん……。間に合わないかとも思ったけど……なんとかできたよ。出来はあんまり良くないけど、気に入ってくれたら嬉しい」
あれからスマホで、僕は「手作りのお守りの作り方」というのを調べていた。
身に着けられるもの、と言ったらそれしか思いつかなかったのだ。あと、お守りだったらジュン姉も無くさないでいてくれるかな、と思った。
黄色い花柄の布が裁縫箱にあったので、それで小さな袋を作った。
次にその袋の中に、例の砂金を白い綿に包んで入れ、そして金色の紐を長めに切って、首からペンダントのようにぶら下げられるようにした。紐はお守りらしく、「あわじ結び」という結び方で袋にとめた。
すると、一応お守りっぽい形になった。
ジュン姉はしげしげとそれを見つめると、さっそく首にかけてくれた。
「かわいい! ありがとう! これ、中に昨日の『金』が入ってるんだよね?」
「うん、そうだよ。上から触るとわかると思うんだけど」
「あ、ほんとだー」
ややぷっくりとした形になっているのは、あの砂金が大きかったからだ。
できるだけ薄くしてあげたかったけど、中身が飛び出さないように厳重に包んだらこんな風になってしまった。
「それが……僕の代わりにジュン姉を守ってくれると、いいんだけどね」
「え?」
「あ、いや、なんでもない。僕なんかが守らなくても……今後はコワガミサマが守ってくれるよね。僕が作ったお守りなんて、なんの効力も……ない、かも。いらないと思ったらいつでも捨てて」
「りゅ、リュー君!」
ジュン姉はハッとした顔をすると、僕の両手を強く掴んできた。
「え?」
「ぼ、『僕なんか』じゃないよ! リュー君! そんな……そんな風に言わないで。すごく嬉しかったよ! わたしのこと、一所懸命考えて作ってくれたんでしょ!? だったら効力ない、なんてことないよ!」
「ジュン姉……」
「わたし……わたしね、すごく寂しいよ。きっとリュー君も……今そう思ってくれてると思う。だからわたし、リュー君に――」
そこまで言った所で、ジュン姉のお母さんが横から声をかけてきた。
「純! それ以上言っちゃダメ! いくら龍一君だからって……それ以上言ったら」
「わかってる! お母さん。でも……」
「あなたは、納得したんでしょ。村のみんなが決めたことに」
「うん、そうだけど……」
「だったら」
「うん、わかってる。わかってるよ……。じゃあ……もう行くね、リュー君。ありがと。さよなら」
そう言って、寂しげに笑ったジュン姉は、僕の前を素通りして歩きはじめた。
この道を北へまっすぐ行けば境雲神社だ。それは、コワガミサマのお社がある場所――。
「ジュン姉!!」
僕は、ご両親と連れ立って歩いていくジュン姉に向かって叫んだ。
「ジュン姉ッ!! ジュン姉ーーーッ!!」
まだ、伝えてないことがある。それを伝えるまでは……行ってほしくなかった。でも、ジュン姉は……もう振り返ってはくれない。
何もかももう遅いのか?
僕はそれでも叫んだ。何も伝わらなくても。何も変わらなくても。
「ジュン姉ッ!! 何も……何もできなくてごめんっ! こんな、こんなことしかできなくてごめん! 僕が……僕がジュン姉を……ずっと守れたら良かったのに! 守りたかった! ずっとそばにいたかったんだ! でもごめん、ごめん、ジュン姉ーーッ!!」
ジュン姉は何も言わず、一度も振り返らずそのまま行ってしまった。
もうすでに今までのジュン姉じゃなくなってしまったみたいだった。
僕のジュン姉が……みんなの、そしてコワガミサマの、ジュン姉へと変わっていく……。
今日という日が永遠に来なければ良かった。
僕は絶望したまま、追いかけることも、引き留めることもできず、ただジュン姉の背中が小さくなっていくのを見送ることしかできなかった。
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