僕らの村のコワガミサマ

プロローグ 何気ない日々の終わり

１、ジュン姉が見つけた砂金

　0401/11：30/ジュン姉/足下ヶ浜


　――僕は、あの人以外に友達を作ることはしない。

　この思いは、わりと何年も抱き続けている。


　中学三年生になった。
　四月一日の始業式。
　この日、僕は誰とも会話せず、新しいクラスメイトともできるだけ目を合わせないようにしていた。新学期は憂鬱だ。なぜなら「友達を作りたがるやつ」が安易に話しかけてきたりするからだ。
　幸い、式が終わるころになってもそういうやつとは一度も合わなかった。

　帰りのＨＲが終わり、僕は速攻で駐輪場に向かう。
　じいちゃんのお古の自転車。これにまたがって、遠い遠い自宅を目指す。
　学校がある「貝瀬かいせ市」という港町から、山を一つ隔てた先の「境雲きょううん村」。そこが僕の地元ホームタウンだった。
　海岸沿いのいくつもの坂とカーブを、越え、下っていく。

「はあ、はあっ……」

　村の入り口にある「足下ヶ浜あしげがはま」へ着くころには、もうかなり息があがっていた。
　ちなみに、ここまで三十分強もかかっている。
　死にそうな思いをしながら砂浜までやってくると、そこにジュン姉の姿を見つけた。最後の気力を振りしぼって声を出す。

「おーい、ジュン姉！」

　すると、ジュン姉はくるりと振り返って手をあげた。

「あ、リュー君！　おかえり～」

　幼子のような、無邪気な笑顔だった。ジュン姉はちょっとだけ「ボケッ」としたところがある。これでも僕より五歳も年上だ。飾り気がなくて、いつも白シャツにジーパンといったラフな恰好をしている。美人で、しかも巨乳なので、村の男たちからはちょっと一目置かれている。でも、僕にとってはいつまでもちょっとだけ抜けてる感じの隣の家のお姉さんだった。

「ただいま。なにしてんの？」

　自転車を停めながらそう訊くと、ジュン姉は左手の中でジャラジャラさせていたある物をひとつ、つまみ上げて言った。

「んっふっふ……これ！」
「ん？」
「綺麗でしょ？」

　そう言って、目の前に淡い水色の物体がかざされる。
　それは……たしか「シーグラス」というやつだ。ガラス瓶などのかけらが、波で何度も洗われて角が取れたものである。
　それは陽の光に透けて、優しい海の色をしていた。

「うん。たしかに……綺麗だね。でも　なに？　集めてんの？」
「えっとねー、なんか綺麗なものが落ちてるなーって見てたら、いつのまにか集めてたの！」
「あ、そう……」

　いつものことだ。
　ジュン姉はあまり深く物事を考えない。今回も気の向くまま散歩していたら、いつのまにか「こう」なっていたのだろう。

「あ、リュー君。そういえば、中学三年生になったんだね？」
「ああ、まあね……」

　なんとなく気恥ずかしくて、頭を掻く。

「いやあ、大きくなったねえ～。あ、そうだ。あとこっちもね、見て。もっと綺麗なの！」

　そう言ってジュン姉は別のかけらを見せてくる。今度は水色ではなく……「金色」だった。
　金、色……？

「ジュン姉……こ、これどうしたの！？」
「ん？　拾ったんだよ、その辺で」

　そう言って砂浜の一角を指し示す。
　その金色はシーグラスよりはかなり小さな、豆つぶくらいの大きさのものだった。
　見たことのないほどの輝きを放っている。

「まさか……こ、これってホントの『金』、なのか？」
「え？　キン？　ってあの金？　まさかー。あ、でもすっごいキラキラしてるよね～！　綺麗～」

　そう言って、ジュン姉は嬉しそうにそれを見つめる。
　僕は「村の北側にはかつて金山があった」と前に母さんから聞いたことがあった。今でもたまに砂金が川で採れるらしい。でも……こんなに大きな粒を見たのは、産まれて初めてだった。
　見たところ、メッキのような安っぽい感じは見受けられない。
　これは、売ったらかなりの額になるんじゃないだろうか。

「ジュン姉、それかなり『レア』だよ。きっと」

　意味ありげにそう言うと、ジュン姉は瞳を急にキラキラさせはじめる。

「レア？　レアかぁ……！　すごいっ！　わたし知らない間にレアアイテムをゲットしちゃってたんだ！　いえーい、やったー！」

　ぴょんぴょん飛び跳ねながら、ジュン姉は砂浜から道路の方へと走り出す。

「は？　えっ。あっ、ちょっと待って！　ジュン姉、危ないって！！」

　車は幸い左右どちらからも来ていなかったけれど、僕はあわてて自転車に乗った。
　ジュン姉は、かなり足が速い。
　引きこもりの癖に、運動能力はばつぐんなのだ。
　長い髪を振り乱しながら、その姿はあっという間に遠ざかっていく。白いシャツの背中。けど、その右腕が突然ぶんぶんと振り回されはじめた。

「え？　なに……何してんの？」
「これはっ、いらっなーい！！」

　そんなことを叫びながら、ジュン姉は何かを遠く海の方へと放り投げる。

「えっ！？　ちょっ……！」

　それは、どうもさっきのシーグラスのようだった。
　水色とか、緑色、茶色の破片が、弧を描いて次々と海へ飛んでいく。
　まさかさっきのでかい砂金も捨てようとしている？　そこに思い至った僕はジュン姉を大急ぎで追いかけた。

「じゅ、ジュン姉っ！　待って」

　ようやく追いつき、手元を見ると、砂金だけはちゃんと左手の中に収まっていた。
　思わずホッと胸を撫で下ろす。
　あれ、僕なんで今ホッとしたんだろう？　あれは僕のものじゃないのに……。
　そう思ったけど、途中でジュン姉に話しかけられてその考えを止めてしまった。

「あっ、ねえリュー君。早くおうち戻ろ？　帰って、リュー君のおうちでゲームしよ！」
「……あ、うん」

　あいまいに頷くと、僕たちは境雲村の中心部へと向かった。