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その11
しおりを挟むめぐるさんの事を気にかけながらも、僕は葬儀場の建物の入り口を潜る。
僕が中学生の頃に出来た建物だったろうか。幸いな事にも僕の周りでは今まで不幸はなかった様で、此処に入るのは今回が初めてとなる。
そんな訳で今までこんな所に葬儀場がある事を気にかけた事もなかったが、しかし、田舎とはいえ住宅が比較的密集しているこういう場所に、こんな建物を建てるという事は、今の年齢になるとなんとなく分かる事ではあった。要するに需要と供給がマッチした展開なのだろう。この辺は僕が小学・中学の頃に新しく建った家もかなり多い。人は何れ死ぬ。だから、そういう事なのだ。
僕は入り口を抜け、白を基調としたホールの内装を眺めながらにそんな事を考えていた。
天井が高くゆったりとした広さのホールは、死者との別れを幾らかでも穏やかに過ごす為のものか。
正面にこれまた控え目に置かれた施設の受付とは別に、左隅の壁際に置かれた簡易式のパイプ足のテーブルに僕の目が止まったのは、そこに『溝口家告別式受付』と書かれた紙が貼られていたからだ。
受付の前には見知らぬ大人、多分溝口ゆきの親族だろうと思われる人が二人立っていた。今現在記帳している人はいない。告別式の参列者はもう殆ど終らせて中に入っているのだろう。確か二時半出棺で三時には火葬場だと言っていた。つまりこの時間はもう告別式も終わりの方なのだ。全くもって義理で来たのが見え見えの僕である。
(めぐるさんはこんなにも義理で来た様な溝口ゆきの葬式に嫉妬でもしているのだろうか?)
受付の方に歩きながら僕はまたも先程の別れ際の様子を思い出してはめぐるさんの事ばかり気に掛けてしまっていた。
そこから分かる二つの事。
僕は受付のテーブルまで行くと、スーツの内ポケットより香典袋を出しながら自分の頭を整理する。
一つ、そこまで気に掛ける程に僕は室町めぐるを好きなんだという事。
一つ、告別式の終わりの方に時間を合わせて来る程に僕は溝口ゆきには興味がなくて、本当に連絡を貰ったから義理で来たという事。
実際あの小学六年の時の謎のファーストキスも、その後の何もなかった二人の関係と長い時間が霞ませてしまい、今の僕の心には微塵も残ってはいない。
だから僕はそつなく香典を出しては焼香をして帰るだけ。溝口ゆきの死に動揺したり悲しんだりする感情は持ち合わせてはいない。僕と同い年のこの若さで死んだ事への不憫さは感じるとしてもだ。
が、ここで一つの疑問が湧く。
それでは何故僕は彼女の葬式に来たのか。幾ら連絡を貰ったとはいえ、早朝から新幹線で県を三つ程跨いでまで僕はわざわざ来たのだ。何故?
(めぐるさんも僕と同じ疑問を感じていたのかな?)
「こちらに記帳をお願い致します」
香典を差し出した僕に、受け取った受付の人とは別の男性が横から僕の方へとテーブルの上を帳簿(芳名帳)を滑らせる。
「ああ、はい」
僕はその事務的な空気に呑まれて、そう答えると慌てて背中を丸めてテーブルの上のボールペンで記帳を始めた。
何て事はない。多分親戚だろうと思われるこの受付の二人の方が僕なんかよりも断然事務的で冷静だ。
それに比べれば此処に来てからの僕の方が多分心はざわついている。
住所・氏名を書く手も微妙に震えているのは、僕が溝口ゆきの死を悲しみ受け入れられないでいるからだとでもいうのか。先程から繰り返す自問自答も、もしかすると自分の心を落ち着かせようとする無意識の行動なのかも知れない。
何故こんな風に心が追い込まれた様な気持ちになるのか……そして体が感じる。
以前にも同じ様な悲しみを感じた事があった。
「よお、太郎。やっぱり来たか」
一瞬心が何かに引き込まれそうになった時だった。後ろから昔聞いた様な声で名前を呼ばれたのは。
だから丁度記帳を終えた僕は、我に返った様に後ろを振り返る。
「友樹」
僕の名を呼んだのだ杉野友樹だった。
彼は小六の例の同じ班だった奴で、その後中学でも一度同じクラスになっており、比較的今でも仲の良い奴の一人だ。
「お前これからか。俺は今焼香を終えて出て来たところだ。しかしやっぱりな~、お前ゆきの事好きだったもんな。それで誰に教わった? ゆきが死んだの」
「連絡貰った。って、お前じゃないのか? 俺はてっきり杉野って名乗るからお前かと…それに、俺はゆきちゃんの事は好きでも何でもないよ。中学の頃は殆ど話もしなかったし」
昔なじみの顔に思わず久し振りに『俺』なんて言葉が自然に出る。
それにしても記憶というものは如何に曖昧なものなのか。
僕と友樹の噛み合わない対話から推測するにどちらかが勘違いか記憶違いをしている事になる。
「いや、俺はしてないよ。東京の大学に行ってるんだろ? 連絡先知らないし、そもそもそんな奴にわざわざ連絡する奴いるか」
「しかし杉野って…」
「杉野なんてこの辺じゃ他にもいるさ。小・中学の頃お前がゆきの事を好きだったのは、見ていれば誰だって分かったからな。それで誰かお前にも連絡したんだろ。あ、そうそう、お前気付いてないと思うけれど、小六の時班のみんなでゆきの家に行った時あったじゃん。あの時みんながいない瞬間があって、お前ゆきに無理矢理キスしただろう。アレ実はみんなで見ていたんだからな。ははは」
「なっ!?」
僕は思わず自分の顔を片手で覆った。
今コイツは何て言った?
僕がゆきちゃんを好きだったって? そして無理矢理キスをしたって?
どーなってるんだ!? 一体!
友樹の話を聞いた僕は、暫く受付の前に立ち尽くしていた。
つづく
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