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その10
しおりを挟む二人手を繋いで歩いた時間はきっかり十五分。
その間のめぐるさんは、食べ終えたアイスの棒を口に咥えた格好で、物珍しいそうに周囲を眺めていた。
言葉は、あまり喋らなかった。
僕が自分の事で精一杯だったからだ。
「じゃあ、行くから」
葬儀場の、側面に幾つもの花輪が飾られている大きな駐車場の前で、僕は彼女と向き合うとそう言った。
それに対して彼女は無言で僕の両肩に手を置く。
それからサッサッとスーツの上を指で軽く掃く様な真似をする。
(フケでも落ちてたかな?)
彼女のそんな行動に僕が少し恥かしそうな気持ちになっていると、彼女はニッコリ笑って肩の上の手を引っ込めた。そして口に咥えていたアイスの棒を取ると、口を開く。
「埃が付いていたから。それから香典は持った?」
「ああ、それならちゃんとスーツの内ポケットに入っているよ」
まるで母親の様な彼女の行動と言葉に僕は少し戸惑う。
まさかガキでもあるまいし、と。
「幾ら? ちゃんとお金は裏返しにして入れた? それから香典袋は御仏前じゃないよね。ちゃんと御霊前か確認してみて」
「え、今此処で? なんで? 此処まで来て今更そんな事」
「いいから」
正直めぐるさんはウチの母親より口煩いかも知れない。
僕は仕様がないので渋々とポケットから香典袋を出しては彼女に見せる。
「ほら、ちゃんと御霊前になってるだろ」
「それで幾ら包んだの?」
「お金の事はいいじゃないか。ちゃんと入ってるんだから」
「いいから」
正直これはたいした金額が入っていなかったのであまり言いたくはなかった。
「三千円。でもちゃんとネットで調べたんだよ。遠い知人、ただの同級生ならこれくらいだって」
「書いてあったの?」
「ああ」
「ふーん。太郎君にとってその死んだ溝口ゆきさんは、本当にただの友達だったんだ」
「だからそう何度も言ってるだろ」
「わかった」
何が気に入らなかったのか。
めぐるさんの表情はいつの間にか無表情になっていた。
(まさか三千円の香典代で軽蔑したのか。しかし確かにネットには普通この相場だと書いてあったし)
言葉もなく駐車場前の歩道に立っている僕らの前を、葬儀場へと向かう車が偶に通り過ぎて行く。
溝口ゆきの告別式は午後一時から始まっており、今は一時四十分。
殆どの人はもう来て中に入っているのだろう。外には殆ど人の姿は見えない。
僕はさっさと香典を置いて、ご焼香だけしたら帰って来ようと思っていたのでわざと少しズラして着く様に電車の時刻も選んでいた。
本当にただの同級生としてなのだ。だから三千円。
「ま、いいや。じゃあ私、そこの神社で待ってるね」
何かを諦めたのか、しかし決して笑顔ではない顔で彼女はそう言うと、僕の横を通り過ぎて歩き始めようとする。
「ちょ、ちょっと、LINEするから。終ったらLINEする。だからウロチョロしないで、そこで待っていてよ」
彼女の急な行動に慌てて話す僕に、彼女は振り返り軽くアイスの棒を持った手を上げた。
「はーい」
何が気に入らなかったのか。
明らかに先程までとは様子がおかしい。
だから僕は彼女の後姿を暫く見守った後、駐車場を通り葬儀場の中へと向かう間、本来ならば故人である溝口ゆきの思い出でも思い出していなければならない所を、めぐるさんの事ばかりで頭一杯になっていた。
(なんだって別れ際に気になる素振りを見せるんだ。全く~!)
つづく
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