彷徨線

孤独堂

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第三話 電波塔の少女 その③

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 小巻の指差した先は、手前の電柱から横に渡る電線と、奥から延びて来る電線などが重なり合って見えていた。そして更にその後ろにある夜空。

「あっ」

 それに気付いた時、思わずなるほどと感心して、小百合は声を出した。
 重なり合い五本の線となった電線を、小巻は五線譜に見立てていたのだ。
 そしてその隙間から見える夜空の星々を音符に。
 しかしそうも上手くそれが音楽として形になるものなのだろうか? しかも『星めぐりの歌』などに…そんな事を小巻の後姿と更にその後ろの夜空を眺めながら小百合が考えていると、またも少しだけ肌寒い凛とした夜の空気の中、小巻の歌声が静かに周囲へと響き渡る。

「ソ ドレ ミソソソ ラソミ ドドド レミソソ ソレド」

 それはたどたどしくて、決して上手な歌い方ではなかったけれど、しかしリズムは取れてあり、小百合の耳からすれば、やはり間違いなく『星めぐりの歌』であったのだ。

(しかし彼女はその歌自体も覚えていなかったようだし…やはり小巻ちゃんは不思議な子だ。きっと色々な事を直ぐに忘れてしまうとかという事も、こういった人とは違う発想や才能と繋がっているのかも知れないな。きっと人間はその両手一杯に掬った能力から、ポロポロポロポロ落として、残った分がその人の能力なんだ。だから人それぞれ持っている力は違う。小巻ちゃんはきっと、記憶力を他の人よりも多く落として来ちゃったんだ。その代りに私にはない様な違う才能を持っている。これって凄いよ…)

「凄いよ! 小巻ちゃん! 私そんな発想今まで考えた事もなかった!」

 だから興奮した小百合は大きな声でそう、小巻に向かって叫んだ。
 そしてその声につられた小巻は、歌うのを止めては「そお?」と、後ろの小百合を振り返る。

「うん、凄いよ! 凄い才能だよ! 私なんかそんな事思いも付かないもん」

「へへへへへ♪」

 小百合の褒め言葉に上機嫌に笑う小巻。

「でもね。実は私も、自分で気付いたというのとは、ちょっと違うの。家に帰ってテレビを観ていたら、突然頭の中で声がしたの。ううん、やっぱり声じゃない。声とも違う何か。それがね、今この時間にこの場所に来れば音楽が聞こえるって教えてくれたの。だってほら、星も時間と共に動くでしょ。だから今なんだって」

「えっ、へーそうなんだ…」

 その話を聞いて小百合は、少しだけ小巻を褒め称えた事を後悔した。

(えっ? なに? これって小巻ちゃん実はやばい子? 頭の中で声がしたとか、ありえないでしょ。やばいタイプでしょ)

 そんな訳で小百合は、小巻の告白に次に何を話せば良いか分からなくなったので、適当な話でお茶を濁す。

「あはははは、昔そんな映画あったよね。頭の中で響いた謎の音を形にして、UFOを呼ぶって映画」

「そうなの? 知らなーい。観た事ないよそんな映画」

 おかしな事を言った人に、おかしな事でも言った様にあしらわれた気がして、小百合はこの小巻の言葉には一瞬心が折れた。

「そお」

 だからそう呟くと、小百合は一瞬だけ小巻から視線を外しては自分の足元を見たのだが、それは本当に一瞬の事で、また直ぐに小巻の方を向く事になる。
 異変が起こったからだ。
 小百合が足元に視線を移したと同時位に、突然足元の舗装道路が夏の昼間の様に白くなったのだ。
 白。それは光の明るさによるものだと直ぐに理解した小百合は慌てて顔を上げる。
 そして回り全体がまるで昼間の様に明るい光で照らされている事に気付く。

「こ、小巻ちゃん…」

 小百合がそう声を漏らすのは無理もなかった。
 白い光は三原小巻を包む様に、彼女を中心に空から注がれていたからだ。
 そして光の中に浮かぶ彼女のシルエット。
 その頭部には何故かまるでウサギの耳の様な二本の長くて大きなシルエット。

「まさか…バニーガール?」

 その姿に思わず呟く小百合。
 しかし小巻の格好は、紺のジャージのままだ。



   ───────────────────────────────



 その自分へと注がれる様な光の滝は、当の本人である小巻も当然直ぐに気付いていた。
 だから小百合から名前を呟かれた直後には、その光源を確めるかの様に小巻は自分の真上の空を仰ぎ見たのだが、しかし、それは何と言えば一番良いのだろう。
 小巻的にはその先に誰かと目があった様な気がしたのだ。
 しかしそれは直ぐに背けられて、小巻がそう感じたと同時位には、今まで空から小巻を中心に当てられていたかの様なスポットライトも消えたのだ。
 残されたのは小百合の下校時よりももっと深みの帯びた濃い青の夜空と静寂。そして変わらずに頭上にあるドーナツ状の雲。

「小巻ちゃん! 今の!」

 いつもと変わらない景色に戻った事を理解すると、興奮もあって小百合はそう叫びながら三メートルと離れてはいない小巻の元へと駆け寄る。

「ああ、うん。なんだろう…今の」

 そう言う小巻の方は少し放心状態の様で、まだ上を見上げていたのだが、そのうち近付く小百合に気づいた様で、ゆっくりと小百合の方へと顔を向ける。
 だから、もう目と鼻の先まで近付いていた小百合は、今度こそ朧気ではなくはっきりとそれを確信したのだった。
 三原小巻の頭の上に、真っ黒で大きくて長い耳の様な、やはりまるでバニーガールが頭の上に付けているウサギの耳と全くそっくり同じ物が、生えている事を。

 こうして三原小巻は電波塔の少女となる。





              つづく

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