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第五十八話 失ったものはなんですか?
しおりを挟む「そんな」
「嘘」
舞と美冬はそう口々に呟きながら、テーブルの方へと歩み寄って行った。
「ほんとうだ。ずっと独りぼっちで辛かった。銀行を恨んでいた…優しい顔をして俺を助けるふりをする瀬川さん。あんたを逆恨みした」
下を向き、側に寄る美冬と舞の方は見ずに背中を丸めながら渡辺は言う。
台所の所では安藤が黙ってその光景を見つめていた。
「そうか…」
光男は溜息を付いて、それから表情を少し和らげた。
「私は長らく銀行の融資を担当していた。お金絡みというのはどうしても問題が起こる。相当色々な人の恨みをかった。変な話だが、融資した所為で倒産した会社もある。住宅ローンの支払いの滞った家は、競売にかける。立ち退かなければ追い出しにもかかる。やってる事はヤクザとたいして変わらない。お金が絡んだ瞬間から、銀行に人情なんてもんはない。ギャンブルじゃないが、融資先がコケれば大急ぎで債権処理にかかる。どんな手を使っても回収にかかる。それで誰かが自殺しようが関係ない。会社というものはそういうものだ。だから私は相当の人達に恨まれて来た。そして今も恨まれている。しかし個人的には同情心もある。今まで関ってきた人達に手を伸ばそうともした。しかし、私個人が何をしようが、会社の、銀行のして来た事の償いには全然届かない。渡辺さん」
そこまで話して光男は一呼吸置くと、渡辺が顔を上げるのを待った。
名前を呼ばれた渡辺は、静かに光男の方に向かってゆっくりと顔を上げる。
「恨まれる事には慣れている。恨んで下さい渡辺さん。それはしょうがない事だ。あなたの人生を狂わせた一因は当然感じています。しかしその上でやはり娘は連れて帰ります。美冬」
光男は美冬の方を向いて呼んだ。
「今日お母さんは一日出かけてていない。お母さん共話し合った。マンションを借りて、一人暮らしを提案したのはお母さんだ。お母さんはまだお前の事を愛せないと言っていた」
光男の方を見る美冬の顔が強張った。
「しかし、努力はすると言っていた。努力すると言うのも変な話しだが、だから距離を空けた方が良いと、マンションを借りて一人暮らしさせる話になった。距離をとって、時間をかけて、ゆっくりと考えて、努力してみるそうだよ」
「お母さん…」
そう呟く美冬の頬には一筋の涙の跡があった。
「だからお父さんと帰って、今日中に荷物をまとめて、マンションに引っ越そう。いいな」
それは条件的には何も問題はなかった。
このまま此処に居続けられないのは、最初から此処にいる全員分っていた事だった。
「おじさん…」
美冬は渡辺の側のテーブルに両手を付き、呟く。
それは最終確認だ。
渡辺はまた下を向き、決して美冬と目を合わせようとはしなかった。
舞は美冬の直ぐ隣に立ち、やはりそんな渡辺を見ていた。
安藤は最初から変わらず、台所の所に立ち、涙でぼやけた目で、ずっとその光景を黙って見ていた。
「遊びは終ったんだ。さっさと帰れ」
「そんな! それが渡辺さんの本心ですか? 本気でそんな事思ってる!?」
そんな中発せられた渡辺の最初の言葉に美冬より早く舞が叫んだ。
渡辺はその言葉にグイッと顔を上げ、美冬と舞の方に向かって、今度は睨んだ様な表情で言った。
「君たちも、彼女が帰ればもう用はないだろう。帰れ! この瀬川さんが警備の人を中に連れ込まないうちにさっさと帰るんだ! みんな帰れ!」
渡辺の叫び声が鉄筋コンクリートのマンションの室内で、反響して響く。
それは悲しいくらい響いた。
それから数十分後、警備員の運転する車の後部座席には、光男と美冬が並んで座っていた。
「渡辺さんについて、お前を迎えに行く前に色々調べた」
「え?」
美冬は父親の言葉に意外そうな声を出した。
「確かに以前から家の周りをウロチョロしていたらしい」
「知ってたの?」
「ああ、知ってた。そしてあの話もきっと本心だろう。しかし彼の行動は結果的に我が家を立て直すきっかけになった。それは何故だろうか?」
「それは…途中から考えが変わったから」
「そうなんだろうな」
光男はニヤニヤして言った。
そしてその顔を見ていた美冬はある事を決意する。
「お父さん、お願いがあるの」
リビングにはテーブルに座ったまま、放心状態の様な渡辺が一人でいた。
誰もいなくなったマンションの部屋は静かで、外から聞こえて来る子供の声や、通りを走るトラックの音等が、微かに響いていた。
つづく
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