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第三十八話 美夏
しおりを挟む翌日、木曜日。
ゲーム開始から八日目。
午後一時頃。
渡辺と瀬川光男は、この前の喫茶店にいた。
テーブルの上には、渡辺がモカコーヒー、光男がブレンドコーヒーと、この前と同じコーヒーが置かれていた。
「すいません。お呼びして」
渡辺はそう言い、軽く光男に頭を下げた。
「いやいやいや、こちらこそ娘の事を頼んでいるんだ。やめて下さい」
光男は両手を前に出して手を振って、頭を上げてくれる様にと頼んだ。
「体は大丈夫ですか?」
少しずつ頭を上げながら渡辺は尋ねた。
「からだ? あ~、大丈夫です。眩暈はしていませんから」
少し笑いながら光男は言う。
それを聞いて、渡辺はモカコーヒーを一口啜ってから話を切り出した。
「それは良かった。実は、お嬢さんの事です」
渡辺はそう言うと体を少し前に乗り出して、今度は少し声を小さくした。
「お嬢さんは、美冬さんは、私が瀬川さんに会ってる事は知りません。瀬川さんは、お嬢さんに何か言いましたか?」
「いや、何も。渡辺さんの事は何も話していません」
少しいたずらっ子の様な顔をして、少しふざけた様に光男は言う。
「そうですか。ありがとうございます」
「いやいやいや」
二人は此処で再度軽く挨拶を交わした。
「それで、聞きたい事があるんです」
「はい」
「美冬さんは、八月生まれだと聞きました」
「そうです」
「何で八月なのに冬なんでしょう? 普通なら美夏とか、夏美とか、生まれた季節の方を名前に付ける」
「ああ、それですか」
光男は意外にも少し笑いながら答えた。
「見ますか」
そう言うと光男はジャケットの内ポケットから長財布を取り出して、開いては中から一枚の写真を取り出した。
「これです。美夏」
光男は言いながら手に持った写真を渡辺の方へと向けた。
「いや、家に置いて置くと妻に捨てられてしまうもので」
つづく
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