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第三十三話 ディスカッション【discussion】その④ 安藤敏生
しおりを挟む「じゃあ次は安藤君ね。教えて、何で『一瞬、死ねるって思える瞬間がある』って、思えたのか」
美冬が安藤の方を向いて言った。
「何で俺が…」
安藤はそんな美冬に不満があるかの如く呟く。
「順番だから」
しかし美冬は静かに、安藤を睨み付ける様な表情で言い返した。
だから安藤はほんの少しまだ躊躇はしていたが、みんなの目が自分に注がれている事に気付き始めると、渋々ながら口を開いた。
「ちょっと不思議って言うか、変な話なんだ」
「うん」
舞が頷いた。
「中三の時、ツイッターで知り合った女の子が居たんだ」
その瞬間、美冬と舞の顔が少し呆れ顔へと変わる。
「いや、相手は北海道だし、会った事もない。ただの友達」
「そお」
まだ何処か信じていないかの様な言い方で美冬が言う。
「そお。ホントにそお」
だから安藤も繰り返し言った。
「それでね、その子は鬱病気味だったらしくて、いつもツイッターに『死にたい、死にたい』って書くんだよ。俺より一つ下らしくて、当時だと中二だと思うんだけれど。フォロワーも七十人位はいたと思う。でもそんなだから、誰も殆ど話しかけたりはしていなかった」
「それで、君は話しかけたのかい?」
渡辺は少し身を乗り出して尋ねた。
「はい。俺は、『死なないで。くじけるな』って、ツイッター上で何度か話しかけて、そして話もしました」
その話にみんなは安藤に少し感心した様な顔を見せる。
「彼女は訳もなく死にたいと。ただ死にたいと。書いていました。だから俺は肯定的な言葉で、なるべく明るく返事を書きました。『とにかく生きて』っと」
「なるほど」
渡辺が頷いた。
「でも、その後すぐ、『死ぬのに理由なんて要らないよね』って言っていた彼女は、本当に死んでしまったんだ」
「嘘」
舞が小さな声で呟いた。
そして全員の顔も青ざめる。
「証拠は? 証拠はあるのかな?」
切羽詰まった様に渡辺が尋ねた。
「最後のツイートは、彼女の母親からのものでした。『娘が死にましたので、終ります』みたいな事が書いてありました」
「でもそれ、悪戯かも知れない」
直ぐに美冬が続けて言う。
「半年近く続けてたんだ。その後そのアカウントも使われてない。半年かけた悪戯なんてするか?」
「でも、微妙。本当かも知れないし、嘘かも知れない」
安藤の言葉に舞が言った。
「ああそうだ。俺もずっと、半信半疑だ。ただ分かってるのは、彼女とは二度と連絡が取れないという事。つまりそれは、俺の中では死んだと捉えてもいい事なんだ」
「確かに二度と会えないなら、生きていても、死んでいても、死んでるのと同じ事かも知れない」
美冬が言った。
「安藤君はその子に何か言ったのかい? つまりその…最後の方で」
「いいえ、いつも通りです。『死なないで』とか『生きて』とか。彼女、具体的な生活の事とかは言わないし、こっちも分からないから下手な事は書いていないです」
「そう」
渡辺は何か考え事をしている様な顔で言った。
「だから俺は、そもそも俺との遣り取り自体が彼女を死に追い遣ったんじゃないかと思いました。話しかけなければ、みんなみたいにスルーしていれば、彼女はツイッターで『死にたい、死にたい』と書き綴る事で、生き続けたんじゃないかと」
「でも本当は生きてるかも知れないし」
舞が言う。
「いや、安藤君の所為で死んだなんて事はないよ。君は助けようとしたんだ。そんな事はあってはいけない」
そして渡辺も言った。
「でもどうだろう。おじさん、世の中にはそういう人もいるから。色々な人がいるから」
「それを、君が言うか」
渡辺は美冬の言葉にそちらを向くと、少し苦笑しながら呟いた。
つづく
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