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第十三話 回想 その①
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同じく夕方五時。
瀬川邸。
光男は四時頃には渡辺と別れ、家に戻って来ていた。
そしてそれとは入れ替わるように、先程妻祥子が車でパートへと出かけて行った。
「妻と娘は、顔も性格も似ています。それだけに合わない。水と油だ」
「私が言うのも何だが、それでも親子でしょう」
光男は書斎に上がる階段を登りながら、先程までの渡辺との会話を思い出していた。
「いや、妻は、祥子は、美冬の事を実の子だとは思ってない。子供は産んでない、死産したとでも思ってるくらいだ」
「実際はどうなんです?」
渡辺はテ-ブル越しに体を乗り出して、詰め寄って尋ねた。
「何が?」
「だから実の子なのか? それとも違うのか?」
周りに聞こえない様に、少し声を小さくして尋ねる。
「は、実の子に決まってる。あんなに顔もそっくりなのに。大体私は立ち合ったんだ。生まれて来る所を見ている」
しかし渡辺の気遣いも虚しく、光男はコソコソと話す事ではないとばかりに普通の声であっけらかんと答えた。
「じゃあ、私が言うのもなんですが、奥さんにも愛はなくても情はあるんじゃないですか」
「そんなの。愛情から愛を取っても情は残るって話ですか。妻には情もありませんよ。そもそも先程も言いましたが、産んですらいないぐらいに思ってる。美冬は、美冬の方がまだ、情なのか愛なのか分からないが、妻に対して何かはあると思います」
「そう、ですか…」
前に乗り出していた渡辺は、座り直し、背もたれに背を当てた。
「すいません、タバコいいですか?」
渡辺はそう言うと着ているジャケットの内ポケットからタバコとライターを取り出して、光男に見せた。
「ああ、いいですよ」
光男のその言葉に渡辺はカウンターの方に向かって手を上げた。
「すいませーん。灰皿」
その仕草と言葉に、マスターがゆっくりと歩いてテーブルへと近づいて来る。
そして、
「申し訳ありません。当店は禁煙になっております。珈琲の香りを損ないますので」
と言うと、ゆっくりと頭を下げた。
「そお…ですか」
その言葉に落胆した渡辺は、そう答えながら出しかけていたタバコとライターを静かに内ポケットへと落とした。
「ハハハハハ♪ 残念でしたね。最近は寧ろ吸える所の方が珍しいくらいだ。まあ、そう暗い顔しないで」
光男は渡辺の表情を楽しむ様に笑いながらそう言った。
階段を上がり終え、書斎の中に入ると、光男は直ぐに机の鍵付きの引き出しが開けられている事に気付いた。
御丁寧にも祥子は引き出しをちゃんと戻さず、少し出して、段をつけて行ったのだった。
それは然も、自分が知っているという事を光男に示す様に。
だから光男は直ぐに先ず、その引き出しを開けた。
そして確認する。
そこにはあった筈の美冬の写真は、既に一枚もなかった。
「やられたか…」
光男は一人小さく呟くと、引き出しを閉めて、西向きの夕日が眩しく差し込む窓の前に立った。
そして部屋の四隅の一点。窓の下のカーペットの角を腰を屈め、捲った。
そこには一通の開封された封筒が隠されていた。
光男はそれを手に取ると、逆さまにして中の物を出す。
一枚の写真だった。
まだ生まれたばかりのドレスオールを着せられた赤ん坊の写真だ。
光男は暫く懐かしむ様に、夕日によって壁紙がオレンジ色になったその場所で、写真を眺めていた。
それから裏を見る。
『美夏』
裏面には大きくボールペンでそう書かれていた。
つづく
瀬川邸。
光男は四時頃には渡辺と別れ、家に戻って来ていた。
そしてそれとは入れ替わるように、先程妻祥子が車でパートへと出かけて行った。
「妻と娘は、顔も性格も似ています。それだけに合わない。水と油だ」
「私が言うのも何だが、それでも親子でしょう」
光男は書斎に上がる階段を登りながら、先程までの渡辺との会話を思い出していた。
「いや、妻は、祥子は、美冬の事を実の子だとは思ってない。子供は産んでない、死産したとでも思ってるくらいだ」
「実際はどうなんです?」
渡辺はテ-ブル越しに体を乗り出して、詰め寄って尋ねた。
「何が?」
「だから実の子なのか? それとも違うのか?」
周りに聞こえない様に、少し声を小さくして尋ねる。
「は、実の子に決まってる。あんなに顔もそっくりなのに。大体私は立ち合ったんだ。生まれて来る所を見ている」
しかし渡辺の気遣いも虚しく、光男はコソコソと話す事ではないとばかりに普通の声であっけらかんと答えた。
「じゃあ、私が言うのもなんですが、奥さんにも愛はなくても情はあるんじゃないですか」
「そんなの。愛情から愛を取っても情は残るって話ですか。妻には情もありませんよ。そもそも先程も言いましたが、産んですらいないぐらいに思ってる。美冬は、美冬の方がまだ、情なのか愛なのか分からないが、妻に対して何かはあると思います」
「そう、ですか…」
前に乗り出していた渡辺は、座り直し、背もたれに背を当てた。
「すいません、タバコいいですか?」
渡辺はそう言うと着ているジャケットの内ポケットからタバコとライターを取り出して、光男に見せた。
「ああ、いいですよ」
光男のその言葉に渡辺はカウンターの方に向かって手を上げた。
「すいませーん。灰皿」
その仕草と言葉に、マスターがゆっくりと歩いてテーブルへと近づいて来る。
そして、
「申し訳ありません。当店は禁煙になっております。珈琲の香りを損ないますので」
と言うと、ゆっくりと頭を下げた。
「そお…ですか」
その言葉に落胆した渡辺は、そう答えながら出しかけていたタバコとライターを静かに内ポケットへと落とした。
「ハハハハハ♪ 残念でしたね。最近は寧ろ吸える所の方が珍しいくらいだ。まあ、そう暗い顔しないで」
光男は渡辺の表情を楽しむ様に笑いながらそう言った。
階段を上がり終え、書斎の中に入ると、光男は直ぐに机の鍵付きの引き出しが開けられている事に気付いた。
御丁寧にも祥子は引き出しをちゃんと戻さず、少し出して、段をつけて行ったのだった。
それは然も、自分が知っているという事を光男に示す様に。
だから光男は直ぐに先ず、その引き出しを開けた。
そして確認する。
そこにはあった筈の美冬の写真は、既に一枚もなかった。
「やられたか…」
光男は一人小さく呟くと、引き出しを閉めて、西向きの夕日が眩しく差し込む窓の前に立った。
そして部屋の四隅の一点。窓の下のカーペットの角を腰を屈め、捲った。
そこには一通の開封された封筒が隠されていた。
光男はそれを手に取ると、逆さまにして中の物を出す。
一枚の写真だった。
まだ生まれたばかりのドレスオールを着せられた赤ん坊の写真だ。
光男は暫く懐かしむ様に、夕日によって壁紙がオレンジ色になったその場所で、写真を眺めていた。
それから裏を見る。
『美夏』
裏面には大きくボールペンでそう書かれていた。
つづく
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