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第五話 取り残されて
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「そうかい、今度聞くよ。今日は遅いから帰りなさい」
男は下げられた助手席側の窓から、美冬を見ながら言った。
美冬は四歩程歩いた分を車の方に歩き戻って来た。
そして助手席側の窓の縁に手を掛けると男の事を睨んだ。
「相談に乗るとか言っといて!」
美冬は叫んだ。
「大きな声を出すな。近所に聞こえる。君も、君の家の人も困る」
男は美冬を嗜める様に言った。
「分かった様な事言って。嘘ばっかり! 嘘ばっかり!」
美冬はそう言うと助手席側のドアを、拳で叩き、足を上げ蹴り始めた。
「おい、何をするんだ! やめろ!」
男の言葉とは無関係に美冬は更に叩き、蹴り続けた。
「いいか、三日後だ。今日は帰るんだ」
言いながら男は車のキーを回し、エンジンをかけ、ゆっくりと車を走らせ始めた。
動き出す車を美冬は尚も叩き、蹴り続ける。
「切りが無い。君がしつこいのは分かった」
そう言うと男はアクセルを踏み込み、スピードを上げた。
美冬の手も足も、もう車には届かなかった。
美冬だけを残し、車はどんどんとその場から遠ざかって行った。
「まったく、少しはストレス発散になったか」
男はそう呟くと、我慢していたタバコを胸ポケットから出して、備え付けの灰皿を引き出し、タバコに火を点けた。
「ただいま」
取り残された美冬は、家に帰って来た。
「おかえり。何か外で声がしたけど…」
出迎えたのは父親の瀬川光男だった。
美冬の父は半年程前から休職して家にいた。
父は銀行の融資担当をしていた。
ある日、お客との相談中に突然眩暈がし、吐き気が襲い、方向感覚を失い倒れた彼は、緊急で病院に搬送されて、そこで病名がメニエール病だと判明した。
メニエール病は眩暈と耳鳴りがして、体がぐるぐる回っている様な感覚にとらわれる難病だ。
精神的なストレスが原因の一つとされているので、融資の仕事によるストレスが原因かと思われた。
退院後も度々眩暈を起こしていたので、ストレスを軽減する為に、だから現在も休職していた。
「何でもない。お母さんは」
「まだ仕事だ。帰って来ない」
美冬の母、瀬川祥子は、コンビニに卸すパンの工場で、夕方から夜までパートに出ていた。
「そう、良かった」
美冬は父親に聞こえない様に小声で言った。
「ご飯どうする?」
「お父さん作ったの?」
「ああ」
「じゃあ食べようかな。お腹空いてるし。でもその前に荷物置いてくる」
美冬はそう言うとまだ玄関前の廊下に立っている父親を残して階段を登り、自分の部屋へと向かった。
ドアを開け、自室に入る。
ベッドと勉強机。雑貨やぬいぐるみ等は一切無い、そこは女の子らしくない無機質な部屋だった。
机に鞄を置くと美冬は立ったままその場で大きく一度、深呼吸した。
「みんな頭にくる」
そして小声でそう呟いた。
つづく
男は下げられた助手席側の窓から、美冬を見ながら言った。
美冬は四歩程歩いた分を車の方に歩き戻って来た。
そして助手席側の窓の縁に手を掛けると男の事を睨んだ。
「相談に乗るとか言っといて!」
美冬は叫んだ。
「大きな声を出すな。近所に聞こえる。君も、君の家の人も困る」
男は美冬を嗜める様に言った。
「分かった様な事言って。嘘ばっかり! 嘘ばっかり!」
美冬はそう言うと助手席側のドアを、拳で叩き、足を上げ蹴り始めた。
「おい、何をするんだ! やめろ!」
男の言葉とは無関係に美冬は更に叩き、蹴り続けた。
「いいか、三日後だ。今日は帰るんだ」
言いながら男は車のキーを回し、エンジンをかけ、ゆっくりと車を走らせ始めた。
動き出す車を美冬は尚も叩き、蹴り続ける。
「切りが無い。君がしつこいのは分かった」
そう言うと男はアクセルを踏み込み、スピードを上げた。
美冬の手も足も、もう車には届かなかった。
美冬だけを残し、車はどんどんとその場から遠ざかって行った。
「まったく、少しはストレス発散になったか」
男はそう呟くと、我慢していたタバコを胸ポケットから出して、備え付けの灰皿を引き出し、タバコに火を点けた。
「ただいま」
取り残された美冬は、家に帰って来た。
「おかえり。何か外で声がしたけど…」
出迎えたのは父親の瀬川光男だった。
美冬の父は半年程前から休職して家にいた。
父は銀行の融資担当をしていた。
ある日、お客との相談中に突然眩暈がし、吐き気が襲い、方向感覚を失い倒れた彼は、緊急で病院に搬送されて、そこで病名がメニエール病だと判明した。
メニエール病は眩暈と耳鳴りがして、体がぐるぐる回っている様な感覚にとらわれる難病だ。
精神的なストレスが原因の一つとされているので、融資の仕事によるストレスが原因かと思われた。
退院後も度々眩暈を起こしていたので、ストレスを軽減する為に、だから現在も休職していた。
「何でもない。お母さんは」
「まだ仕事だ。帰って来ない」
美冬の母、瀬川祥子は、コンビニに卸すパンの工場で、夕方から夜までパートに出ていた。
「そう、良かった」
美冬は父親に聞こえない様に小声で言った。
「ご飯どうする?」
「お父さん作ったの?」
「ああ」
「じゃあ食べようかな。お腹空いてるし。でもその前に荷物置いてくる」
美冬はそう言うとまだ玄関前の廊下に立っている父親を残して階段を登り、自分の部屋へと向かった。
ドアを開け、自室に入る。
ベッドと勉強机。雑貨やぬいぐるみ等は一切無い、そこは女の子らしくない無機質な部屋だった。
机に鞄を置くと美冬は立ったままその場で大きく一度、深呼吸した。
「みんな頭にくる」
そして小声でそう呟いた。
つづく
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