未成熟なセカイ 

孤独堂

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第一部 未成熟な想い (小学生編)

第69話

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 色々分った太一は、放課後を待って幸一の元へと向かおうと思っていたのだが、今日はなかなか美紗子が席を立たなかった。
 何やらゆっくりと机の中のものを出して、口の開いたランドセルに入れている。
 最近はいつも素早く下校の用意をすると、席を立っていた様な気がしていた太一は、暫く自分の席に座り、そちらを眺めていた。
 隣に座る幸一はいつもと変わらない様子で、準備を終えると席を立とうとしている。

(不味いな。幸一が帰っちまう。それとも俺の方に話を聞きに来るかな?)

 そんな事を思いながら眺めていた美紗子に、一瞬の変化があって、太一は思わず目を見開いた。
 席を立ち、去ろうとしている幸一に向かい、何か言いた気に美紗子が軽く手を伸ばしながら、そちらを振り向いたのだ。斜め上に幸一の姿を追う様なその表情は何処か切な気で、太一は思わず美しいと見惚れてしまった。

(やっぱり幸一の事を…)

 その後で降って来たのは、激しい嫉妬心だった。

(なんで美紗子はアイツにばかりあんな表情を見せるんだ。俺にだって)

 きっと美紗子は幸一と何か話したくて、タイミングを計っていたんだ。
 しかし幸一は、俺から言われた事もあり、今は美紗子とクラス内で話そうとはしない。
 物足りなさそうな、少し寂し気な表情で、幸一が去った後立ち上がり、帰ろうとする美紗子の姿を見ていて、少し可哀想な気持ちになった。

(俺だったら、クラスの奴らに幾ら冷やかされても平気なのに。俺だったら、美紗子を笑顔にさせてあげられるのに)

 そう思いながら幸一の方に目をやると、幸一は教室の出口近くで、いつもの仲間の五十嵐と谷口に捕まって、肩に手を回されながら、廊下へと一緒に連れ出される所だった。

(あの様子では、美紗子の伸ばした届かなかった手には気付かなかったのかも知れない。それから俺との朝の話も、忘れているのかも…いや、それはないか。アイツはクラスの奴らがいる所ではそういう話はしたがらない。きっとそういう事だ)

 友達と教室から出て行く幸一を見送ると、太一は席から立ち上がり、用意していたランドセルに手を掛けた。幸一の後を付ける為だ。



 今日一緒に帰る約束をしていた悠那達の所に来た美紗子の表情は、もう落ち込んではいなかった。楽しげに仲の良い友達達と話しながら、こちらも教室の出口側まで歩いていた。

「じゃあ、ばいばい」

 教室にまだいる女子達に向けて、明るく笑顔で、何とはなく小さく手を振りながら美紗子はそう言って教室を出た。
 しかし教室からは一言も返事がなかった。

(あれ?)

 いつもならば誰かしらは返事を返して来るのだが、今日はまるで声が聞こえて来ない。
 軽い違和感に思わず美紗子は足を止めて教室の中を覗きこんだ。
 友達との話に夢中になっている者。
 まだ席に座り、机に向かって何かしている者。
 誰一人美紗子の方を向いてはいなかった。

(声が、聞こえなかったかな?)

「おーい! 美紗ちゃん!」

 そんな事を思っている時、立ち止まっている間に先に行った悠那が大きな声で美紗子を呼んだ。
 考えを途中に美紗子は悠那の方を向くと、笑顔を見せてそちらに向かって早足で歩いて行った。



 それから二十分程した頃の下校の風景。
 紙夜里とみっちゃんは並んで歩いていた。

「あれ?」

「ん?」

 突然の紙夜里の言葉にみっちゃんも声を出す。

「あれ、前を行く子、四組の子だよね」

 そう言って紙夜里は五メートル程前を歩く赤いランドセルの子を指さした。
 それは四組の根本だった。

「ああ、ウチのクラスに来ていたな。倉橋さんの事を色々聞いて回っていた」

「やっぱり」

 みっちゃんの言葉を聞いて確信した紙夜里は、ニヤリと笑い、そう言った。

「みっちゃん、私ちょっとあの子と話して来ていい?」

「え、でも、関わらない方が…」

 紙夜里の言葉にそう言いながら、みっちゃんは紙夜里が睨んでいる事に気付いて、一瞬言葉を失った。そして昼間の約束を思い出した。

「そうだね。約束だからね。いいよ…でも、口出しはしないから、私も行かせて」

 みっちゃんはせめて、全てを自分の中で記録しようと思った。
 今何が起こっているのか、紙夜里が何をしようとしているのか。
 そしてそれが倉橋美紗子にとって、どれ程酷い出来事になるのか。
 紙夜里は倉橋さんを自分と同じ所まで堕とすと言っていた。

(流石にその考えは酷過ぎる。今は助けてあげられなくても、いつか全てを知っていれば、救う事が出来るかも知れない。少なくとも私は、やっぱりこういう事は嫌なんだ)

「黙っているんならいいよ」

 紙夜里の答えはあっさりしたものだった。

 そして早足で根本の側に向かう二人。
 一人足元を見ながら歩いて帰る根本は、紙夜里にとって格好の的だった。

「ねえ」

 甘ったれた様な、優しいまだ幼さの残る声で、後ろから紙夜里は声を掛けた。
 詰まらなさそうな顔で振り返る根本。




         つづく
 
 
 
 
 
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