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第一部 未成熟な想い (小学生編)
第50話
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「でも、まだ本当は、話さなくなってから二日しか経っていない」
幸一はそう言うと、膝から手を離し、背筋を伸ばして、美紗子に向かって微笑んで見せた。
「橋本さんから、話を聞いたよ」
紙夜里の事である。
「うん」
大きく頷きながら、美紗子は体が震えてくるのを感じた。どうにも我慢出来ない衝動が走っていた。
「泣いて、いるの?」
街灯の下、そう幸一が美紗子の顔を伺う様に尋ねた時だった。
話を半ばで幸一は止めなければいけなくなった。
美紗子が突然幸一に抱きついて来たからだ。
女の子独特の、甘い、石鹸の様な匂いが幸一を包み、幸一はただ呆然と直立不動のままにそこに立ち尽くしてしまった。
美紗子は幸一の肩に腕を回し、そのまま幸一の肩に顔を押し当てていた。
僅かに聞こえるすすり泣き。
「もう何ヶ月も会っていなかったみたい…会いたかったぁ、話したかったぁ」
まだ泣き止まないのか、美紗子の涙声が幸一の肩の所から、幸一の体へと響く。
それは、幸一の心を優しい気持ちで満たす声で、思わず垂れ下がっていた両の手を前へと出すと、幸一は美紗子の体へと回した。
それから、夕方会った紙夜里の言葉を思い出していた。
ー美紗ちゃんは、あなたの事が好きなのよー
その言葉が、今は確信に変わっていた。
(小学生で、”愛”とかそんな感情があるのかは分らないけれど。もしあるのならば、きっと美紗ちゃんの今の想いは、”愛”と言うものなのかも知れないな。だとしたら、やっぱり僕はいい加減な気持ちで接してはいけないんだ。僕にはまだ、そういう気持ちが分らない。僕にあるのは、今はまだ友達として大好きだという想いだけだ。それはきっと、美紗ちゃんを傷付ける事になる。特にさっき聞いた話から察する状況だと…きっと僕に出来る事は、こうする事なんだ)
自分の中の決意を再確認すると、幸一はゆっくりと美紗子の背中に回していた両手を一度離して、今度は手を美紗子の脇を掴むように添えると、これまたゆっくりと、美紗子の体を自分の体から引き離した。
その事に違和感を感じながらも、美紗子も素直に離れる。
「どうしたの?」
幸一から離されてそう尋ねた美紗子の顔には、涙の跡はあっても、もう泣いてはいなかった。
「これ」
キョトンとした顔の美紗子に幸一は言いながら、本を持った手を前に出した。
「美紗ちゃんがあの日忘れて行った『銀河鉄道の夜』だよ」
「ああ、色々あり過ぎて私、そんな事も忘れていた」
美紗子はそう言うと幸一の差し出した手から本を受け取り、目の前に持ち、そのカバーを眺めた。
「これは、幸一君?」
再び目線を幸一に戻し、カバーに触れて尋ねる。
「そう。そのまんま返すんじゃアレかなと思って。ウチにあった包装紙にイイ柄があったから、そんなので悪いんだけど」
カバーについて触れられて、少し嬉しくなった幸一は、ちょっとだけ頬を染めて恥ずかしそうにそう答えた。
「ありがとう~♪ とっても可愛い。大事にするね」
幸一の優しさに美紗子は、胸の辺りが暖かくなるのを感じて、更に幸一を好きになって行っているのに気付いた。
「うん。それから、話を聞いたから、美紗ちゃんが僕を避けていた理由も全部分ったよ。元々僕達は良く冷やかされていたから、その判断は正しかったと思う」
「怒っていない? 嫌ったりしてない?」
どうやら幸一の話が本題に入り始めたので、美紗子は気になっていた事を尋ねた。
「まさか!? 最初はどうしたんだろうって思ったけど。そんな、怒ったり嫌いになったりする訳ないじゃないか。美紗ちゃんは僕の大事な友達なんだから」
つづく
幸一はそう言うと、膝から手を離し、背筋を伸ばして、美紗子に向かって微笑んで見せた。
「橋本さんから、話を聞いたよ」
紙夜里の事である。
「うん」
大きく頷きながら、美紗子は体が震えてくるのを感じた。どうにも我慢出来ない衝動が走っていた。
「泣いて、いるの?」
街灯の下、そう幸一が美紗子の顔を伺う様に尋ねた時だった。
話を半ばで幸一は止めなければいけなくなった。
美紗子が突然幸一に抱きついて来たからだ。
女の子独特の、甘い、石鹸の様な匂いが幸一を包み、幸一はただ呆然と直立不動のままにそこに立ち尽くしてしまった。
美紗子は幸一の肩に腕を回し、そのまま幸一の肩に顔を押し当てていた。
僅かに聞こえるすすり泣き。
「もう何ヶ月も会っていなかったみたい…会いたかったぁ、話したかったぁ」
まだ泣き止まないのか、美紗子の涙声が幸一の肩の所から、幸一の体へと響く。
それは、幸一の心を優しい気持ちで満たす声で、思わず垂れ下がっていた両の手を前へと出すと、幸一は美紗子の体へと回した。
それから、夕方会った紙夜里の言葉を思い出していた。
ー美紗ちゃんは、あなたの事が好きなのよー
その言葉が、今は確信に変わっていた。
(小学生で、”愛”とかそんな感情があるのかは分らないけれど。もしあるのならば、きっと美紗ちゃんの今の想いは、”愛”と言うものなのかも知れないな。だとしたら、やっぱり僕はいい加減な気持ちで接してはいけないんだ。僕にはまだ、そういう気持ちが分らない。僕にあるのは、今はまだ友達として大好きだという想いだけだ。それはきっと、美紗ちゃんを傷付ける事になる。特にさっき聞いた話から察する状況だと…きっと僕に出来る事は、こうする事なんだ)
自分の中の決意を再確認すると、幸一はゆっくりと美紗子の背中に回していた両手を一度離して、今度は手を美紗子の脇を掴むように添えると、これまたゆっくりと、美紗子の体を自分の体から引き離した。
その事に違和感を感じながらも、美紗子も素直に離れる。
「どうしたの?」
幸一から離されてそう尋ねた美紗子の顔には、涙の跡はあっても、もう泣いてはいなかった。
「これ」
キョトンとした顔の美紗子に幸一は言いながら、本を持った手を前に出した。
「美紗ちゃんがあの日忘れて行った『銀河鉄道の夜』だよ」
「ああ、色々あり過ぎて私、そんな事も忘れていた」
美紗子はそう言うと幸一の差し出した手から本を受け取り、目の前に持ち、そのカバーを眺めた。
「これは、幸一君?」
再び目線を幸一に戻し、カバーに触れて尋ねる。
「そう。そのまんま返すんじゃアレかなと思って。ウチにあった包装紙にイイ柄があったから、そんなので悪いんだけど」
カバーについて触れられて、少し嬉しくなった幸一は、ちょっとだけ頬を染めて恥ずかしそうにそう答えた。
「ありがとう~♪ とっても可愛い。大事にするね」
幸一の優しさに美紗子は、胸の辺りが暖かくなるのを感じて、更に幸一を好きになって行っているのに気付いた。
「うん。それから、話を聞いたから、美紗ちゃんが僕を避けていた理由も全部分ったよ。元々僕達は良く冷やかされていたから、その判断は正しかったと思う」
「怒っていない? 嫌ったりしてない?」
どうやら幸一の話が本題に入り始めたので、美紗子は気になっていた事を尋ねた。
「まさか!? 最初はどうしたんだろうって思ったけど。そんな、怒ったり嫌いになったりする訳ないじゃないか。美紗ちゃんは僕の大事な友達なんだから」
つづく
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