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第一部 未成熟な想い (小学生編)
第48話
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午後四時二十分。
みっちゃんは一人で校庭の脇の側道を、校門へと向かって歩いていた。
足元からは影が斜めに長く延びる。
空はもうオレンジ色で、校舎も校庭の木々も、隅にあるジャングルジム等の遊具も、皆んな長く影を延ばしていた。
前の方を歩く下校中の生徒の顔も、陰影で良く見えない。
ゆっくりと色々な事を考えるには充分な程の肌寒さと、孤独感・寂しさを募らせるには充分な程の情景が、一人歩くみっちゃんを包んでいた。
だからみっちゃんは、歯茎に力を入れて、グッと何かを堪える様に、黙々と歩いた。
その直ぐ十メートル程後ろを、幸一はみっちゃんには気付かず、歩いていた。
頭を下げ、自分の足元を見ながら、考え事をしながら歩く。
家に帰り、ランドセルを置いて、午後六時にはもう一度此処に来る。
美紗子に会う為だ。
(会ったら本を返さなくちゃ)
忘れない様に、先程から何度も反芻している言葉。
学校では毎日会っているのに、顔もちゃんと会わさず、話ももう数日していない。
だから今夜ちゃんと会って話せる事は、とても嬉しい筈なのだけれど、心の何処かで複雑に絡み合うしがらみの様なものがあって、何故か気持ちは重かった。
少し、面倒臭い。
そんな気持ちがあった。
幸一は今日一日、色々あった事を思い出した。
『俺は好きなんだ。美紗子の事が』
『仲の良い友達だと思っているのなら美紗子の為だ。幸一、お前これから美紗子と関るな。美紗子と話すな』
太一が言った言葉だ。
そして、
『なんで美紗ちゃんは、幸一君が冷やかされない様に、そんな自分がクラスの女子に嫌われるかも知れない様な嘘を付いたんだと思う』
『美紗ちゃんは幸一君の事が好きだから、迷惑を掛けたくなくて嘘を付いたの。あなたの事を好きなのよ』
『可愛かったり、綺麗だったりする人とは、やっぱり友達になりたくなるでしょ。それだけで』
先程まで会って話していた紙夜里の言葉。
(この二人は美紗ちゃんの事が好きで、美紗ちゃんの為に僕に離れて貰いたがっている。僕もその方が良いのなら、それで構わないと思う。六年でクラス替えになって、例えば違うクラスになれば、かえって会った時なんかは、周りに冷やかされず、仲の良い友達として話が出来るんじゃないだろうか。美紗ちゃんは今は僕の事を好きみたいだけれど、まだ小学五年だ。中学・高校と進むうちに心変わりするかも知れない。僕だってその頃には、本当に美紗ちゃんの事が好きで堪らないくらいの気持ちになっているかも知れない。でもそれは、まだまだ先の話で、今考える事じゃない…)
トボトボと、下を向きそんな事を考えながら歩いて、幸一は校門を潜った。
校舎の屋上へと続く階段の途中の踊り場で、紙夜里は窓を開けて外を覗いていた。
校庭の脇を通り、校門を出て行く幸一らしきランドセルを背負った姿が見える。
紙夜里はそれを確認すると、窓を閉めた。
それから隣に立つ美紗子の方に顔を向けて微笑みながら言った。
「だからね、きっと幸一君も美紗ちゃんの事が好きなんだと思うの。美紗ちゃんの名前が出て、幸一君、顔を紅くしていたし」
「そんなぁ」
紙夜里の言葉に美紗子は俯いて、頬を紅くして、恥ずかしそうに呟いた。
「だからきっと上手く行くよ。今日二人で話して、相談して、明日からは何も不安に感じる事がなくなるよ。大丈夫だよ美紗ちゃん。だから、そろそろ私達も帰ろう」
紙夜里はそう言うと恥ずかしそうにまだ俯いている美紗子の手を取ると、引っ張り、階下へと降りて行こうとした。
「あ、紙夜里ちゃん」
慌てて足を出す美紗子。
屋上へと続く階段の所で二人は会っていた。
紙夜里は幸一との事を美紗子に伝え、今日の午後六時の密会に幸一が来る事も伝えた。
紙夜里の考えの中で。
そして二人は一緒に帰り、いつしか学校には生徒の姿がなくなっていた。
オレンジ色の夕焼けも徐々に闇に呑み込まれて行く。
もうすぐ午後六時。
つづく
みっちゃんは一人で校庭の脇の側道を、校門へと向かって歩いていた。
足元からは影が斜めに長く延びる。
空はもうオレンジ色で、校舎も校庭の木々も、隅にあるジャングルジム等の遊具も、皆んな長く影を延ばしていた。
前の方を歩く下校中の生徒の顔も、陰影で良く見えない。
ゆっくりと色々な事を考えるには充分な程の肌寒さと、孤独感・寂しさを募らせるには充分な程の情景が、一人歩くみっちゃんを包んでいた。
だからみっちゃんは、歯茎に力を入れて、グッと何かを堪える様に、黙々と歩いた。
その直ぐ十メートル程後ろを、幸一はみっちゃんには気付かず、歩いていた。
頭を下げ、自分の足元を見ながら、考え事をしながら歩く。
家に帰り、ランドセルを置いて、午後六時にはもう一度此処に来る。
美紗子に会う為だ。
(会ったら本を返さなくちゃ)
忘れない様に、先程から何度も反芻している言葉。
学校では毎日会っているのに、顔もちゃんと会わさず、話ももう数日していない。
だから今夜ちゃんと会って話せる事は、とても嬉しい筈なのだけれど、心の何処かで複雑に絡み合うしがらみの様なものがあって、何故か気持ちは重かった。
少し、面倒臭い。
そんな気持ちがあった。
幸一は今日一日、色々あった事を思い出した。
『俺は好きなんだ。美紗子の事が』
『仲の良い友達だと思っているのなら美紗子の為だ。幸一、お前これから美紗子と関るな。美紗子と話すな』
太一が言った言葉だ。
そして、
『なんで美紗ちゃんは、幸一君が冷やかされない様に、そんな自分がクラスの女子に嫌われるかも知れない様な嘘を付いたんだと思う』
『美紗ちゃんは幸一君の事が好きだから、迷惑を掛けたくなくて嘘を付いたの。あなたの事を好きなのよ』
『可愛かったり、綺麗だったりする人とは、やっぱり友達になりたくなるでしょ。それだけで』
先程まで会って話していた紙夜里の言葉。
(この二人は美紗ちゃんの事が好きで、美紗ちゃんの為に僕に離れて貰いたがっている。僕もその方が良いのなら、それで構わないと思う。六年でクラス替えになって、例えば違うクラスになれば、かえって会った時なんかは、周りに冷やかされず、仲の良い友達として話が出来るんじゃないだろうか。美紗ちゃんは今は僕の事を好きみたいだけれど、まだ小学五年だ。中学・高校と進むうちに心変わりするかも知れない。僕だってその頃には、本当に美紗ちゃんの事が好きで堪らないくらいの気持ちになっているかも知れない。でもそれは、まだまだ先の話で、今考える事じゃない…)
トボトボと、下を向きそんな事を考えながら歩いて、幸一は校門を潜った。
校舎の屋上へと続く階段の途中の踊り場で、紙夜里は窓を開けて外を覗いていた。
校庭の脇を通り、校門を出て行く幸一らしきランドセルを背負った姿が見える。
紙夜里はそれを確認すると、窓を閉めた。
それから隣に立つ美紗子の方に顔を向けて微笑みながら言った。
「だからね、きっと幸一君も美紗ちゃんの事が好きなんだと思うの。美紗ちゃんの名前が出て、幸一君、顔を紅くしていたし」
「そんなぁ」
紙夜里の言葉に美紗子は俯いて、頬を紅くして、恥ずかしそうに呟いた。
「だからきっと上手く行くよ。今日二人で話して、相談して、明日からは何も不安に感じる事がなくなるよ。大丈夫だよ美紗ちゃん。だから、そろそろ私達も帰ろう」
紙夜里はそう言うと恥ずかしそうにまだ俯いている美紗子の手を取ると、引っ張り、階下へと降りて行こうとした。
「あ、紙夜里ちゃん」
慌てて足を出す美紗子。
屋上へと続く階段の所で二人は会っていた。
紙夜里は幸一との事を美紗子に伝え、今日の午後六時の密会に幸一が来る事も伝えた。
紙夜里の考えの中で。
そして二人は一緒に帰り、いつしか学校には生徒の姿がなくなっていた。
オレンジ色の夕焼けも徐々に闇に呑み込まれて行く。
もうすぐ午後六時。
つづく
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