5 / 83
第一部 未成熟な想い (小学生編)
第2話
しおりを挟む
幸一は担任が、頼み事を席順の並びで言ってくる事があまり好きではなかった。
「じゃあ今日は、山崎幸一と倉橋美紗子だな。次の理科の授業で使うから、休み時間の内に体育館の用具室に行って、ソフトボールの球を、えーと、班の数以上だから、八個程持って来てくれ。用具室に金バケツもある筈だから、それに入れて」
三時限目が終了して直ぐに先生はそれだけ伝えて教室を出て行った。
「「はい!」」
二人とも元気良く答える。
しかし最近では、冷やかされる頻度も増えて来ていたので、幸一の心は口程には元気ではなかった。
「行こう」
そう言って美紗子は立ったままの幸一の手を取ろうと手を差し伸べた。
「ああ」
しかし幸一はそう言って、伸ばした手を無視する様に一人歩き出した。
美紗子との距離を取る様に。
慌てて後ろを歩き出す美紗子。
口に出してこそ言わないが、ニヤニヤした顔で二人を見ている何人かのクラスメイト達。
幸一は教室を出て廊下を歩いている間も、美紗子の前を一人で歩いた。
縦に並んで歩き、階段を降りて行く。
校舎一階の体育館とを繋ぐ渡り廊下辺りまで来ると、もう先生も生徒も周りにはいなかった。
「幸一君、最近ちょっと変わったよね」
突然、美紗子が言った。
「ん?」
その言葉に思わず幸一は立ち止まって振り返り、周りに人がいない事を確認しながら、美紗子の方を見た。
美紗子は頬を膨らませ、あからさまに怒っていた。
「最近幸一君。あんまり話し掛けてくれないよね。話し掛けても上の空だったり。避けてる様に見える時もある。前はあんなに、本の話とかしてたのに。何か悪い事した? 幸一君怒ってる?」
「いや、何も。前と変わらないよ。寧ろ…」
怒っているのはそっちじゃないか? と、美紗子の顔を見ながら言いそうになったのを、幸一は呑み込んだ。
「じゃあ。、やっぱり冷やかされるから?」
怒っていた表情から、今度は一転して心配そうな顔をして美紗子は言った。
「それは…ある。僕だけじゃなくて、美紗ちゃんだって迷惑だろう? だから、教室とか、皆んなのいる所では、あんまり話さない方がいいかと思った」
「そう…」
幸一の言葉に美紗子は寂しそうに答えた。
その言葉を聞くと幸一は再び前を向き歩き始め、辿り着いた体育館の扉を横に引いて、開けた。
中には誰もいない。
ガラガラガラッ
と、幸一が扉を開けた時の音だけが残響で体育館内にまだ響いていた。
幸一はスタスタと館内に上がり歩き始める。
美紗子もそれからは一言も話さず、黙々と後ろをついて歩く。
そしてそのまま、二人とも黙ったまま用具室の前まで辿り着き、その扉を開く時、取っ手に手を掛けて、幸一は一度後ろの美紗子の方を振り返った。
美紗子は下を向いて、詰まらなそうにしていた。
その時感じた感情が、愛情なのか? 哀れみなのか? 幸一には判らなかったけれど。
また前を向き、美紗子に背を向ける様にしてから幸一はポツリと言った。
「でも、図書室とか、あまりクラスの奴らがいないような所でなら、また本の話とか出来るかも知れないね」
美紗子は顔を上げた。
つづく
「じゃあ今日は、山崎幸一と倉橋美紗子だな。次の理科の授業で使うから、休み時間の内に体育館の用具室に行って、ソフトボールの球を、えーと、班の数以上だから、八個程持って来てくれ。用具室に金バケツもある筈だから、それに入れて」
三時限目が終了して直ぐに先生はそれだけ伝えて教室を出て行った。
「「はい!」」
二人とも元気良く答える。
しかし最近では、冷やかされる頻度も増えて来ていたので、幸一の心は口程には元気ではなかった。
「行こう」
そう言って美紗子は立ったままの幸一の手を取ろうと手を差し伸べた。
「ああ」
しかし幸一はそう言って、伸ばした手を無視する様に一人歩き出した。
美紗子との距離を取る様に。
慌てて後ろを歩き出す美紗子。
口に出してこそ言わないが、ニヤニヤした顔で二人を見ている何人かのクラスメイト達。
幸一は教室を出て廊下を歩いている間も、美紗子の前を一人で歩いた。
縦に並んで歩き、階段を降りて行く。
校舎一階の体育館とを繋ぐ渡り廊下辺りまで来ると、もう先生も生徒も周りにはいなかった。
「幸一君、最近ちょっと変わったよね」
突然、美紗子が言った。
「ん?」
その言葉に思わず幸一は立ち止まって振り返り、周りに人がいない事を確認しながら、美紗子の方を見た。
美紗子は頬を膨らませ、あからさまに怒っていた。
「最近幸一君。あんまり話し掛けてくれないよね。話し掛けても上の空だったり。避けてる様に見える時もある。前はあんなに、本の話とかしてたのに。何か悪い事した? 幸一君怒ってる?」
「いや、何も。前と変わらないよ。寧ろ…」
怒っているのはそっちじゃないか? と、美紗子の顔を見ながら言いそうになったのを、幸一は呑み込んだ。
「じゃあ。、やっぱり冷やかされるから?」
怒っていた表情から、今度は一転して心配そうな顔をして美紗子は言った。
「それは…ある。僕だけじゃなくて、美紗ちゃんだって迷惑だろう? だから、教室とか、皆んなのいる所では、あんまり話さない方がいいかと思った」
「そう…」
幸一の言葉に美紗子は寂しそうに答えた。
その言葉を聞くと幸一は再び前を向き歩き始め、辿り着いた体育館の扉を横に引いて、開けた。
中には誰もいない。
ガラガラガラッ
と、幸一が扉を開けた時の音だけが残響で体育館内にまだ響いていた。
幸一はスタスタと館内に上がり歩き始める。
美紗子もそれからは一言も話さず、黙々と後ろをついて歩く。
そしてそのまま、二人とも黙ったまま用具室の前まで辿り着き、その扉を開く時、取っ手に手を掛けて、幸一は一度後ろの美紗子の方を振り返った。
美紗子は下を向いて、詰まらなそうにしていた。
その時感じた感情が、愛情なのか? 哀れみなのか? 幸一には判らなかったけれど。
また前を向き、美紗子に背を向ける様にしてから幸一はポツリと言った。
「でも、図書室とか、あまりクラスの奴らがいないような所でなら、また本の話とか出来るかも知れないね」
美紗子は顔を上げた。
つづく
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説




アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる