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<ただ、幸せなだけの日常>
ごはんを食べよう
しおりを挟む「おい、起きろ。そろそろ飯だぞ」
八鬼に肩を揺すられて、深い眠りから浮上する。
「うー、おはよ」
「お早う」
今日は土曜日だ。
土曜、日曜は学校が休みになってる。
だけど、外に出るには外出許可証が必要なので、皆大抵寮の中で過ごす。コンビニまで行くのも外出許可証必要で面倒だし。
ご飯だけはちゃんと用意されるのがありがたい。
身支度を整えてから食堂に行って、八鬼と二人、食事を受け取る列に並ぶ。と。
前に並んでた人達が次々に抜けて、僕達の後ろに並んでしまう。
八鬼の前にいるのが怖いんだろうな。
スムーズに進んでありがたいけどちょっと申し訳無い。
以前だと、八鬼の友達が八鬼の分までご飯取ってたから、八鬼は列に並ぶなんて事しなかった。
僕一人で二人分のご飯を取ってくるなんて無理だし(量が多いからトレイがかなり重たい)八鬼と両想いになれてからというもの、僕ばかりが幸せで周りの負担が大きくなってる気がするよ。
今日の朝ごはんはメインが焼きサバとオムレツで、スープは味噌汁じゃなくオニオンスープだった。後はご飯とサラダとフルーツ。
う……ん……。
何から食べようかな……。
フルーツ……かな……。
いつもの席に座って、ぼうっとトレイを見ていると、八鬼が僕のオムレツを箸で切り分けた。
八鬼、箸の持ち方が意外と綺麗だな。なんて思ってたら、口元にオムレツを差し出された。
箸を持つ手から八鬼の顔に視線を移す。
「ほら」
促されて、八鬼の目を見たままオムレツに食いついた。
あ。美味しい。
噛んで飲み込んでいる間に、八鬼はオニオンスープをスプーンで掬い、ふ、って息を吹き掛けて冷ましてから、また僕の口元に差し出す。
零さないようにそっと口に含む。ちょっと熱い。でも、美味しい。
「美味いか?」
やっぱり目をみたまま、こくんと頷く。
箸を手に取って今度は自分でオムレツを口にした。ケチャップの甘酸っぱいのも、なんだか久しぶりに食べたな。舌が刺激されて今更お腹が空いてくる。
「お邪魔しますよー」
珍しく、八鬼の横の席がカタンと動いた。
八鬼の友人の一人だ。この派手な金髪と百八十は軽くありそうな長身に見覚えがある。
「あぁ? こっちくんじゃねーよ。別で食ってろ」
お腹に響いてくる重たい声を出し八鬼が睨み付ける。僕でさえビクってしてしまうぐらい迫力だ。
なのに、金髪の人は「いーじゃん、俺も夏樹ちゃんと話してみたかったしさ」と一歩も引かなかった。
「こんちゃー。オレ、西園寺ヒロト(さいおんじ ひろと)っていいます。八鬼の小学校時代からのオトモダチなんだ。列車で会ったの覚えてっかな? こいつと一緒にいたんだけど」
八鬼を指差して言う。
「え……列車……? ご、めん、僕、記憶力が悪くて……」
あの時は八鬼にばかり目が行ってたから全然記憶に無い。
「あら、それなら私の事も覚えていないかしら?」
続いて僕の隣の席が動く。
言葉遣いだけだと女の人みたいだけど、声はこれまた重たく響く男の人の声だ。
肩にかかりそうな髪を頭の後ろで一つに結んでいる。この人にも見覚えがあった。
前、八鬼が友人達と行動してたとき、八鬼が先頭を歩いててその後ろに目立つ長身の二人組みがいた。それがこの金髪君と長髪君だ。……長髪君じゃなくて長髪さんって呼んだ方がいいのかな?
下手に呼び方変えるのは逆に失礼かな。
「はじめまして。矢追薫(やおい かおる)よ。よろしく」
「あ……羽鳥夏樹です」
西園寺君が椅子に座ろうとした。が、八鬼が椅子を蹴飛ばしてしまい、西園寺君はものの見事に床に尻餅を付いた。
「いっでええ! にすんだよ!」
「向こう行け。テメーらみてぇなガラ悪ィの居たら夏樹が飯食えねえだろ」
「ガラ悪い筆頭はテメーだろがよ! つかいいじゃん飯ぐらい」
「や、八鬼、僕は全然構わないよ」
僕も、小学校からの友人がいる。山田隆史君。お互い携帯電話を持ってないから、手紙でやりとりしようって約束して別れた。
学校も、住んでる場所も遠く離れているけど今でも大切な親友だ。
八鬼にとってこの二人は、僕にとっての山田君ぐらい大切な人だろう。僕の為に友達との付き合いを我慢して欲しくはなかった。矢追君も西園寺君も見るからに不良だから怖いけど。
八鬼はち、と小さく舌打ちしたものの、それ以上追い払おうとはしなかった。
器用にハムを一口サイズに切って、僕の口元に差し出した。
えと……。
二人がいるのでちょっと恥ずかしいんだけどな……。
八鬼の好意も無駄にしたくなかったから、躊躇ったけど食べさせてもらった。
「ひゃー甘やかしてんねー」
早速西園寺君にからかわれた。顔が熱くなってしまう。
「うっせぇ。こいつ、一口目は俺が食わせてやらないと食おうとしねぇんだよ」
八鬼がそんな意外な返事をした。
「え、そんなこと」
無い。自分で食べてるよ――そう言いかけたけど、
僕、八鬼が食べさせてくれたものしか食べてない。オムレツとスープしか手を付けてない。
席についてトレイを見下ろした時、箸すら手に取らずにぼーっと座ってるだけだった。
全然気がついてなかった……。
「ほら」
八鬼が今度はご飯を差し出した。
「八鬼、大丈夫、自分で」
人の目があるのに食べさせてもらうのは恥かしい。
「あぁ?」
凄まれて、慌ててご飯を口に入れる。
あ。ご飯が甘い。ちょっと硬いけど美味しい。
「食えそうか?」
「うん。ありがとう、八鬼」
今度こそ自分で食べ始める。全部食べることはできなかったものの、それでも三分の二以上は食べられた。
美味しかった……。
満腹になって、ふわふわと幸せな気分だ。
残した分は全部八鬼が食べてくれて、空っぽの食器が乗ったトレイを西園寺君が持ち上げた。
「え?」
「戻してくるから座ってな。夏樹ちゃん」
「あ、その、自分で」
「いいって。気にしない」
「じゃあ私のも持って行ってちょうだい」
「これも持っていけ」
八鬼と矢追君まで西園寺君にトレイを押し付ける。
西園寺君はへーへーって気の抜けた返事をしながらも、器用にトレイを四つ持っていった。
凄いなあ西園寺君……。ファミレスでバイトしてたりするのかな? あんな沢山持っていけるなんて……。
「うぶ」
突然、僕の顔にハンカチが押し付けられて、目の上や頬をぐりぐりと拭かれた。
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