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心配
「病院に行くぞ」
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八鬼は僕から手を離すと、ベッドから立ち上がって背を向けた。
「明日――くぞ」
「?」
聞き取れなくて、何?と返す。
「明日、病院に行くぞ」
「――病院……? どう、して?」
「いくらなんでも食わなさ過ぎだ。このままじゃ衰弱するだろうが。せめて点滴ぐらい――」
「い――いやだ!!」
絶叫するように叫んで立ち上がる。
「絶対病院なんか行かない!! 病院なんか行ったら親に連絡される、嫌だ、絶対嫌だ!!」
「おい……?」
「嫌だ嫌だ嫌だ! もう会いたくない! いやだ、やだ……!」
僕自身がただでさえボロボロなのに、また、話も聞いてもらえないまま罵られる。
今度滅茶苦茶に罵られたら、今度こそ息もできなくなってしまう。
それに、病院に行ったら絶対精神科に廻される。
息子が頭がおかしくなったなんて知ったら、本当に何を言われるか判らない!
「羽鳥」
「いや――、さわ、るな! 絶対行かない、ここから出ない、行きたくない!!」
思いっきり後ずさりした背中が、がしゃん、と窓ガラスに当たった。
後ろは窓と壁だ。頭のどこかでは判っているのに、どうにか逃げようと足が床をかく。
「落ち着け」
「ひっ……」
八鬼の腕が伸びてくる。掴まったら病院に連れて行かれてしまう。
逃げた拍子にベッドのヘッドボードに体をぶつける。勢い良くぶつかって跳ね返ってしまったのに痛みなんか感じずに、ベッドと窓の間の狭い隙間に逃げ込んだ。
「――――病院に行きたくないなら飯ぐらいちゃんと食え」
「…………!! わ――わかった、ちゃんと、たべるから、びょういんは、いや」
持久走でもしてきたみたいに息を切らして、だだをこねる子供さながらに首を振る。
「無理に連れて行ったりしねえよ」
「いやだ……絶対にいや……!」
「判ったっつってんだろうが」
パニックを起こして、嫌だ嫌だと言い続ける僕の腕を八鬼の掌が掴む。
無理やり引っ張り出されて、反動で八鬼の胸に飛び込んだ。
八鬼の太い腕が僕の背中にまわって、軽く抱き寄せられた。
「いや……!」
僕とは全然違う、筋肉に覆われた大きくて熱い体に包まれ、全身が硬直する。
頭を引き寄せられて顔が硬い胸板に押し当てられ、僕より二倍はありそうな八鬼の大きさに、引き裂かれた恐怖が蘇って体が引き攣る。
は、は、は、って、また呼吸がおかしくなって、吐くことしかできなくて苦しくて眩暈がしてくる。
「――あ、あ」
「何もしねえ。どこにも連れていかねえ。大丈夫だ。――ちゃんと息をしろ」
八鬼の手が僕の背中をゆっくりと撫でる。
こんなふうに抱き締められるなんて初めてだ。
服越しに体温が滲んでくる。
頭を優しくなでられて、目を見張って驚いてしまう。
暖かい――――。
すっと呼吸が楽になった。
全身から力が抜けて、八鬼の体に体を寄せる。
相手は八鬼なのに、どうしてこんなに安心するんだ……?
幼稚園まで記憶を遡っても、抱き締められた記憶なんて無い。
男は甘えたりしたら駄目だって、お父さんに言われてきたから。
本当に、病院に連れて行かない?
確認したかったけど、やめた。
願いは必ず裏切られる。物事は悪い方へと転がっていく。
八鬼はきっと僕を病院に連れて行く。
だって、ご飯を食べるなんて無理だ。
アイスクリームさえ食べられなかったのに、男子高校生に合わせたご飯なんて入るはずない。
――違う、食べるんだ。何が出ても絶対に全部食べてやる!
その後吐いてしまえばいい。
病院に行くぐらいなら、両親に会うぐらいなら、食べる方がずっと簡単だ。
ただでさえ弱っていたのに暴れたせいで一気に消耗してしまい、八鬼に抱き締められたまま、いつしか、失神するみたいに眠りに落ちてしまった。
「明日――くぞ」
「?」
聞き取れなくて、何?と返す。
「明日、病院に行くぞ」
「――病院……? どう、して?」
「いくらなんでも食わなさ過ぎだ。このままじゃ衰弱するだろうが。せめて点滴ぐらい――」
「い――いやだ!!」
絶叫するように叫んで立ち上がる。
「絶対病院なんか行かない!! 病院なんか行ったら親に連絡される、嫌だ、絶対嫌だ!!」
「おい……?」
「嫌だ嫌だ嫌だ! もう会いたくない! いやだ、やだ……!」
僕自身がただでさえボロボロなのに、また、話も聞いてもらえないまま罵られる。
今度滅茶苦茶に罵られたら、今度こそ息もできなくなってしまう。
それに、病院に行ったら絶対精神科に廻される。
息子が頭がおかしくなったなんて知ったら、本当に何を言われるか判らない!
「羽鳥」
「いや――、さわ、るな! 絶対行かない、ここから出ない、行きたくない!!」
思いっきり後ずさりした背中が、がしゃん、と窓ガラスに当たった。
後ろは窓と壁だ。頭のどこかでは判っているのに、どうにか逃げようと足が床をかく。
「落ち着け」
「ひっ……」
八鬼の腕が伸びてくる。掴まったら病院に連れて行かれてしまう。
逃げた拍子にベッドのヘッドボードに体をぶつける。勢い良くぶつかって跳ね返ってしまったのに痛みなんか感じずに、ベッドと窓の間の狭い隙間に逃げ込んだ。
「――――病院に行きたくないなら飯ぐらいちゃんと食え」
「…………!! わ――わかった、ちゃんと、たべるから、びょういんは、いや」
持久走でもしてきたみたいに息を切らして、だだをこねる子供さながらに首を振る。
「無理に連れて行ったりしねえよ」
「いやだ……絶対にいや……!」
「判ったっつってんだろうが」
パニックを起こして、嫌だ嫌だと言い続ける僕の腕を八鬼の掌が掴む。
無理やり引っ張り出されて、反動で八鬼の胸に飛び込んだ。
八鬼の太い腕が僕の背中にまわって、軽く抱き寄せられた。
「いや……!」
僕とは全然違う、筋肉に覆われた大きくて熱い体に包まれ、全身が硬直する。
頭を引き寄せられて顔が硬い胸板に押し当てられ、僕より二倍はありそうな八鬼の大きさに、引き裂かれた恐怖が蘇って体が引き攣る。
は、は、は、って、また呼吸がおかしくなって、吐くことしかできなくて苦しくて眩暈がしてくる。
「――あ、あ」
「何もしねえ。どこにも連れていかねえ。大丈夫だ。――ちゃんと息をしろ」
八鬼の手が僕の背中をゆっくりと撫でる。
こんなふうに抱き締められるなんて初めてだ。
服越しに体温が滲んでくる。
頭を優しくなでられて、目を見張って驚いてしまう。
暖かい――――。
すっと呼吸が楽になった。
全身から力が抜けて、八鬼の体に体を寄せる。
相手は八鬼なのに、どうしてこんなに安心するんだ……?
幼稚園まで記憶を遡っても、抱き締められた記憶なんて無い。
男は甘えたりしたら駄目だって、お父さんに言われてきたから。
本当に、病院に連れて行かない?
確認したかったけど、やめた。
願いは必ず裏切られる。物事は悪い方へと転がっていく。
八鬼はきっと僕を病院に連れて行く。
だって、ご飯を食べるなんて無理だ。
アイスクリームさえ食べられなかったのに、男子高校生に合わせたご飯なんて入るはずない。
――違う、食べるんだ。何が出ても絶対に全部食べてやる!
その後吐いてしまえばいい。
病院に行くぐらいなら、両親に会うぐらいなら、食べる方がずっと簡単だ。
ただでさえ弱っていたのに暴れたせいで一気に消耗してしまい、八鬼に抱き締められたまま、いつしか、失神するみたいに眠りに落ちてしまった。
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