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<水無瀬葉月>

水族館デート

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 開館と同時に滑り込もうという遼平さんの提案で、翌日は朝早くに家を出た。

「では、しゅっぱーつ!!」
『しゅっぱーつ!』
 しゅっぱーつ!

 車に乗ると同時に掛け声を上げたのは遼平さんだ。
 僕とぴょん太が後に続いて繰り返す。

「駄目、揃わなかったからやり直し」
 遼平さんからダメ出しされてしまった。

「もう一度いくぞー。せーの、シュッパーツ!」
 腕を上げて宣言した遼平さんと一緒に僕も口パクしながら腕を上げる。
 喋れるぴょん太はほぼ同時に『シュパーツ!』と言った。

「よし、合格!」
『遼平君ってほんとめんどくさい……』
「ぬいぐるみのくせに疲れた声を出すんじゃありません」

 まずは遼平さんが高校時代に行きつけだったと言うパン屋さんに連れて行ってもらった。
 今日の朝ごはんはパンなのだ。

 パーキングに車を止め、少し、歩く。
 角を曲がるよりも先にパンの甘い香りが風に運ばれてきた。

『いいにおい!』
「だろ? 腹減るなぁ」

 高校時代に行き付けだったというだけあって、パン屋さんはとても年季の入ったお店だった。

「あら! 遼くんじゃない! 久しぶりねえ……! って、あなた益々怖くなっちゃって……可哀想に」
「可哀想ってどういうことだよ」
「あら? 後ろの可愛い子はひょっとして……」
「あぁ、葉月って言うんだ。俺の家族だ」
「大変、警察に通報しなきゃ……! あんた、まさか人さらいまでするようになるなんて」
「してねーよ! いきなり物凄い冤罪吹っかけてくるのやめてくれ!」
「ほんとにぃ?」

 女将さんに疑いのまなざしで見つめられ、僕は必死に頷いた。

「そう……昔の常連が犯罪者じゃなくてよかったわぁ……。でも、随分可愛らしいお嫁さんを貰ったのねぇ。遼くんには勿体ないぐらい。遼くんは顔はそんなだけど優しい良い子だったから良いお嫁さんが来るのも当然なのかしらねぇ。顔はそんなだけど」

「俺の顔が何かご迷惑をお掛けしましたか?」
 辛辣な女将さんに遼平さんが怒った顔なのに青ざめるといった器用な表情をしている。

 それにしても沢山種類があるなぁ。サンドイッチ、お惣菜パン、菓子パン。甘くて香ばしい匂いに急激にお腹が減ってくる。

『すっごく美味しそうだね!』
「だろー。部活帰りにここで買い食いしていくのが楽しみだったんだよな。どれが食べたい?」

 言いつつ、遼平さんはトレイの上に次から次にパンを積み上げていく。
 チョココロネ、アンパン、メロンパン、クリームパン、アップルパイにドーナツ、紫芋のマーブルブレッド。相変わらず甘いのが好きなんだな。って思ってたら、甘いパンを積み上げたトレイをレジに置き、今度はお惣菜パンを積み上げ始める。サンドイッチまで。

 凄いなぁ。
 僕も、トレイとトングを手に菓子パンのコーナーに行く。
 買うものは最初から決まっていた。
 綺麗な黄緑色で、キラキラした砂糖がかかっているメロンパンだ。

 一つだけ乗せて、レジに持って行った。

「え? メロンパン一つだけ? それで足りるのか? 遠慮しなくていいんだぞ。サンドイッチでもチョココロネでも」

 首を振る。

『これだけで充分だよ』
「そうかぁ……?」
「沢山買ってくれたお礼に、これをプレゼント」
 女将さんが瓶のコーヒー牛乳をおまけしてくれた。
『ありがとうございます!』
 雑にならないよう、でも手早く書いて女将さんに向けると、笑顔で頷いてくれた。

「ここで食っていくから。テーブル借りるな」
「どうぞ。ゆっくりしていってちょうだい」

 お店の片隅にイートインスペースがあった。
 窓際に設置されたカウンターテーブルに席が四つ。お店の前にも二人掛けのテーブル席が一つある。

「食べてる間にお持ち帰りの分を包んどくよ。どれを持って帰るの?」
 遼平さんがパンを積み上げたトレイは三つ。女将さんが指さして尋ねた。

「全部食うけど?」
「…………相変わらずだねぇあんたは……」
 呆れながらも、会計の済んだパンをカウンターテーブルに運んでくれる。

 いただきます!
 手をあわせ、挨拶をしてからメロンパンを手に取る。
 遼平さんが怪訝に眉根を寄せた。

 ?
 どうしたんだろ?

 目をゴシゴシ擦り、また僕の手元を凝視する。

「……そのメロンパン、そんなにでかかったっけ?」
『すっごく大きいよ?』

 運動をする高校生に合わせたサイズだと思われるメロンパンは、僕の顔をすっぽり隠すぐらいに大きい。

「見ろ」
 遼平さんが自分の分のメロンパンを手にする。

 わ。
『ち、小さく見える……』

 僕のメロンパンとまったく同じサイズだというのに、子供サイズかと錯覚するほどに小さい。

「視覚のマジックだな」
 すごいね。

 なんだか感動しつつメロンパンを齧る。
 表面はカリッとしてるのに、中身はしっとりで美味しかった。

「お、これ、すっげー美味いぞ! 葉月も一口どうぞ」
 え?
 ピザっぽい生地を半円状に閉じたパンを二つに割って差し出された。確か、カルツォーネって種類のパン。

 中身はトマトとホタテだった。
 いいの? 口パクで聞く。
 美味しいものなら、一杯食べたいのが普通だ。僕に食べさせれば当然取り分が減ってしまうというのに。

「美味い物は一緒に食った方が美味い」

 ……遼平さんらしいな。
 ありがたくいただく。

「美味いだろ?」
「――――――!!!」

「ん? どうした? 眉間に皺が寄ってるぞ。美味しくなかった?」

 ゆっくり噛んで味わい、スケッチブックを引っ張り出した。
 トマト、ホタテ、モッツァレラチーズ――使われている食材を書き出していく。

「おお? ひょっとしてこのパンの材料か?」

『すっごく美味しかったから、家でも挑戦してみるよ! 完璧には再現できないけど』
「え! まじか、作れんのか! すげー! 葉月は天才だな」
『大げさだよ』
「いや、そもそも食ったものを家で作るって発想がまずない。楽しみにしてます」

 たっぷりと朝ごはんを食べ、いよいよ目的地の水族館にたどり着く。

「お、ヌイグルミ売ってるな。ペンギンもいるぞ」
 駐車場に続く道の横にお土産屋さんがあった。一際大きなペンギンのヌイグルミが目を引く。
「そろそろぴょん太に弟か妹を作ってやるか」

『いらない!!!』

「!」

 聞いたことが無いぐらいのぴょん太の大声にびっくりしてしまった。

『遼平君と葉月君の子供はぴょん太だけ』

「嫉妬してんのかぁ? お前も可愛い所があるじゃねーか」
『遼平のカバ! クマ! シロナガスクジラ!』
「でかさで罵倒しようとするのやめてくれ」

 生まれて初めての水族館は、僕の想像よりずっとずっと広かった。

「まず一つ目! ポン」

 ポン。

 遼平さんの言葉を繰り返し、スタンプラリーの一つ目を押す。

「いいか、葉月。この水族館は合計5個のスタンプポイントがある。俺はどこにあるか知ってるけど、絶対に教えない。葉月が見つけて完成させるんだ。ここは順路が決まってるからな。見落としたら二度と遭遇できないと思えよ」

 重々しく言葉を綴る遼平さんに頷いて答える。
 そしてスケッチブックに書いた。

『命に代えてもすべてのポイントを見つけ出してみせるよ!!!』
「いや、その、命に代える必要はないぞ。楽しく見つけような」

「まずは巨大マンボウの水槽だな」
『全長三メートルだったよね!』

 そうだ、これも伝えて置かなきゃ。

『絶対驚かないからね』
「はいはい」

 遼平さんがくすくす笑う。信じてないな。
 証明してやろうと僕は早足に順路を進む。

 小さな水槽がいくつか並んだ先に、まるで、水族館に入ってきたばかりの人を威圧するために設置されたかのような巨大な水槽が現れた。

(わぁ……!!!)

 声が出なくなったはずの僕の口から小さな悲鳴が漏れた。
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