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<水無瀬葉月>

(ちょっと小話、前編)頑張れタカヤ君!!

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(ちょっと小話、前編)


 土曜日の午前9時半。

 いつもならまだ布団の中でゴロゴロしている時間だ。
 だけど、今日は、公園を見渡せる花壇の淵に座って人を待っていた。

 市場からほど近い場所にある、遊具さえない簡素な公園。
 設置されているのは時計台とベンチぐらいだけど、緑が多いので犬を散歩させる人や家族連れで賑わっている。

 オレがこの世で一番可愛いと思っているとある人物が、9時40分頃にこの公園を通過するんだ。
 市場で開催されてる10時のタイムサービスを利用するために。

 早く来い、来い、来い、でも来てほしくない、来ない、来るな、いや、来い、どうしよう、どうしよう、来るな、いや、早く来てくれ……!!!

 どっちなんだオレ!! こんなんでちゃんと言えるのかオレ!! ちげー、今日こそ言うんだ!!!

 オレが待っているのは、元、弁当屋の水無瀬葉月。
 今日こそ、告白するために、この公園で待ち伏せをしていた。

 瞼を伏せると「タカヤさん、今日のお買い得は?」と笑う笑顔と奇麗な声が脳裏に蘇る。
 蘇るのだが、葉月は声が出せなくなっていた。

 両親が待つ家に帰り、言葉をなくしてしまったんだ。
 そんな世界があるだなんて、想像さえできなかった。

 なんだかんだ言っても、親は子供を心配するもんだと頭から信じ込んでたから。

 オレの両親だって立派な親じゃない。

 お袋にビンタをくらって昏倒したこともあるし、親父と殴り合いで腕の骨を折ったことさえあった。
 でも――それでも、親は子供を可愛がってるモンだと思い込んでた。

 葉月が両親にさらわれた日。
 『葉月の行先に心当たりはありませんか、お願いします、心当たりを教えてください』
 遼平は、市場に片っ端から頭を下げて回った。

 オレが知ってる親は、どんなにゴミな子供でもぎりぎりまで援助する親ばかりだった。子供も、親は子供を見捨てないのが当たり前だった。

 だから、葉月が、――――親元に返った葉月が、声が出なくなるだなんて、予想さえしてなかった。

 葉月が初めてオレの八百屋に来たのは18時のタイムサービスの時だ。

 しめじ40円の大放出の日だった。
 葉月は、列に並ぶものの、一つでも前に行こうとするおばちゃん達に押し出され、何度並んでも列の最後に戻されていた。見事なぐらいにどん臭かった。

 ウチみたいな小売りは、こういう客を見落としたらお終いだ。
 列を整理するほど余裕はないけど、混雑が終わってから、ようやく店先に立った葉月に一つ隠しておいたしめじを渡した。

「ずっと並んでくれてたのに遅くなって悪かったです」
「え、あ、い、いいんですか!?」
「あぁ」

「――ありがとうございます……!!!」

 本気で嬉しそうに全開の笑顔で微笑まれ、一発で惚れた。

 その時、すぐに、告白していればよかったのに、葉月が男だから、とか、同じく葉月を狙い始めた魚屋の幼馴染をけん制している間に、葉月は、あっという間に遼平とかいうどう見てもやくざにしか見えない大男にかっさらわれてしまった。

 でも、それでよかったんだと、葉月の声が出なくなった今、思う。
 もしあの時遼平が助け出していなければ、葉月は声どころか命さえ失っていたかもしれないから。

 思うけど、オレは、伝えたかった。

 葉月は遼平を心から信頼している。遼平も葉月を心から愛してる。

 遼平はヤクザみてーな外見してるくせ、普通にいい兄貴分だってのもわかってる。話しやすいし、普通にかっけーしな。くっそムカツクけど。まじでクッソむかつくけど。

 男として何もかも遼平に敵わないってのも、自覚してる。

 それでも、好きだって言わないままでいるのは嫌だった。

 今日こそ、葉月に伝えるんだ!
 
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