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<水無瀬葉月>
遼平さんに、電話を、
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あれ?
どうして、僕、ここにいるんだろ?
眠ってたわけじゃないのに、意識がどこかに消えてた。また、これか。家に帰ってきて二回目だ。
気が付くと、僕は、庭の物置の前に立っていた。
服から変なにおいがする。……そっか、食べ物の上で土下座したから、か。
片付けしないと怒られる……早くキッチンに戻らなきゃ……、ううん、片付けはした。
床に叩き落とされたワインも、ブイヤベースもサラダもローストビーフもテリーヌも、他にも沢山の料理も、割れたお皿も全部処分した。
空は血みたいな赤い夕焼けだ。
そろそろ晩ご飯を作らないと。
オフロの準備もしないと。
全身が怠い。重い。
どうして、僕、ここにいるんだろ?
もう一度考えて周りを見回す。何か用事があって庭に出てきたはずなんだけどな。
変だな?
あ、そっか、思い出した。
ごみ袋を探した時に目に入ったんだ。
ゴソゴソと物置を探って『それ』を取り出す。
太いロープだ。
兄さんと弟が、昔、言ってた。
僕には高額の保険金が掛かってるって。
だから、死ねって。
汚い子を育ててくれたお父さんとお母さんへの親孝行は、保険金でしよう。
僕にとってもそれが一番だ。
さすがにこの時間からやったら騒ぎになりそうだから夜に――――騒ぎになるかな? なるはずないか。帰ってきた弟が首つりしてる僕を見ても助けてくれるなんて思えないし。
普通にほったらかしてくれそう。
僕がぶら下がっても折れそうにない木はどれかな?
てくてくと木を見上げながら庭を歩き回る。
これがいいかな?
「葉月君」
急に名前を呼ばれ心臓が飛び出すかと思った。
「は、い」
隣の山本さんだ。
胸ほどの高さの塀の向こうに、おじいちゃんとおばあちゃんが並んで立っている。
この丘の上には二軒しか家がないので唯一のお隣さんだ。
僕が小学生の頃家を建て二人で住み始めた。
最初の間はご近所づきあいがあったんだけど……お父さんとお母さんが山本さんのことを嫌い、絶対に話をするなって言われてた。
そっか、近所にいるのは僕の家族だけじゃないんだ。おじいちゃんとおばあちゃんに見つかったら救急車を呼ばれてしまうかもしれない。
慌ててロープを背中に隠した。
「あなた、高校卒業で家を出たんでしょう? どうして戻ってきたの」
腰の曲がったおばあちゃんが言った。
どうして?
僕が汚いと言いふらされたくないからです。
なんて言えない。
「ぁ、……ぅ、その、親孝行をするためです」
「親孝行……」
どうしてだか、息を呑むみたいに繰り返す。
おじいちゃんとおばあちゃんは目配せして頷きあった。
「葉月君、一人暮らしはどうだった? 大変だった?」
一人暮らし……?
大変なんかじゃなかったです。
ホコホコ弁当の奥さんに怒られるし、接客は慣れないし、いつもしどろもどろで言葉も全然上手く出なかったけど。
(葉月)
遼平さんの優しい声が頭に響く。
「とても……幸せでした」
自然に顔が緩んで、へらっと笑顔になった。
強面スーツさん。どんなに頑張っても顔が思い出せない。
僕は、この声も、すぐに忘れてしまうんだろう。
「ぇ?」
頬に水の感触が流れた。
お爺ちゃんとおばあちゃんの姿が滲む。
僕は泣いてた。
ひぐ、と喉が鳴る。
駄目だ、みっともない、人前で泣くなんて。
頭を下げて踵を返す。
思い掛けないぐらいに強い力でおじいちゃんに腕を掴まれてしまった。
「待ちなさい。電話をしなさい。助けてくれた人がいたんじゃないかい?」
折りたたみの携帯電話が差し出される。
でんわ?
「ほら、早く。早くしなさい」
背中に回してた手からロープが落ちた。
おばあちゃんが「あなた……!」って驚愕してた。
震える指で携帯電話を受け取る。
遼平さんの電話番号は覚えてる。
携帯を開いた。
オレンジ色に光ったボタンを押す。
ひとつ、ふたつ。
遼平さんの電話番号……たった11桁の数字の羅列。
それを押すだけで遼平さんに繋がる。
遼平さんと話ができる。遼平さんの声が聴ける。
みっつ、よっつ、いつつ、
押すたびに、ボタンがピッ、ピッと反応した。
心臓がバクバクと鳴る。
お化け屋敷に入ったとき以上だ。
心臓が痛い。
怖い。早く、早く、早く、
おとうさんとおかあさんが気が付く前に、
遼平さんに連絡を、
むっつ、
ななつ、
やっつ、
ここの つ。
あと二つ。
遼平さん。
遼平さんと話がしたい。遼平さん、遼平さん、
指がボタンに触れる。
どうして、僕、ここにいるんだろ?
眠ってたわけじゃないのに、意識がどこかに消えてた。また、これか。家に帰ってきて二回目だ。
気が付くと、僕は、庭の物置の前に立っていた。
服から変なにおいがする。……そっか、食べ物の上で土下座したから、か。
片付けしないと怒られる……早くキッチンに戻らなきゃ……、ううん、片付けはした。
床に叩き落とされたワインも、ブイヤベースもサラダもローストビーフもテリーヌも、他にも沢山の料理も、割れたお皿も全部処分した。
空は血みたいな赤い夕焼けだ。
そろそろ晩ご飯を作らないと。
オフロの準備もしないと。
全身が怠い。重い。
どうして、僕、ここにいるんだろ?
もう一度考えて周りを見回す。何か用事があって庭に出てきたはずなんだけどな。
変だな?
あ、そっか、思い出した。
ごみ袋を探した時に目に入ったんだ。
ゴソゴソと物置を探って『それ』を取り出す。
太いロープだ。
兄さんと弟が、昔、言ってた。
僕には高額の保険金が掛かってるって。
だから、死ねって。
汚い子を育ててくれたお父さんとお母さんへの親孝行は、保険金でしよう。
僕にとってもそれが一番だ。
さすがにこの時間からやったら騒ぎになりそうだから夜に――――騒ぎになるかな? なるはずないか。帰ってきた弟が首つりしてる僕を見ても助けてくれるなんて思えないし。
普通にほったらかしてくれそう。
僕がぶら下がっても折れそうにない木はどれかな?
てくてくと木を見上げながら庭を歩き回る。
これがいいかな?
「葉月君」
急に名前を呼ばれ心臓が飛び出すかと思った。
「は、い」
隣の山本さんだ。
胸ほどの高さの塀の向こうに、おじいちゃんとおばあちゃんが並んで立っている。
この丘の上には二軒しか家がないので唯一のお隣さんだ。
僕が小学生の頃家を建て二人で住み始めた。
最初の間はご近所づきあいがあったんだけど……お父さんとお母さんが山本さんのことを嫌い、絶対に話をするなって言われてた。
そっか、近所にいるのは僕の家族だけじゃないんだ。おじいちゃんとおばあちゃんに見つかったら救急車を呼ばれてしまうかもしれない。
慌ててロープを背中に隠した。
「あなた、高校卒業で家を出たんでしょう? どうして戻ってきたの」
腰の曲がったおばあちゃんが言った。
どうして?
僕が汚いと言いふらされたくないからです。
なんて言えない。
「ぁ、……ぅ、その、親孝行をするためです」
「親孝行……」
どうしてだか、息を呑むみたいに繰り返す。
おじいちゃんとおばあちゃんは目配せして頷きあった。
「葉月君、一人暮らしはどうだった? 大変だった?」
一人暮らし……?
大変なんかじゃなかったです。
ホコホコ弁当の奥さんに怒られるし、接客は慣れないし、いつもしどろもどろで言葉も全然上手く出なかったけど。
(葉月)
遼平さんの優しい声が頭に響く。
「とても……幸せでした」
自然に顔が緩んで、へらっと笑顔になった。
強面スーツさん。どんなに頑張っても顔が思い出せない。
僕は、この声も、すぐに忘れてしまうんだろう。
「ぇ?」
頬に水の感触が流れた。
お爺ちゃんとおばあちゃんの姿が滲む。
僕は泣いてた。
ひぐ、と喉が鳴る。
駄目だ、みっともない、人前で泣くなんて。
頭を下げて踵を返す。
思い掛けないぐらいに強い力でおじいちゃんに腕を掴まれてしまった。
「待ちなさい。電話をしなさい。助けてくれた人がいたんじゃないかい?」
折りたたみの携帯電話が差し出される。
でんわ?
「ほら、早く。早くしなさい」
背中に回してた手からロープが落ちた。
おばあちゃんが「あなた……!」って驚愕してた。
震える指で携帯電話を受け取る。
遼平さんの電話番号は覚えてる。
携帯を開いた。
オレンジ色に光ったボタンを押す。
ひとつ、ふたつ。
遼平さんの電話番号……たった11桁の数字の羅列。
それを押すだけで遼平さんに繋がる。
遼平さんと話ができる。遼平さんの声が聴ける。
みっつ、よっつ、いつつ、
押すたびに、ボタンがピッ、ピッと反応した。
心臓がバクバクと鳴る。
お化け屋敷に入ったとき以上だ。
心臓が痛い。
怖い。早く、早く、早く、
おとうさんとおかあさんが気が付く前に、
遼平さんに連絡を、
むっつ、
ななつ、
やっつ、
ここの つ。
あと二つ。
遼平さん。
遼平さんと話がしたい。遼平さん、遼平さん、
指がボタンに触れる。
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