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最終章
<ぴょん太の大誤算>
しおりを挟む【ぴょん太視点】
ボクが声をあげれば葉月君は喜んでくれると思ったのに。
全力の笑顔が見れると思ったのに。
声が出なくなったボクを抱きしめ泣きながら「ごめん……ごめん…」と葉月君は謝り続けた。大誤算にもほどがある。
泣かないで、葉月君。ボクは喜んでほしかっただけなんだ。笑っててほしいだけなんだ。
言いたい。体は動くのに声が出ない。
喋れないのはこんなに辛いことだったのか。
必死に声を絞り出そうとするけど体が動くだけ。葉月君はこんな辛い世界に生きてたんだ。ボクが変わりになれて良かった。だから、泣かないで。
「泣くな。泣かれたらぴょん太だって困っちゃうぞ」
遼平が葉月君とボクを一緒に撫でる。
遼平がボクと葉月君をくっつけるせいで、葉月君のすべすべのおでこにコトンとボクのおでこが当たってしまった。
葉月君のおでこ、気持ちいい!
ボクは、ボクは、ぬいぐるみだから動けないけど、額に当たるすべすべの葉月君の額の感触を全力で楽しんでしまった。
遼平君の言うとおりだ。葉月君に泣かれたらぴょん太は困るぞ! 大困りだ!! 葉月君に喜んでほしいんだもん!!!!
葉月君の腕が、ボクを抱きしめてくれる。
「ありがとう、ぴょん、た、……、ありがとう……」
葉月君は遼平がいる前ではありがとうという言葉をたくさんくれたけど……。
遼平君が仕事に行った後、二人きりの時間にボクを抱きしめて苦しそうな声を絞り出した。
「僕に声をくれてありがとう。ぴょん太。声が出ないままだったら遼平さんに捨てられてたかも知れなかったから……、声をくれてありがとう。すごく、嬉しい。でも、苦しいよ」
絞り出される悲鳴のような声。
こんなはずじゃなかったのにな。笑う顔が見たいのに。
ボクは間違ったのかもしれない。
遼平が葉月君の声が出なくなったからって、葉月君を捨てるはずが無い。
優しく癒し続け、いつかは葉月君の声が戻っただろう。
声をあげるなんて早まった行動をしてしまった。
葉月君を苦しめる結果になってしまった。
どうしよう。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ぴょんた……!!」
深い絶望に満ちた葉月君の謝罪が降り注ぐ。
謝らないで!
ボクは君に幸せになってほしかっただけなんだ!
声が出ないのが苦しい。葉月君はこんな苦しさを味わっていたのか。伝えたい。一言だけでもいいから、葉月君に!!
夜中。葉月君が寝静まった頃、必死に声を出す練習をしてるボクを乱暴な手が引っ張った。
遼平だった。
ソファに座らせられたボクの前に、濃いめのブランデーの水割りを手にした遼平が座った。
「このバカウサギが。そんなことをしたって葉月が喜ぶわけないってわかってただろうに。お前も葉月と一緒だな。自分が犠牲になればいいってだけで、周りの人間がどれだけ悲しむかと想像しない」
体を揺らしながら、心の中だけで答える。
(遼平君うるさい。ぴょん太はぴょん太のしたいようにしたんだ! 指図すんな!!!)
伝わるはずないとわかってたけど、ついつい言ってしまった。
遼平君は、ボクのことをただのぬいぐるみとしか思ってなかったはずだ。
遼平君は遼平君で、多難な人生を歩んでる。
おじいさんは国外にも名を轟かせる大企業会社のボスだしお母さんは全世界に展開する保険屋のCEO。お父さんはこれまた先進国の為替を牛耳る巨大投資家だ。
そんな、お金持ちの家庭に生まれたのに、遼平君は「自分で生きろ」と高校生のころから放り出された。一銭も親からのお金を受け取ることなくバイトで大学卒業までこぎつけ、資本金数千万の会社を立ち上げるまで頑張った。
遼平君は、ボクが葉月君に声をやったなんて、童話みたいなことを信じるほどロマンチストじゃない。
葉月君と同じぐらいにしんどい人生を歩いていた。
なのに、ね。
「ありがとうな」
遼平が笑う。
どうして、ボクの事を人間と同じみたいに扱ってくれるんだ? ボクは遼平の悪口しか言ってないのに!!
『ありがとうってなんだよ、馬鹿遼平!!!』
困ったのと戸惑ったのと――悔しいのと、一杯一杯の感情が混ざった声で叫んだ。
――声は、出なかったけど。
遼平君はボクの声が聞こえたかのように困ったみたいに笑って、ボクの頭を撫でた。
ボクが魔法を使えたのは葉月君が好きだったからだけじゃない。遼平のことも、二本松君のことも静のこともそれなりに好きだったからだ。ちょっとだけだけどね。
結局遼平は酒を飲まないまま、ボクを抱え上げ葉月君が眠る横に並べて、自分もベッドに横たわった。
適度に効いたエアコンと、二人の体温で気持ちいい。
ここは、凄く居心地がいい。声が出ないのは苦しいけど、それ以上に幸せなんだよ。葉月君、遼平君。
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