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【陸王遼平】

小さな遼平君

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「別の宝物? 俺は何も渡してないけど――」

「ままー、どこー?」
 3歳ぐらいの男の子が店の奥から出てきた。
「遼平、危ないからお店に入ってきちゃダメって言ったで――」
 麗が自分の口を押える。

 遼平? この子の名前が?

 俺から貰った宝物って、

「まさか、名前か?」
「ふふふ」

 笑顔でごまかして子供を店の奥に戻らせた。

「おいおい、同級生の名前を付けたなんて旦那さんが知ったら怒るぞ」

「ご心配無く。私の旦那は遠藤和也君なの。達也君も同級生だったけど覚えてるかな?」
「――――読書家だった和也か! 懐かしいな。同級生同士で結婚したのか」

「読書家だなんて随分素敵な言い回しをするのね。友達がいなかったから本ばっかり読んでただけよ。お腹の子が男の子だってわかって、遼平君から名前を貰いたいって言い出したのは和也君なの。いじめられそうになったのを何度も助けてもらったからって。遼平君みたいに強く優しい子に育ってほしいって」

「そうか……。麗と和也の大切な遼平君のためにも品行方正に生きて行かないとな。けど、この邪魔な身長と人に怖がられる面まで似たらどうするんだよ。職質と事案に怯える毎日になるんだぞ」

「ふふふ。確かにますます怖くなったわね。お店に入ってきた時ちょっとびっくりしちゃった。でも、ビー玉に夢中になるような可愛い彼女さんを連れてるぐらいだもの。中身はあの頃と全く変わってないのね。なんだか安心しちゃった。綺麗な焼きビーを作ってあげてね」

「……あぁ」

 まさか、俺の名前が知らぬ間にあんな可愛い子に受け継がれていたなんてな。
 自分の人生は自分一人の物じゃないんだとつくづく痛感するよ。

「おもちゃや どりーむらんど」は意外なぐらいに広かった。

 年季が入って箱がひしゃげてしまったプラモから、最近の漫画の物と思われるフィギュアまで品揃えも幅広い。

「あ、万華鏡だ」

 葉月が和紙の張られた筒を覗き込んだ。

「すごい綺麗……! 遼平さんも、どうぞ」

 万華鏡より百倍綺麗な顔で頬を紅潮させている。

「せっかくだが、そういうのは二秒で飽きるんだよ」
「もったいない! 僕、一生見ていられるよ」

 一生……?
 そんなに?
 万華鏡を取り上げ葉月の手の届かない一番高い棚に置く。

「え? え?」

 葉月が目を白黒させた。
 どうにか取ろうと背伸びをするものの手は到底届かずにスカスカと空を切る。

「ま、万華鏡、駄目?」

「駄目。これは一人でしか遊べないオモチャだから、葉月が万華鏡に夢中になってお兄さんと遊んでくれなくなったら寂しい」

「そっか……うん、諦めるよ」

 う。
 粘るかと思ったらすぐに諦めてしまった。というか、諦めさせてしまった。
 今更になって罪悪感が。
 俺ばっかりわがまま言ってるじゃねーか。
 駄目なオッサンでごめんな葉月。

 お詫びにこっそりと買い物カゴに万華鏡を忍ばせたのだった。

「あ、動物のパズルがあるよ、かわいい……! 見て、これ!!」

 葉月が箱を俺に向けた。厳つい顔の犬がこちらを睨んでいるパズルだ。

 ハスキーか? と一瞬考えたが、どうやらアラスカンマラミュートのようだ。

 茶色の瞳の中で光る瞳孔の迫力は凄まじく「さぁ殺し合いをしようか」と言わんばかりの気迫があった。

「遼平さんにそっくりだね! きっと優しい子なんだろうね」

 そうきたか。今の無し無し。
 俺は殺し合いどころか、喧嘩すら自分から売ったことはありません。

 実際、アラスカンマラニュートだって人懐こく穏やかな犬らしいが……。

 このマラミュート君も怖い見た目で苦労してるのかもな。

 何もしてないのに、可愛い可愛いチワワ君やポメラニアン君、ミニチュアダックスフンド君に怯えられる姿が目に浮かぶかのようだ……いや、あいつらちっちゃい癖に気が強いから、逆にマラミュート君がクッションにされてるかもな。

「これにしようかな……」

「もっと可愛いのがあるのにそれでいいのか? ほら、にゃんこのパズルもあるぞ」

「わあ……可愛い……! うーん……、でも、やっぱりこっちがいいかなあ……」

「その怖い犬のでいいのか?」

「怖くないよ? 可愛いよ?」

 葉月はこんなのが可愛く見えるのか。

 初めて『ホコホコ弁当』で声を掛けた時に俺を怖がらなかったのは、葉月の美的センスが特殊だからって可能性が出てきたな。

 しゃがみ込んでいた葉月の隣に俺もしゃがむ。

 ここにしゃがむとレジから全く見えなくなった。防犯カメラもミラーも無いのに万引き対策をしなくていいんだろうか。

「…………」

 葉月が腕を上げた。

 なんというか恐る恐ると。
 例えるなら、お母さんに「明日の授業参観はあんたも発表しなさいよ!」と怒られていた小学生だ。先生に当てられたくないけど手はあげなきゃいけないって追い込まれた感が伝わってくる。

 どうしたんだ?

 腕はふるふる震えながら降ろされて、しゃがんで膝に乗せていた俺の掌と重なった。

 ?

 葉月の頬が、かぁ、っと赤くなる。

 ?

 あぁ! 手を繋ぎたかったのか!

 手をひっくり返して繋ぐ。
 繋ぎ方は当然、指を絡ませあう恋人繋ぎだ。

 葉月の小さな手が俺の手を確かめるみたいにニギニギした。
 それから、俺を見上げ、ぱあっと笑顔になる。

 かわっ。

 ほんっと可愛いなぁ葉月は。
 見た目は綺麗で中身は可愛いなんて最強すぎる。
 俺に凭れ掛かり、甘える猫のように二の腕に額を押し付けてきた。
 珍しく甘えっ子だな。どうしたんだろうか。
 頭を撫でてやると赤い顔を更に赤くした。

「あ、遼平さん、トランプがあるよ」

 不意に葉月が立ち上がる。


 もちろん手は繋いだままだ

 華奢な腕に引っ張られ後をついていく。

 いやー、恋人と手を繋いでお買い物ってのはいいもんだな。

 かつての同級生の店だから少々気恥ずかしくはあるものの、それを差っ引いても幸せで堪らん。






「ぴょん太ぴょん太ぴょん太! こんなにたくさん買ってもらっちゃった、すごいんだよ、ぴょん太のもあるんだよ」

 大きなビニールを手にした葉月が、はしゃいで車に駆け込んでいった。

 助手席にちょこんと座っていたぴょん太を膝に乗せ、足元に置いたビニールからバンダナを取り出す。

「これ、ぴょん太のバンダナ!」
『ぴょん太のバンダナ?』

 ぴょん太が葉月の言葉をおうむ返しにした。バンダナという言葉を認識できなかったのかもな。

 葉月の手にあるのはカラフルな星の模様の入ったペット用のバンダナだ。プラスチックのバックルと、迷子札を入れるポケットまでついている本格的な品だ。

 太い首にバンダナを回しカチリと装着する。

「おー、なかなか似合うじゃねーか」
「うん。似合うよぴょん太! 可愛いよ!」

『ありがとー。葉月君、遼平君』

「珍しいな。ぴょん太が俺に礼を言うなんて」

『たまにはね』

「こいつ、受け答えが自然過ぎないか? まさか盗聴器が入ってて二本松が答えてるなんてオチは無いよな?」

 ぴょん太を葉月から取り上げて上下に振る。

『ふるなふるなー』
「ぴ、ぴょん太」

 さすがに二本松も俺たちを監視するほど暇じゃないか。しかし、最近のヌイグルミはすげーな。

「焼きビー、すごく綺麗だね。これ、僕にも作れるかな?」
 麗から貰った小瓶を光りに透かす。

 葉月でも簡単に作れるだろうが……。怪我をしたら嫌だからな。

「コツがあるんだよ。お兄さんに任せとけ」
「……うん……」

 しょんぼりしてしまった。
 う。過保護すぎたか。でもなぁ、万一にも火傷をしたら危ないし……。
 我慢してくれ。

 葉月が体を乗り出してきた。
 どうかしたのか?


 聞くより早く、ぎゅ、と、抱きつかれる。


 助手席から抱きついているから多少不自然な体制ではあれど、間違いなく、抱きつかれている。



 は、


 葉月から?

 葉月から、抱きついてきた!?

 どうしたんださっきから!?
 手は繋ぐわ頭をグリグリしてくるわご褒美のオンパレードじゃねーか!

 ちょっと待て、心音が半端じゃないぞ。服越しなのにガンガン響いてくる。本気で心不全起こしたりしないよな?

「葉月、心臓大丈夫か? 無理しちゃダメだぞ」
「か、彼女って、言われた」
「嫌だったか?」
「いやじゃ、ない」

「嫌じゃないのか? 本当に?」
「いやじゃ……ないよ……」

 葉月の細い腕にきゅっと力が入り抱きついてくる。

 嫌じゃないのか。
 嫌じゃないんだな。


 だ――抱きしめたい!


 力いっぱい抱き寄せてぐりぐり頬ずりしてキスして服の中に手を突っ込んで直接体を撫でまわしたい!!

 いやいや駄目だろこんな人様の店先で、ミニチュア遼平君に見られたらどうする、落ち着け。落ち着くんだ俺!!!

 やっぱりラブホに直行か!? いやあの建物は蜃気楼だっつったろ存在を忘れろ俺!!!

 嫌じゃないってことは、これはもう、両想い確定だってことだよな?
 告白なんてする必要もないぐらいに、両想い確定だってことだよな?
 こんなに緊張しているのに抱きついてくるぐらいに、両想い確定だってことだよな!?

「葉月」

 こっそりと深呼吸し、力が入り過ぎないよう細心の注意を払いながら葉月を抱き寄せる。
 やべえすげー嬉しい!!

 両想いだってのは大体わかってたけど、こうやって実感できると感動もひとしおだ。

 思えば数々の困難があった。
 葉月と知り合ってまだ一か月程度しか経って無い。
 だが、俺の人生で一番濃いと言っても過言では無い一か月だった。

 『子猫君』こと葉月に恋をしたと自覚してすぐ、飯に誘われてからというもの、俺は常に全力投球だった。

 夫婦っぽいことがしたくておそろいの食器を買った(女の子みたいだと言われた)
 コンビニからの帰り道にプロポーズをした(流された)
 唇にキスした(泣かれた)
 添い寝したいってお願いした(ぴょん太を渡された)
 手首にキスマークをつけた(対抗された)
 葉月が死んだら悲しいと訴えた(そっかー)

 女性ならばおそらくお揃いの食器を買った時点で恋愛の可能性を考えてくれただろう。

 恋愛でなくとも、少なくとも好意を持ってるぐらいは予想してくれたはずだ。

 だが葉月は恋愛の可能性どころか、俺の存在をどう認識しているのかさえあやふやだった。

 家庭環境が悪く、友達も居なかったせいだろうか、葉月はかなり思い込みが激しい。

 初めて公園で弁当を食べた時もそうだ。

 俺が仕事に戻るために会話を切り上げたのを、葉月は、自分が尋問したから俺が怒った――と勘違いしていた。

 特に、目上に言われた言葉は頭から信じてしまう傾向がある。
 ホコホコ弁当で月給八万でこき使われている一件もそうだ。ちょっと考えれば時給いくらになるか、それが、労働に見合う対価かどうかすぐわかりそうなものなのに考えもしないんだ。

 俺のことを「ご飯を食べに来る知人」だと勘違いしている恐ろしい可能性もあったわけだが……。

 ここに来てようやく、
 告白をしようって日に来てようやく、ようやく、
 葉月の気持ちに確信が持てたぞ!!

 葉月がそっと離れていく。

 顔を見られたくないのか俯いてしまっているが、口角を上げた満面の笑顔だ。

 抱きついたってだけでそんなに嬉しいのかー。
 俺ってすげえ幸せ者だなー。


 よし、後は、今日この日が良い思い出になるように死力を尽くすのみだ!!!
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